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[09] 今来たところです

 駅前には、学校帰りの生徒たちや、夕食の買い物に来た人たちで賑わっていた。


 数年前に完成した駅ビルにはショッピングモールがあり、学生たちは並んだオシャレなお店に吸い込まれていく。


 その手に、揃いも揃ってタピオカドリンクが握られているのは、きっとそういう宗教かなにかなのだろう。

 彼らにとって、タピオカは聖遺物のようなものに違いない。


 そんな学生たちを横目に、僕は駅前のモニュメントの前で小さく手を振っている瑠衣さんに駆け寄った。


「ご、ごめん、お待たせ!」

「いいえ、私も今来たところですから」


 駆け寄ってきた僕に、瑠衣さんはにっこり微笑んでくれた。

 

 清楚を絵に描いたような白いワンピースに、花柄ワンポイントの可愛いミュール。

 その華やかな笑顔は、ただ立っているだけなのに、周囲の目をひきつけて止まなかった。

 

 しかし、そんな周囲の視線など気にした様子もなく、瑠衣さんはにこにこと僕だけに笑いかけてくれる。


「こういうやり取りも、デートっぽいですね。なんだか、嬉しいです」

「そ、そうなの?」

「はい、もちろんですっ」


 ぎゅっと可愛らしく両手を握り締めた瑠衣さんは、こんな主張をし始める。


「私だって、女の子ですから。男の人とデートって、ずっと憧れてました」

「ずっとって……瑠衣さんなら、相手なんていくらでもいたでしょ……?」

「私がですか? そんなこと、あるはずありませんよ」


 ぶんぶんと、瑠衣さんが首を振る。

 長い髪を舞わせながら、瑠衣さんはそっと自分の胸元に手を当てた。


「私、ずっと女子校でしたので、同年代の男の人と接することなんて、全然ありませんでしたから」

「……それは、意外かも」


 僕と話をしている時は、いつも自然に接してくれていたので、男性慣れしていないようには見えなかった。


 てっきり、彼氏もいるものだと思っていたけど、そうじゃないらしい。


「あ、でもでも、一人だけ、私にも毎日お喋りする男の方がいるんです」

「へ、へー、そうなんだ……」


 平静を装うも、地味にショックを受ける自分がいる。


 きっと、それが本当の彼氏とかいうオチなのだろう。

 一人で勝手にショックを受けていると、瑠衣さんは思い出し笑いをするように、くすりと笑みをこぼした。


「はい。その方は、笑顔が素敵で、優しくて、誠実で。お部屋の前の廊下をお掃除してくれたり、切れた電球を交換してくれたり、ご実家からのリンゴを分けてくださったり」

「…………? それって――」

「はい」


 ちょっとだけ悪戯めいた笑みを浮かべながら、瑠衣さんは僕を指し示してきた。


「雪斗さんです。私が唯一、毎日お喋りする、男の方は」

「…………」


 ヤバイ。嬉しい。


 それが嘘だったとしても、ただのリップサービスだったのしても、嬉しいものは嬉しかった。


 そんなこちらの感激を知ってか知らずか、瑠衣さんは合わせた手を口元に添えるようにすると、


「すみません、私からお誘いしておいてなんなのですが、どこへ行くとか、全く決めていなくて……」

「ああ、それなら」


 昼に連絡をもらってから、ずっと考えていたことを僕は口にしてみた。


「もしよかったら、どこか喫茶店とかでゆっくり話でもしない? その、付き合ってるとかどうとかの話をしたいし」


 瑠衣さんの勘違いの原因を、まず特定する必要がある。


 そして、それについて、きちんと誤解を解かないといけないだろう。


 よくわからない状態のまま、付き合うなんて、不誠実なことは僕なんかにできそうもない。


「喫茶店デート……素敵ですっ!」


 意外にも、瑠衣さんの反応は良好なようで、本当に嬉しそうな声で小躍りしながら喜びを表現していた。


「あ、それなら、行ってみたいお店があるんですけど、いいですか?」

「うん。僕はどこでも」


 そもそも、喫茶店なんてどこになにがあるのかすら知らない。なんとかフラペチーノなんて、高くて買えないからだ。


 僕の返答を聞くと、瑠衣さんはさらに嬉しそうに頬を緩ませて、


「こっちです!」


 遊園地に行く子供のような無邪気さで、僕を先導し始めた。


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