[05] それは夢です。もしくは詐欺です。
僕の通う高校には、地層研究部という部がある。
文字通り、地層を研究する部で、十年以上前に地層に詳しい先生がこの学校にいた際、立ち上げられた部だそうだ。
当時はいろいろな場所に行って、地層を記録に収めたり、砂や石を集めて標本にしたりしていたらしい。
珍しい活動をいろいろしていたので、TVや雑誌でも取り上げられたこともあったそうだ。
しかし、それも遠い昔。
顧問の先生も幽霊化していて、現在の部員数はたったの二名。
それでも存続しているのは、一応、かつての栄光を学校側が鑑みてのことらしい。
というわけで、部室でもある地学準備室で、部員である僕は静かにお昼を食べることにしていた。
「――なるほどなるほど。つまりですね、雪斗先輩」
訂正。静かにではなかった。
机を挟んだ先、自分のお弁当箱を広げていた後輩の女子生徒が、僕から聞き出した情報をこう纏めてきた。
「お隣さんにリンゴを届けたら、何故か先輩が告白したことになって、そのまま付き合うことになった、と。そういうことですか?」
「まあ……簡単に言えば、そんな感じなのかな?」
目の前に座る後輩の女の子――薬師寺サクラの問いに、僕は頷きを返す。
肩下までの髪をポニーテールに纏めた、快活そうな瞳が印象的な女の子だ。
客観的な意見を聞いてみようと思い、同じ地層研究部の部員であり、後輩でもあるサクラに話を振ってみたのが始まりだった。
サクラはお行儀悪く箸を指揮棒のように振った後、こう告げてくる。
「先輩。それは、間違いなく詐欺ですね」
「だよね」
やはり、客観的な意見もそうなるらしい。
「先輩、ネガティブオプションって知ってます?」
「ネガティブオプション?」
そうです、と偉そうに平らな胸を張ったサクラは、こう続けてくる。
「了承を得ることなく、勝手に物品を相手に送りつけ、その代金として法外な値段を要求してくる商法の一つです」
「そんな詐欺があるんだ……」
世の中、悪い人はいるものだ。
サクラは名探偵でも気取るように顎へ手をやると、むむむと唸ってみせる。
「今回の場合、それよりもデート商法に近いかもしれませんね。先輩、なにか買わされたりしませんでしたか?」
「いや、特にそういうのは……」
「じゃあ、きっとこれからですね」
間違いありません、と断言しながら、サクラは人差し指をぴんと立ててみせた。
「高い壺とか、掛け軸とか持ち出されたら要注意です。先輩、買っちゃダメですからね?」
「いや、買おうと思ったって買えないよ」
自慢じゃないが、日々の生活費だってカツカツなのだ。
生活費は一応、仕送りしてもらってはいるが、バイト代も含めてなんとかやっていける、という額でしかない。
もともと、僕の実家はど田舎にあるので、家から通える高校は一つもなかった。
どうせ一人暮らしをするならと、上京してこの学校へ通うことにしたのだが、正直、都会の生活費を舐めていた。
野菜や卵なんて、近所の農家から貰うのが当たり前の生活だったのに、スーパーで置かれている値段を見て、眩暈がしたものだ。
「先輩、貧乏ですからね」
「はっきり言うね……まあ、確かに裕福ではないけどさ」
否定する気もなく、僕は購買で買ったコッペパンを一口齧る。
食うに困るほど、実家は貧しいわけではない。
ただ、上京させてもらって、仕送りまでしてもらっている手前、あまり迷惑をかけたくないというだけだ。
「どうして、都会の人は、タピオカドリンクなんかに、何百円も払うのかな?」
「もちろん、それが流行りだからです」
ポニーテールを揺らしながら、サクラはわざとらしく指を振ってみせる。
「流行りに乗り遅れると、溺れて死んじゃいますからね」
「都会怖い……」
「そうです。怖いんです。だからみんな、スマホの画面に齧りついて、情報の波を必死に泳いでるんですよ」
電車でもバスでも学校でも、みんなスマホの画面ばかり見ているのは、そういうことなのか。
なかなか生きづらい世の中だ。
僕の実家は、タピオカなんて売ってる場所がそもそも何十キロ先、という世界だったので、そんな洪水とは無縁だった。
不便ではあったが、あれはあれで、幸せな生活だったのかもしれない。
「話を戻すけどさ」
脱線した路線を本線に戻すため、僕は改めてサクラに向き直った。
「そういう詐欺って、もっとお金持ってる人に対してやるんじゃないの? 仕送りとバイトでなんとかやってる僕みたいな高校生を狙ったって、仕方がないと思うんだけど」
「まあ、それは確かに」
ふむ、と鼻を鳴らした後、サクラはこんな仮説を告げてきた。
「お金が目的じゃないとすれば、運び屋とかに仕立てようとしてるとか?」
「運び屋? なにを運ぶの?」
「それはもちろん、人様に言えないようなブツですよ」
なにやら悪い顔をしながら、サクラはおかしなことを言い始める。
「親にこっそり買ったエロゲとか、若気の至りで買ってしまったアダルトグッズとか、とてもじゃないけど部屋に人を入れられないようなデザインの抱き枕とか」
「……運び屋いるかな、それ」
「いりますよー。少なくともわたしは欲しいですもん」
「まあ、サクラはねぇ」
「あ、なんですかー。先輩も一度やってみたら絶対ハマりますって。今度わたしのコレクション貸してあげますから」
サクラは『ご趣味は?』と聞かれたら『エロゲです!』と真顔で答えるような子だ。
僕が言うのもなんだが、もうちょっと女子高生として、趣味は選んだ方がいいんじゃないかと思う。
なおも勧めてくるサクラに、僕は苦笑しながら手を振った。
「いや、だから、うちパソコンないんだってば」
ネットもスマホで全部済ませてしまっているし、タブレットすら買う余裕はない。
信じられないモノを見るような目で、サクラは僕のことを見やってきた。
「先輩、一体、なんのために生きてるんですか……?」
「そこまで言われるほどなの……?」
「当たり前ですよっ!」
ばんばん、とお行儀悪く机を叩き、サクラは身を乗り出してくる。
「美少女を愛でる。これに勝る喜びがこの世界にあるでしょうか? いえ、絶対にありません!」
「二次元なんでしょ?」
「もちろんですよ!」
サクラはふっとアンニュイな表情を作って、こんなことを言い始めた。
「現実の女の子なんて、綺麗なことばっかりじゃないですからね……」
「そりゃまあ、男の子だって同じだけど」
「先輩は知らないんですよ……女の子は、女の子のコミュニティの中では、全く別の顔を持つってことを……」
それからしばらく、サクラはぶつぶつと、自分の周りの信じられない女友達の話をし始める。
流しそうめんのように次々と流れ出てくる怖い話を聞き流しながら、
「瑠衣さんも、そうなのかな……?」
僕は漠然と、そんなことを考えていた。
お隣の、とても綺麗なお姉さん。
たまに出会って、話をするだけで幸せだった。
なんというか、神々しいというと大げさかもしれないが、僕の中では、神格化すらされているほど、憧れの存在だったのだ。
そんな瑠衣さんでも、サクラの言うようなところがあるのだろうか。
ぐるぐると、思考が巡っていたところで、サクラがふと、僕の鞄に視線を流した。
「あ、先輩。スマホ鳴ってますよ?」
「え?」
慌ててスマホを取り出すと、スマホは電話の着信を知らせる微振動を繰り返していた。
僕に電話なんてしてくるのは、母親か、目の前のサクラか、バイト先くらいしかない。
しかし、表にしてみると、表示されていたのは、知らない番号だった。
――何故だろう。なんだか嫌な予感しかしない。