とある水族館での異変
とある水族館での異変
吾輩の目の前には、プールがあり、その奥は、巨大なガラス窓で隔てられている。
そして、その窓の向こうには数人の人間。
続けて辺りを見回すと、吾輩の同族と思われる魔族が4~5人おり、そのうちの何人かは、そのプールで気持ち良さげに泳ぎ回っている。
更に、その巨大な窓の外からは、人間の話す声が聞こえる。
見ると、人族の母娘のようだ。
「ママ~、あのペンギンさん、可愛い! あの、おでこの真っ赤なお星さま、あたしも欲しい~」
「あら? あんなの、さっきまでは居なかったわね。変異種かしら? でも、確かに可愛いわね~。サヤちゃん、きっとお土産物屋さんに、あのペンギンさんのぬいぐるみがありそうよ。後で買ってあげましょうね~」
「ママ、ありがとう!」
どうやら、吾輩のこのチャームポイントの話をしていることは分かる。しかし、ペンギン? 何の事だ? そして、此処は何処だ?
吾輩が戸惑っていると、更に声が響く。
「そろそろ閉館時間となりました。お客様は、出口へお急ぎ下さい。ご来館頂きまして、ありがとうございました」
「あら、もうそんな時間。サヤちゃん、お土産物屋さんが閉まっちゃう前に出るわよ」
「は~い」
閉館時間? お客様? 土産屋?
そして、その言葉と共に、ガラス越しの人間共は、足早に去って行った。
吾輩は首を捻る。
ふむ、吾輩は、あいつらの口振りからも、魔法で何処かに転移させられたのは確かだろう。
ならば、ここがその地球という世界か?
しかし、あいつらに出来たという事は、その気になれば、吾輩にもきっと可能な筈だ。
だが、どういった魔法の理なのかが分からない。
まあ、そのうち分かるだろうし、慌てる事もなかろう。吾輩に勝てる奴には、今まで会った事もないからな。幸い、ここには吾輩の同族も居るようだし。
なので、吾輩は早速、近くで腕をぱたぱたさせている奴に訊く。
「おい、貴様、此処は何処だ? 吾輩は魔王コペオ。もっとも、吾輩の事は知っているだろうが」
「アオ~、グアッ!」
あ~、こいつは、人族の言葉はまだ話せないようだ。
吾輩は、魔法翻訳スキルをオンにする。
これは、魔力によって、相手の発声した言葉の中に込められた意思を読み解くスキルだ。当然、吾輩の意思も相手に伝わるし、文字にも通用する。魔族の中には、まともに言葉を話せない者も多かったので、このスキルは何気に重要である。
ふむ、ちゃんと伝わったようだ。
「マオウコペオ? あ~、貴方、新入りさんね、私はミミーよ。人間にはそう呼ばれているわ。そして、ここが何処かって? そんなの、私にも分からないわ。海も無い、狭いだけの場所ってことしか」
う~む、こいつにも分からないと。
ならば、後は自力で確認するしか無さそうだ。
吾輩は、再びミミーを良く見る。
ふむ、結構美人だな、ってそれはどうでもいいか。
ん? こいつには大した魔力は無いようだ。
あの世界の人族にも劣るだろう。
では、こいつは、見た目はそっくりでも、吾輩とは違う種族だな。
吾輩の種族、『皇帝』種で、こんなに魔力が低い奴は、子供でも居ない。魔族かどうかも、かなり怪しい。
周りの奴も確認してみるが、どいつもこいつも、このミミーとやらと同じようだ。
顔付きだけは、全員、美男美女なんだがな~。
そして、この周囲を歩き回った結果、確認できた事がある。
此処は、こいつが言ったように、数十メートル四方の、限られた空間。岩山を模したオブジェのある、ちょっと広めのプールのついた部屋ってところだろう。岩山の奥には、格子のついた扉があるだけだった。
しかし、この扉に何か意味があるのか?
吾輩が、軽く腕で押すと、簡単に外れた。ふむ、吾輩の部屋の襖と同じと考えていいようだ。
まあ、この部屋の外の散策は後で良かろう。今は、こいつらから情報を入手する事が先決だ。
吾輩は、再びミミー達から何か聞き出すべく、プールの前に移動する。
そこへ、岩山の裏から声がした。
「あら? この扉、壊れてるわね? まあ、それは後でいいわ~。は~い、皆、ご飯ですよ~。喧嘩しないで、ちゃんと並んで頂戴~」
ふむ、これは人族の声だな。どうやら、雌のようだ。
吾輩は、あのモモレンジャー、もとい、勇者を思い出し、少し身構える!
岩山の裏にあった扉から、青と黒の、全身にフィットするような衣装に身を包んだ、一人の人間が出て来た。
短めの黒髪に、軽くパーマをあて、少し丸顔。チャームポイントは、左眼の横にある泣き黶か? 人族の中では、かなりの美人だ。胸もでかい。年も、あのモモレンジャーと同じくらいだろう。あいつも、あんな恰好なぞせず、こういう色の髪にしていれば、もう少し痛々しくはなかったはずなのだが。
その女が、大きなバケツを二つぶら下げて、吾輩達の方に歩いてくると、皆が一斉にその女を囲む!
「ご飯~♪」
「早く食わせろ!」
「マイト! あたしが先よ!」
もっとも、こいつらの声は、吾輩が翻訳したものだ。実際には、クエ~とか、クアッとか、奇声を発している。
「は~い、皆、並んでね~。って、あれ? いち、にぃ、さん…、え~っ? 一羽増えてる~っ! あたし、そんな話聞いてないわよ~。あ~、きっと連絡ノートに何か書いてあるはずよね~。後で、ちゃんと読んでおかなきゃ、また叱られちゃうわ~」
「ふむ、人数の確認か。どうやら貴様、見たところ、この部屋の管理人、いや、給仕のようだな。そして、貴様が混乱するのも当然だ。吾輩は、ここではイレギュラーな存在のようだしな。だが、安心しろ。吾輩が今から説明してやろう。だが、その前に……」
すると、その女がいきなりバケツを放り出して、吾輩の元に駆け寄る!
「あら? あら~? あらら~? ペンギンが喋った? う、嘘よね?! え? この額の赤い星? それに、よく見ると、確かにコウテイペンギンそっくりだけど、ちょっと違うわ! その羽、羽毛が生えていないじゃない!」
ふむ、やはり吾輩とこいつらは別種だったようだ。そして、こいつらの種族名は、コウテイペンギンと。皇帝だけは一緒のようだ。
また、吾輩もそこまで注意して見てはいなかったが、こいつらには毛が生えているようだ。しかし、吾輩のお肌はすべすべだ。
「だから、落ち着け! 吾輩は、コウテイペンギンではなく、『皇帝』種だ! そして、我が名は、『魔王、コペオ』だ! あまり騒ぐようなら、一生喋れなくしてやっても良いのだぞ?」
「え? でも、落ち着けと言われても? あ! あたしがおかしいのよね? きっとそうよね?! あ、分かったわ! あなた、ちょっと、後ろを向いて!」
ふむ、何だろう?
後ろを向くくらいで、この女が大人しくなるなら、それくらいは構わないだろう。
「あら~? ジッパーがないわ~? ちょっと、じっとしててね~」
その女は、背後から吾輩を抱きかかえる。
「う~ん、重さもペンギンと同じくらい。人間じゃ、ここまで軽くはないわよね~」
「だから、吾輩はペンギンではないと言ったであろう! そして、気安く吾輩を抱くでない!」
「あ、あら、ごめんなさい。でも、このすべすべ感、最っ高~! ちょっとぷにょぷにょしているのが、またいいわ~!」
女は、吾輩を離さず、頬ずりしてきやがる!
ふむ、この女には少し躾が必要だな。
吾輩は、迷わずフリッパーで、女の頬を、軽~くはってやる。
「ぶぎゃっ!」
女は、そのまま岩山に吹き飛んだ!
ま、こんなもんだろ。
かなり手加減してやったが、本気なら、こいつの首から先は無くなっていた筈だ。
「ちょ、ちょっと、痛いじゃな~いっ! でも、これで、あたしもやっと理解できたわ! その怪力、貴方、人間じゃないわね!」
ふむ、頬を擦りながらも、ちゃんと立ち上がったので、良い加減だったようだ。人間にしては頑丈だな。
そして、この女、人族の基準では、結構な美人だと思っていたが、かなりのアホと見てよかろう。
だが、取り敢えずは一歩前進だ。吾輩は、このアホに、吾輩がペンギン族でも、人族でもないことを理解させる事には成功したようだ。
「ふむ、これ以上痛い思いをしたくないのであれば、黙って吾輩の話を聞いてくれるか?」
「そ、そうね~。なんか良く分らないけど~。ええ、任せてね~。あたし、聞き上手だって、皆、褒めてくれるの~」
アホ女が、吾輩の前に正座して、聞く姿勢を見せてくれたので、経緯を説明する。
ちなみに、その間に、こいつが放り投げたバケツの中身は、ペンギン達によって、綺麗に無くなっていたが。
「なんか~、良く分らないけど~、コペオちゃんが、異世界から来た、お偉いさんだということだけは理解できたわ~」
「うむ、吾輩は力があるだけで、決して偉くはないのだがな。まあ、苦労はしたが、貴様だけでも理解してくれて何よりだ。残念ながら、あの者達に、吾輩の理を理解させるのは厳しかろう」
そう、ペンギンと呼ばれた連中も、バケツの中身を頬張りながら、一緒に吾輩の話を聞いていたのだが、皆、きょとんとした顔をしている。
「それで~、コペオちゃんは~、これからどうするの~? 良かったら、此処に住んでていいわよ~?」
「ふむ、それは遠慮したい。ここは寒いし、あの者達からは、この世界の事をあまり聞き出せないようだしな。なので、貴様、吾輩を匿って、この世界の事を教えてはくれぬか? それならば、吾輩も、これ以上、面倒な説明をしなくて済む」
うむ。未だここがどんな世界かは良く分らぬが、この女ならば、聞き出すのに苦労はしないであろう。もっとも、かなりアホなようだが。
「コペオちゃん、貴様ではなくて、ユリよ~。そうね~。でも、条件があるわ~」
「ふむ、ユリとやら、申してみるが良い。吾輩に可能な事ならば、叶えてやらぬでもないぞ?」
まあ、ユリが人族の女王になりたいとか程度ならば、吾輩の力を貸してやれば、それ程難しくはなかろう。
見たところ、ユリの魔力は、あの世界の人間の一般と同じ程度なので、この女を基準に考えるのであれば、この世界の人族を征服するなど、吾輩にとっては造作も無かろう。
もっとも、あの勇者と呼ばれた召喚者共はそれなりにあったが、あの者達も、あの世界ではイレギュラーな存在であったしな。
すると、ユリは満面の笑みで吾輩を抱きかかえる。
ふむ、この女の胸が首筋に当たる感触がして、吾輩も適度に心地いい。
「そんな大層な事じゃないわ~。こうやって~、毎晩、コペオちゃんを抱かせてくれるだけでいいの~」
「ふむ、そんな事でいいのか? しかし、毎晩はちと面倒か? まあ、吾輩が暇な時は、こうやって抱かせてやろう。それでは不満か?」
「ありがと~! じゃあ~、これからコペオちゃんは~、あたしの家で飼ってあげるわ~。なので、ずっ~とあたしと一緒よ~。じゃあ~、ちょっとここで待っててね~。あたし、残ったお仕事を済ませてから、此処に戻って来るから~。2時間くらいかしら~?」
「いや、飼うではなく、匿う、なのだが? そして、それくらいなら待っていてやろう。さっさと済ませるが良い」
ユリが立ち去ると、今度はペンギン族に囲まれる。
「なんかよく分からないけど、コペオさんは、あたし達とは違うみたいね」
ミミーが口火を切る。
「うむ、どうやら、吾輩と貴様達は、全く別の種族のようだ」
「それは残念ね。あたし、コペオさんになら、あたしの卵を預けられると思ったのに~」
すると、他の連中も口々に騒ぎ立てる。
「なんだ、そうなのかよ。せっかく仲間が増えたと思ったのにな~。あ、俺、ペンタね」
「ミミーちゃん! こ、この僕はどうなったんだい! さっきも、僕の分のアジ、あげたじゃないか!」
「あら、ミミーちゃん、抜け駆けは狡いわ! コペオさんは、あたしも狙っていたのよ!」
「キャンディーちゃん、それはないよ~!」
ふむ、今一つ、まだ理解できてはいないが、この者達も、吾輩を同族と勘違いしていたようだ。
「皆、済まんな。だが、ここで会ったのも、何かの縁だ。なので、そなた達、もし何か吾輩に望みがあるのならば、聞いてやらぬでもないぞ?」
すると、一人のペンギンが進み出て来た。
先程、キャンディーと呼ばれていた雌のようだ。
「なら、聞いて! 私達を南極に戻して! ここも悪くはないのだけど、全く落ち着かないの! ここでは、エッチする気分になれないのよ! これでは子孫が残せないわ!」
それを聞いて、ミミーも追従する。
「あ、それは私も一緒よ! マイト、今までごめんね」
ふむ、良く分らんが、この者達を、その南極とやらに連れて行けばいいのだろう。
「よし、願いは聞いたぞ。だが、吾輩には、その南極は元より、ここが何処なのかも分からぬのだ。しかし、先程のユリとやらを足掛かりに、何とかなるのではないかと考えておる。なので、約束はできぬが、それでも良いか?」
「「「「はい! お願いします!」」」」
ペンギン達は、それで気が済んだらしく、皆、揃ってプールに入り、はしゃぎだした。
うむ、魔王として、何としてでも、この者達の願いを叶えてやらねばな!




