ハルさんとシッシーの秋祭り
kobito様主催の【ほっこり童話集】の企画作品三作目です。
ハルさんとシッシーの秋祭り
秋晴れが続く十月、黄金色の田んぼから、コンバインの音が聞こえてきました。
チビ苗くんたちがりっぱな稲穂に成長して、収穫の時期がやってきたのです。
稲刈りが終われば、村はそろそろ秋祭り。
笛の音、太鼓の音。
わっしょい、わっしょい、みこしをかつぐ若者たちのかけ声。
出店に集まる人たちの笑い声や、話し声。
神楽や芝居小屋の出し物。
何十年も前の祭りの様子が、まるで昨日のことのように、はっきりと、ハルさんの目の前に浮かんできます。
「昔はにぎやかだったねえ……」
五十年以上たって、ハルさんの住む村の様子もすっかり変わってしまいました。
若い人たちが都会の方に出てしまい、残されているのはお年寄りばかり。子どもがいないので、一校きりの小学校も、閉校になってしまいました。
数年前からは神楽がなくなり、そしてとうとう今年からは、担ぎ手がいないので、みこしも出せなくなってしまったのです。
ハルさんが思わず、大きなため息をもらしたとき。
「どうしたい? 元気ねえな、ハルさん」
シッシーがやってきました。一人暮らしのハルさんを訪ねにきてくれる息子のような友だちです。
「ああ、シッシー、ちょっと聞いてくれるかい」
秋祭りは、収穫の感謝を神様に申し上げるお祭りであるはずなのに、神楽もみこしも、何ひとつとして神様を喜ばせることができなくなってしまった寂しさとやるせなさ。
ハルさんはだれかに聞いてもらわずにはいられなかったのでした。
しばらくは、じっと耳をかたむけていたシッシーでしたが、ふうんとうなずいたきり、また山の方へもどっていってしまいました。
「……たく、シッシーったら。まだ話は終わってないよっ!」
ひとり残されたハルさんは、ぷうっと両方のほおをふくらませました。
それからしばらくたって、秋祭りの日がやってきました。
ハルさんが村の人たちと連れだって、お宮の方に向かっていると、なにやらにぎやかな集団が近づいてきます。
天狗の面をかぶった人を先頭に、みるからに力の強そうな男の人たち、すらりと背の高い女の人たち、たくさんの子ども。だれもがおそろいの青いハッピに、白いはちまきをしめて、次々に境内に入ってくるではありませんか。
お面の天狗が、区長さんの前に進み出て、こう言いました。
「きょうはこちらの村の秋祭りですよね。おめでとうございます。われわれ、祭りの手伝いをしに参りました」
とつぜんのことにびっくりするやら、うれしいやらで、区長さんも村の人も言葉が見つかりません。
ハルさんだけは、ハッとしました。
お面の下から聞こえてきた声は、どこかで聞き覚えのある声だったからです。
神主さんの祝詞が終わると、出せなかったはずのおみこしを、みんなで担ぐことになりました。
お面の天狗のかけ声で、みこしは、いとも軽々と持ち上げられました。
「さあ、村の衆、始めにみこしの下をくぐってください。この一年、元気でいられるように!」
村の人たちは、喜びいさんで、われ先にとみこしの下をくぐります。もちろんハルさんもあとに続きました。
いよいよ、ご神幸祭の始まりです。
わっしょい、祭りだ!
わっしょい、みこしだ!
年に一度の わっしょい わっしょい
神様、お里にお出ましだ! わっしょい
それはとてもにぎやかな行列でした。
天狗が、神様の道案内をするという、昔からのしきたりどおりに、お面の天狗を先頭に、男の人たち、女の人たち、子どもたち、そして村のお年寄りが、行列を作り、大きくかけごえをかけながら、元気よく歩いていきました。
神様が乗っておられるみこしは、男の人たちの手で、時おり、大きく上下にゆすられています。
神様が、満面の笑みをたたえて喜ばれている姿がハルさんの頭の中に浮かぶようでした。
「まるで昔にもどったみたいだよ。本当にうれしいことだねえ」
ご神幸祭のあとは、神様にお供えしたものを、みんなで分けていただきます。
「きょうは本当にご苦労さまでした。さあさあ、たっぷり飲んでくださいよ」
その席では、手伝いに来てくれた人たちに、お酒やおもちや果物やお菓子などがたくさんふるまわれました。
「いやあ、おいしいお酒ですなあ」
男の人たちの飲みっぷりはたいしたものです。
村の人たちもいつになく、なつかしい想い出話などを始め、お宮の境内はなごやかな空気に包まれました。
―それにしても……。
ハルさんは不思議でなりません。
これだけの人たちは、いったいどこから、手伝いに来てくれたのでしょう。あらためてみんなを見回したハルさん。思わずまばたきをくり返しました。
はちまきをしめた男の人の頭からも、おしりからも角のような、尻尾のようなものが、うっすらと出始めているではありませんか!
「ちょっと失礼!」
ハルさんは、お面の天狗の手をとると、人混みから離れたところで、そっと耳打ちしました。
「もしや天狗さまでしょうか。今日は本当にありがとうございました。だけどすぐに帰らないと、みんなの正体がバレバレになってしまいます」
「おっと! そうじゃった」
お面の天狗は、そっと面を持ち上げ、ハルさんを見つめました。
やはり、鼻の低い、短い天狗さま……。
「この前は、ハルさん、ありがとう」
短くひと言だけ言い残すと、すぐに、みんなに向かって号令をかけました。
「それでは、また来年の春祭りに参りましょう。村のみなさん、よいお年を!」
「きょうはご苦労だったね。シッシー。あんたたちのおかげで本当にいい秋祭りになったよ」
夕方、ひょっこりと現れたシッシーに、ハルさんはていねいにお礼を言いました。
「あぶねえ、あぶねえ、ハルさんが、天狗さまに言ってくれなきゃオレ様たちの正体バレバレだったぜ」
「それにしても、あのたくさんの助っ人たちはどこから?」
「山にいる動物たちさ。オレたちイノシシに、シカやタヌキやアライグマたちもな」
「よくもまあ、あんなに上手に化けられたもんだねえ……」
「天狗さまのおかげさ。天狗さま、この前、キノコ採りで、ハルさんの言ってたこと、ちゃんと覚えてくれててな、なんとしても、お祭りをにぎやかにしたいって、そればかり考えてくれてたみたいなんだ」
「そうだったのかい。それは、なんともありがたいことだったねえ」
「ところで、なあ、ハルさん」
シッシーはうっとりとした顔つきになりました。
「祭りでみんなと飲む酒は最高に上手いもんだなあ。毎日祭りだったらいいのになあ」
ハルさんはいたずらっぽく笑いました。
「なんなら、ふたりで祭りの続きやるかい? 今夜はあたしも飲みたい気分だし」
「おっ、そりゃあいいねえ」
その晩、さえわたる星空の下、ハルさんの家からは、おそくまで、二人のにぎやかな笑い声や歌声が聞こえていました。