SCP財団 ある研究員の手記にて~全てが生える木~
用語解説
SCP財団
この世にある異常な物質、存在、現象を抑え込む事を任務とし一般人が異常に対して恐怖することなく「一般的な日常」を送れるように日夜活動をしている世界的な組織。
異常現象を発見した際は速やかに「確保(Secure)」し、それらの影響が漏れないよう「収容(Contain)」した後、それらから人類もしくは異常存在を「保護(Protect)」する為それらの性質、挙動を完全理解することを目的としている。
SCPオブジェクト
その財団が収容している異常存在。物や人、空間から施設等、その形状は様々。
クラス
オブジェクトの収容難易度の目安としての役割を果たしています。
収容のし易さから順にセーフ、ユークリッド、ケテルと別れています。
Dクラス職員
死刑囚などで構成された使い捨ての実験要員
SCP-038とは、一本のリンゴの木である。
特異な点は、その樹脂に触れた物を複製する事。
それが物であろうが、動物であろうが、SCPであろうが・・・。
「何か良い知恵はないか?」
木の特性を活かし、悪ふざけをする者が後を絶たない。
その事に頭を抱えていたクラインが私の元を訪れたのは、ちょうど、昼食を食べてる時だった。
「やれやれ、随分と幸せな悩みだなクライン。」
「幸せだって?」
「あぁ。このサイトでは、危険なSCPの実験を、まさに命がけで行っている。それなのに、君の悩みはなんだ?まるで、小学生のイタズラに頭を抱える新米教師じゃないか。」
「嫌味か?」
「言いたくもなる。私の食事を邪魔しているんだからな。」
「それはすまない。でも、今はセーフのオブジェクトとは言え、あくまでも今の話だ。今後、オブジェクトクラスが上がる事なんていくらでもあり得る。例えば、サイト24で起きたあの」
「1048の話は、今、しないでもらえないか?」
私は、口に運ぼうとした肉をクラインに見せた。
クラインは察したように苦笑を浮かべ、話を戻した。
「いや、私もだな、複製されたのがいつものように菓子やCD、酒、煙草のような嗜好品だったら目を瞑っていた。だが、今回複製されたモノは、少し厄介でな。」
「厄介?なんだ?」
「・・・SCP-173だ。」
「は?」
フォークから肉がこぼれ、床に落ちた。
クラインの顔が見る見る曇っていく。
「もう一度、聞かせてもらえないか?」
「だから・・・SC-P173だ!!」
「・・・。」
私は言葉が出なかった。SCP-173とは人型の不気味な彫像だ。
その特異性について今更書くことはないが、簡単に言えば、命を懸けた「だるまさんが転んだ」が始まるだけだ。
それこそ、瞬きすら許されないほどの。
そんな危険な代物は世の中に一体で充分だというのに、ここにいる愚か者のせいで、それが二体に増えてしまった。
私は、この愚か者にどんな悪態をつこうか考えていたが、あいにく私の頭の中にはどんな言葉も、不十分だった。
そんな私の表情を察してか、クラインは先に弁明を始めた。
「何か言いたそうな顔だな。言っておくが、私を責めるのはお門違いだぞ、複製したのは部下の職員で、私ではないんだからな。もちろん、その職員はすぐに処罰を与えた。だが、部下の失敗は上司の責任というのもあるし、なんとか、その、穏便にこの問題をだな・・・」
「言い訳はいい。それで、肝心の複製されたSCP-173はどうした?」
「・・・どうすればいいと思う?」
「まさか、そのままにしてきたのか!?」
「そんなことするはずがない!何人かDクラス職員を当てている。」
「だが、それでは何の解決にもならないな。一刻も早く、手を打たないと。」
「どうすればいいと思う?」
「君はオウムか?同じ言葉を繰り返して。」
「いっそのこと、鳥になって、どこかに飛んでいきたい気分だよ。」
「そうなったら、私は即座に君を捕らえて羽をむしってやる・・・やめよう、君を責めたところで起きた状況は変わらない。それより、打開策を考えよう。」
「あぁ、そうしてくれ。」
まるで他人事の様に言うが、誰がこの状況を作ったと思ってるのだ。
部下が部下なら上司も上司といったところか。
「とにかく、ここにいても始まらない。現場に行ってみるとしよう。」
私達は監視モニタールームへとやってきた。
SCP-173がいる為、直接見るわけにはいかないからだ。
モニターからはSCP-038とその下のSCP-173。そして、その周りをD職員が取り囲んでいるのが見えた。
「あれがそうか。それで、本物はどうした?」
「そっちは既に元の場所に収容している。」
「ならば、同じように複製されたSCPも収容してしまえばいいんじゃないか?」
「考えてみたが、それを手配するにはかなりの時間がかかる。その間、あのままにしておくのはあまりにも危険だ。」
「確かに、そうだな。さて、どうするか・・・ん?」
モニターの画面が切り替わると、不自然な事に気が付いた。
SCP-173の造形がオリジナルと異なっているのだ。
「あれはどういうことだ?」
「あれとは?」
「SCP-173は人型のはずだ。だが、複製されたものは頭部、右腕、上半身の一部しか確認できない。」
「そうだ!言い忘れていたが、SCP-038は200ポンド以上の物は完璧に複製できない!」
「なんだと!!なぜ、それを先に言わない!」
「すまない、あまりの出来事で忘れていたんだ。」
「ならば、あれは本当にただの不気味な彫像で、SCPではないということか。」
「・・・そういうことになる。」
呆れて言葉も出なかった。クラインは結局、一人で騒いで大勢の職員を巻き込んだだけではなく、食事も邪魔をしたのだ。
「SCP-038の周りにいるDクラス職員に告ぐ、問題は解決した。もう、戻っていいぞ。」
私はマイクから指示を出し、この馬鹿馬鹿しい騒動を終わらせた。
「あの・・・今回の事は・・・その・・・」
「なんだ、まだいたのかクライン。」
「・・・。」
まるで怒られた子供のように、クラインは俯いている。
「はぁ・・・今回の事は、非生物による複製調査をしたと上には伝えておけ。そうすれば、騒動は無かったことにできるだろ。」
「え!?」
「それと、SCPはけっしておもちゃではない!その事を強く研究スタッフに伝えておくんだな!」
「あ・・・あぁ!そうだな、そうさせてもらう!!いや、助かったよ!!ありがとう!!」
「いいか、今回だけだ。二度と私の食事をこんなくだらないことで邪魔するな!わかったな。」
「あぁ、わかってるって!」
クラインはそう言うと、モニタールームを飛び出していった。
「全く、調子のいいやつめ。」
思うところはある。だが、全ては終わったのだ。
だとしたら、私がすべきは中断された食事の続きをすることだけだ。
「んっ?」
部屋を出ようとした時、一瞬、SCP-173が動いたように見えた。
私はモニターを凝視したが、動いているようには見えない。
「・・・気のせいか?」
モニターには変わらずSCP-038と複製された173が写っている。
「気のせい・・・だな。」
そう思い、私は部屋を後にした。