クルナに散る2
クルナに散る2
現在、吾輩は、ユリと共にこの世界で初めての『飛行機』というものに挑戦しておる。
吾輩の場合、そんなものを使わずとも移動はできるのだが、せっかくこの世界へ来たのだから、是非とも経験しておきたかった。たまたまマイクのスタッフがクルナにかかっていたのを治療してやった結果、北海道という地の温泉旅館宿泊券とやらを差し入れて来たので、そのついでにという事だ。
吾輩がユリに抱きかかえられて窓際の席に着くと、早速CAと呼ばれる若い人間の女性が来た。
「本日は厳格航空をご利用頂き、ありがとうございます。それではお客様、その『お手荷物』を隣の席へ置いて頂き、シートベルトをお締めください」
ぬお?
吾輩はユリの手荷物などではないのだが?!
しかし、吾輩が抗議するより前に、ユリが反論してくれるようだ。
「え~っ?! コペオちゃんは、手荷物なんかじゃないわよ~っ!」
うむ、それでよい。
そして、吾輩も追従する。
「うむ、吾輩達は、この隣の座席も購入しておる。ふむ、だが、シートベルトとやらをせねんばならぬのか。これは失礼した。ユリ!」
「は~い。じゃあ~、コペオちゃんはこのまま窓際に座る~?」
「そうだな。吾輩は外の景色も観察したかったので、済まぬがユリは通路側で構わぬか?」
「は~い」
ユリが隣に移動し、そのシートベルトを吾輩にしてくれようとした時だ!
そのCA は一瞬驚いた顔をしてから、真顔で吾輩に迫る!
「え? あ! この方が噂の魔王コペオさんでしたか。これは大変失礼致しました! では、申し訳ありませんが、マスクの着用をお願いします!」
は?
マスクだと?
ふむ、そう言われれば、ユリもマスクをしておるし、この女もちゃんとしておる。
周りを見渡すと、座席はクルナウィルスとやらのせいか、半分も埋まってはいなかったが、全員マスクをしておる。
「う~む、済まぬが、吾輩に合うマスクが無いのだ。それに、そもそも吾輩は、クルナごときには感染せぬから安心するがよい」
うむ、吾輩のこの豪著な嘴に合うマスクなど、この世界には存在せぬだろう。
しかし、その女は目つきを険しくして、更に吾輩に迫る!
「いえ、済みませんが、これも規則ですので! 現在、マスクをしないお客様をお乗せすることはできません!」
「ふむ、それならば仕方ないな。ところで、こう言っては何だが、抜け道、いや、マスクをしなくてもいい場所とかは無いか? できれば、外の風景が見える所がよいのだが……」
するとその女は少し眉間に皺を寄せてから答える。
「いえ、残念ながら当機にはそのような座席はございません。そして困りましたね。どうしてもと仰るなら、外は見えませんが、貨物室でしょうか?」
う~む、外が見えぬのであれば、些か不都合であるな。
その為に、窓際の席を押さえたのであるから。
「ならば仕方あるまい。吾輩も無理を言って済まなかった。では、吾輩は……」
そこで、このやり取りを見ていたと思われる、近くに座っていた乗客から声が飛ぶ!
「おい! その流れからは、降りろってことだろ?! それは厳しすぎだろ! 俺の場合は、マスク持って来るのを忘れたって言ったら、そっちでこのマスクをくれたじゃないか!」
更に他の乗客も追随したようだ。
「そうだそうだ! コペオ君用のマスクを用意してやれよ!」
あ~、これはいかんな。
これでは収拾がつかぬではないか。吾輩も、揉め事を起こす為にわざわざ飛行機に乗ったのではない!
なので、吾輩は座席の上に立ち上がり、吾輩を庇ってくれた乗客に軽く片手を挙げ、更に一礼をしたところで、横から小声がする。
(チッ! この前は、マスクしてないような奴とは一緒に乗れるかって騒いだくせに、今回は逆かよ! これだから有名人に迎合する連中は……)
ふむ、聞こえていないと思っているようだが、吾輩には丸聞こえであるぞ。
だが、気持ちは分からぬでもない。
しかし、あの者達はもはや、このCAとやらが何を言っても、耳を貸さぬであろう。その証拠に、その女が吾輩に「誠に申し訳ありません」と、頭を下げておるのを無視して、更に怒声が響く!
「いや、コペオ君は降りなくていい!」
「そうだ! 降りる必要なんかない! あんたも、少しは融通利かせろよ!」
それに、その女がおろおろしながら反論する。
「い、いえ、これは当社の規則ですので……」
うむ。これはもう、吾輩が収めるしかなかろう。
「あ~、吾輩の身を案じてくれておる者達! 大変感謝する! しかし! 静まるがよい! 確かに、吾輩に合うマスクが無いのは事実! だが、それはこの者のせいではなかろう。この者は、規則に従っておるだけである! そして、吾輩は、まだこの飛行機を降りると言ってはおらぬ!」
あら? 全員、耳を押さえてしまったか。
だが、静かにはなったようだ。
なので、吾輩は既に泣きそうになっているその女の肩を軽く叩く。
「うむ、そなたも苦労しておるようだな。しかし、吾輩は何も困ってはおらぬ。まだ、搭乗口とやらは、締めてはおらぬな?」
「は、はい! で、でも、今、この飛行機からは降りないって……?」
女はそう言って首を傾げるが、まあ、この反応は当然であるか。
ちなみにユリは、この騒ぎには目もくれず、『北海道ガイドブック』とやらを取り出し、そちらに目を通しているようであるが。
「うむ、そなたは気にする必要はない。では、ユリ! そなたはそのまま、この飛行機内に残るがよい。千歳空港であったか? そこで落ち合うとしよう!」
「は~い。でも、コペオちゃん、無理しないでね~」
「うむ。吾輩に問題は無い。そして、CAとやら、そなたには迷惑をかけたな。これは、吾輩のほんの気持ちである。ヒール!」
吾輩は、その女に回復魔法をかけてやり、座席を降り、入り口を目指す。
すると、未だ戸惑っておるその女が頭を下げながら、聞いて来る。
「い、いえ、謝るのは当社のほうですし……。し、しかし、今、一体何を?」
「いや、そなた、自身では気付いてはおらぬようであったが、クルナウィルスに感染しておったのでな。吾輩が治療してやっただけだ。うむ、初期で良かった。なので、もう心配はなかろう。引き続き、業務に励むがよい!」
吾輩はそのまま振り返らす、飛行機の搭乗口から外に舞い上がった!
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「ふ~、色々ごたごたしたようだが、やっと落ち着いたな。副機長、自動操縦に切り替えてくれたまえ」
「はい、機長。しかし、さっきから……」
「あ~、君にも見えるかね?」
「はい! はっきりと! ペンギンのような生物が、機首の上で寝そべって寛いでいるのが!」
「うん、私にもそう見えるよ。全く、民間機にも、早くUFOとかの遭遇マニュアルを配布して欲しいものだな」
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『本日、千歳空港行の厳格航空567便にて、客室乗務員の一人が乗客全員によって叩き出されるという、前代未聞の事態が発生した模様です。乗客らの証言によると、クルナにかかっていたからとのことで……』
吾輩は現在ユリと合流し、マイクの用意してくれた温泉旅館で、ニュースを見ながら料理を満喫しておる。
「ふむ、確かに、あの者の悪意は少し感じておったのだが、あれは仕事によるストレスであろう。しかし、なんとも気の毒であるな」
「そうよね~。でも~、コペオちゃんは何も悪い事していないし~、寧ろ、あの人のクルナを治してあげたんだし~、気にする必要は無いと思う~。でも~、これからクルナの人を治す時は、周りに内緒にしましょうね~」
「うむ、了解したである! そして、この毛ガニ、またサーモンとやらも美味である!」