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魔王コペオの独裁日記  作者: BrokenWing
10/19

魔王の懸念

        魔王の懸念 



 翌日、ユリは、何やら朝からダイエットという、この世界で最も難易度が高いと呼ばれる苦行に挑戦しておるようだ。

 両手に分厚い本を持ち、同時に、『タウンページ、何冊持てる?』というアニメを見ながら、身体をくねらせていた。

 これは、最近、吾輩のベッドの寝心地が柔らかくなったのではないかとの、不用意な発言に起因したと見られる。



「ピンポーン」

「ユリ、また客のようだぞ」

「は~い」


 ユリがインターホンを取り、応対する。


「元首相で国会議員の、源波幾三げんば・いくぞうさんだって~。コペオちゃんに~、どうしても聞いて欲しい事があるそうよ~」

「はて? 源波とな? そう言えば、この国にはそんな首相もおったようだな。ころころ変わるので、流石の吾輩でも覚えきれぬわ。もっとも、今の首相は長続きしておるようだが。ふむ、この国の元ナンバーワンであるなら、話を聞いてやるのもよかろう」

「は~い。じゃあ、源波さん、1時間10万円よ~」


 流石はユリ、分かっておるではないか。



 その男は見た感じ60歳くらい。よれよれのスーツ姿ではあったが、見事に整備されたその頭部は、光沢を放っていた。

 SPと思われる黒服を一人従え、意気揚々とリビングに押し入ってくる。


「おい! あれを出せ!」


 男は、ソファーに陣取って待ち構える吾輩に正対すると、いきなりSPに叫ぶ!

 すると、その黒服は呆れた顔をしながら、空のビールケースを、その男の足元に置いた。


「またですか~。あ、本当にすみませんね。この人、選挙演説の癖で、高い所に立っていないとダメなんですよ~。これが無いと、気分が乗らないって」


 男は、そのビールケースに上ると、自信に満ちた顔で口を開く。


「あ~、コペオ君、初めましてだな。俺っちは源波幾三。元首相にして、この国が直面した未曽有の災害に塩を塗り込んだと、一部の外国人からは絶賛されている男だ!」


 う~む、良く分らんが、こやつもアホなのは間違いなかろう。


「ふむ、吾輩はコペオ。この世界とは異なる世界の魔王である! して、源波とやら、そなたもソファーにかけるがよかろう。そこに立たれていては、話し辛いのでな」

「いや、君が気を遣う必要は無い。俺っちは、こうやって下々を見降ろしているべき存在なのだからな!」


 う~む、全く気等使ってはおらぬのだが?

 まあよい。では、ユリのスポーツジムの入会費用を稼いでやろうとしようか。


「では、そのままでよい。話をするがよかろう。おっと、忘れるでないぞ。吾輩を付き合わせる以上、1時間10万である!」


 すると、その男は意外な返事をする。


「では、先に俺っちが請求しよう。俺っちの話を聞きたいのなら、1時間10万だ! なにしろ俺っちは、年に4000万以上の無駄飯…じゃなかった、議員歳費を貰っているからな!」


 ふむ、話にならぬな。


「いや、吾輩は、別にそなたの話を聞きたくないのでな。ならば、即刻ここを立ち去るがよかろう。ユリ!」


 ユリが男に駆け寄り、ビールケースから降りるよう促すのだが、何故か、こやつはそこに蹲って降りようとしない。


「さ、早くお家に帰りましょうね~」

「い、いや~っ! 帰りたくな~いっ! お、俺っちの相手をしてくれるのは、今、殆ど居ないんだから~! 親友だった記者達も、なんか居なくなっちゃったし~っ! あ~っ、それ取っちゃダメ~っ!」


 う~む、アホを通り越し、同情を誘われるであるな。お付きの男も、何度も吾輩達に頭を下げておるし。

 しかし、こんな男が、元首相って…、あ~、だから、短期間で降ろされたと言う訳だな。

 まあ、これでは仕方あるまい。


「ふむ、もうよい。特別に只で話を聞いてやろう。感謝するがよい。ユリ、すまぬな」


 男は目を輝かせ、颯爽と立ち上がる。


「ふん、最初から素直に俺っちの話を聞きたいと言えばいいものを。ならば、俺っちも野暮な請求等はしないでおいてやろう。では、早速だが……」


 話を聞いてやると、なんという事は無い。

 この男は、吾輩を利用したいだけのようだ。

 自分から吾輩に接触してくるのは、大抵がそういう輩なので、これは納得である。


 要は、前回のTV出演で、吾輩の知名度はこの国では飛躍的に高まった。なので、その知名度を生かして、一度でいいから選挙演説の応援をして欲しいと。


「ふむ、だが、吾輩は異邦人。この国のことはある程度理解したつもりなのだが、政治とかはまだまだ疎い。そして、そなたの事は殆ど知らぬ。なので、それは無理であるな。それに吾輩も、見ず知らずのそなたに、協力をする義理は無いのでな」

「いや、コペオ君は、俺っちの後ろで、その威厳溢れる姿で立っているだけでいいのだ! 『自称異世界の魔王を従える俺っち』ってイメージだな。そして、俺っちは、こう見えても元首相。まだまだそれなりの力はあるつもりだ! 何か、俺っちに頼み事はないか? 聞いてやらなくもないぞ?」


 ふむ、立っているだけでよいのか。ならば、出来なくもなかろう。

 そして、これはいい機会かもしれぬな。


「良かろう。では……」


 吾輩は、あの水族館のペンギン達の事を話す。

 源波はビールケースの上で、にこにこしながら、吾輩の話を聞く。


「なんだ、そんな事か! それくらいなら俺っちのコネで何とかなるだろう。よし! 早速、明日にでも何とかしてやろう!」

「お~、それは感謝するであるぞ! では、吾輩も、一度だけだが、そなたの選挙演説とやらで、背後に立っている事を約束しようではないか!」


 源波は、吾輩の差し出した手を両手で握りしめてから帰って行った。

 帰り際、黒服が、また何度も頭を下げる。


「本当にご迷惑をおかけしました~。あ、後、更にご迷惑をかける可能性もありますが、そこは勘弁してあげて下さいね。何しろ、源波さんですから~」


 何やら意味深なようだが、吾輩もそこまでは期待していない。

 対価だって、大したものではないしな。



 翌日、数人の男女が吾輩の元に訪れた。


「お、気合入ってますね! うん、その着ぐるみいいですよ~! では、早速行きましょうか! なに、所詮は一介の水族館。僕達の力で何とでもなりますよ!」


 代表とみられる男は、年の頃は40歳くらいだろうか?

 全員、ジャージの上にダウンジャケットを着込み、防寒対策は万全のようだ。

 もっとも、全員、目深に帽子を被り、マスクまでしておるので、あまりその表情は伺えない。


「ふむ、あの男、早速この者達を寄こしたか。元首相、やるではないか。だが、そなたら、あの源波とやらにも言ったが、飽くまでも、平和的に解放してやるのであるぞ。力ずくで強要するのであれば、既に吾輩がやっておるのでな」

「ええ、問題ありませんね。僕達は、暴力だけは振るいませんから」

「ならば任せるとしよう。では、参ろうか」



 ユリと一緒に、その者達の車で例の水族館に着くと、既に彼等の仲間が待っていた。

 総勢20人くらいであろうか? 水族館の門の前に車を横付けし、全員プラカードを持ち、横断幕を掲げている。


『理想の世界を実現しよう! 動物虐待反対!』

『魚やペンギン達を海に返そう!』

『捕鯨反対!』

『原発反対!』


 ふむ、今回の件に明らかに関係無い、意味不明のもあるが、おおよそ吾輩にも理解できたであるな。

 水族館に入ろうとしている客達は、それを迷惑そうに避けながら、足早に受付ゲートに向かう。


 更に、その代表と思われる男が、ワゴン車の上に立ち、拡声器を翳す!


「『とある水族館』は、不当に拉致している海獣や魚を解放しろ! 我々は、『海の猛犬、ちょっと過激な動物愛護団体』である!」


 それに、全員が口々に追従する!


「そうだそうだ! ペンギン達を南極に返そう!」

「これは、立派な動物虐待よ! あの子達に罪はないわ!」

「虐待反対! 館長は、速やかに全ての生物を解放すべきだ!」


 更に、入館しようとしている客を捕まえて、説教を垂れる!


「ここの動物たちは、意思に関係なく、ここに拉致されているんですよ? これを、貴方、見過ごしていいんですか?!」

「ここに入るという事は、動物虐待に加担しているのよ!」


 う~む、趣旨は分かるが、これは、ちとやり過ぎではないのか?

 入ろうとした客の、半分以上が踵を返しておるぞ?


「こ、これ、皆、迷惑しておるようだ。これは、吾輩の望んだ解決策では無い!」


 吾輩がデモ隊の一人に諭そうとすると、今度は吾輩が取り囲まれる!


「でも、暴力は振るってないし、あたし達は正論を述べているだけよ!」

「さあ! 貴方もその着ぐるみを生かして、リーダーさんと一緒に車の上に!」

「俺達は、動物愛護に命を張って居るんだ! ここに入る奴は人でなしだ!」

「そうだそうだ! うん、コペオさんも一緒に~。虐待はんた~い!」


 皆が吾輩を担ぎ上げ、強引にワゴン車の演説席へ押し上げようとしていると、水族館の中から、一人の男が飛び出してきた!


「わ、私はここの館長だ! ここでのデモは聞いていないし、これじゃ、お客さんが入ってこられないじゃないか! ええ、話があるなら聞きますから! あ、ユリ君も一緒か! なら、話が早い!」


 ふむ、これは丁度よい。

 デモ隊も吾輩を降ろして、今度はその男を取り囲む。


 連中に喋らせる前に、吾輩は、ユリと一緒に、その男の前に進み出る。


「済まぬな。どうやら、そなた達には大変迷惑だったようだ。だが、吾輩の話だけでよい、聞いて貰えぬであろうか?」

「あ! 今、テレビで話題の、魔王コペオさんですね! ええ、喜んで聞きましょう! でも、ここではなんですね。中へどうぞ。うん、ユリ君も説明してくれ!」


 吾輩は、ユリと一緒に水族館に入ると、館長室に通される。



「ってことで~、あのペンギンさん達を~、南極に返してあげるのがコペオちゃんの望みなの~」


 吾輩に代わって、ユリが手短に経緯を説明してくれた。

 うむ、この者達は面識があるようなので、これは助かるであるな。


「だが、ユリ君、君もあのペンギン達が居るからと、ここに勤めていたのではないかね? まあ、それはいい。だが、流石にそれは無理だ。あのペンギン達はここのメインなんだよ。あの子達が居なくなったら、お客さんも激減するだろう。それに、返すと言っても、南極までの輸送費用、とても出せる額じゃない!」

「やはりそうであるか。だが、あの者達、ここでは落ち着かず、繁殖行為に励めぬとぼやいておった。なので、それだけでも何とかできぬであろうか?」


 吾輩は、妥協策を提案してみる。

 そう、あの者達、ここでの待遇には、さほど不満を持っておらなんだようだしな。

 すると、館長は驚いた顔をしたが、すぐに元に戻る。


「え? 貴方もペンギンの言葉が分かるのですか? あ~、ひょっとして、ミツル君から聞いたのかな? 彼、なんか変な事を言い出して、ユリ君が抜けた後、強引にペンギン担当に就いたんですよ」


 ミツル?

 あ~、あの、ユリの元カレとやらか。

 ふむ、あの者、あの後改心したと見え、ここで真面目に働いておるようであるな。


「ふむ、あの者も理解できるのであるか。それで?」


 館長は、今度はにこにこしながら説明する。


「まあ、とにかく、彼に担当が変わってから、ペンギン達の食欲も倍増し、今、あの二組に繁殖行為が確認されたんです! なので、そのうち卵が期待できそうです。これは、世界的にもそれ程例が無いので、快挙ですよ! いや~、ユリ君には悪いけど、あの人事は大正解でしたね~」


 なんと!

 ならば、吾輩の懸念も解決した可能性が高いではないか!


「ふむ、ならば、あの者達に会って、直接話を聞いてみたい。そなた、構わぬか?」

「ええ、それであのデモ隊が帰ってくれるなら喜んで! さあ、どうぞ」



 館長と共に、ペンギン舎に入ると、中ではミツルとやらが、甲斐甲斐しく走り回っておった。


「ミミー様! 岩山に登られては危険です! お腹のお子様に差し障ります! あ! ペンタ様も、その場所では、あまり勢いをつけて泳がれますと、ガラスに衝突する危険があります!」

「クエ~、クックっ!」(コペオ訳:あら、じゃあ、やめておくわ~)

「クワッ! ケケッ!」(コペオ訳:うむ、忠告感謝するぞ!)

「はっ! ご理解頂き、ありがとうございます!」


 なるほど、ちゃんと成立しておるではないか!


 そこで、ミツルは入って来た吾輩達に振り返る。


「おや? 新たに入られるペンギン様でございますか? え? そんな話…、ん? その神々しいお姿は、どこかで見たような? あ、ユリちゃん! 丁度良かった! 君には言いたい事がある!」


 むむ?

 これは、またあの話か?

 そうであるならば、止めねばなるまい!


 ユリは咄嗟に吾輩の後ろに隠れるが、ミツルは構わず続ける!


「ユリちゃん! ペンギン様達から伺ったぞ! 気軽に抱くなって! それに、お食事の魚も、ちゃんと、頭から渡せって! 尻尾からだと喉に詰まるって、嘆いておられたぞ! 後、掃除してくれるのはいいけど、いい雰囲気の時に邪魔するなって!」


 吾輩はユリに振り返る。

 ユリの奴、頬をポリポリと掻きながら、そっぽを向きおった!

 まあ、悪気はないのであろうが、ユリが原因で落ち着かなかったようであるな。


 更に、あのペンギン達も吾輩に気が付き、こちらに寄って来た。


「クエ~、クワっ!」(コペオ訳:あら、コペオさん、お久しぶりね)

「うむ、そなたらも元気そうで何よりである。それで、以前、そなたらが話しておった、南極に帰りたいという件なのだが……」

「クワッ? クルック~!」(コペオ訳:え? そんな話したっけ? いや、ここは快適だよ~。南極とは違って、餌を取りに潜る必要もないし)

「ケッ! クックッ~?」(コペオ訳:ミツルに担当が変わって、ここは天国よ! 南極? 何それ?)


 ぬお?

 この者達、完全に忘れておるではないか!

 ふむ、所詮は鳥であったか。

 しかし、これなら心配あるまい。

 何故ミツルとやらが、この者達と疎通できるようになったかは、甚だ疑問であるがな。


 うむ! これにて一件落着である!


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