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[03] 日本語って難しい

 何故だか狼狽する神楽さん。

 もしかしたら、『千雪』はとても珍しいリンゴなので、食べたことがないのかもしれない。


 世の中には、『紅玉』のように、そのまま食べてもさして美味しくないリンゴもある。


 そういうのはジャムにしたり、お菓子作りに使、この『千雪』の美味しさは、絶対の自信を持って薦められる。


「大丈夫です! 絶対、後悔させませんから!」

「あ……」


 こちらの勢いに気圧されたのか、神楽さんは真っ赤な顔のまま、瞳をとろんとさせて、僕を見上げてきた。


 まるで恋する乙女のように、ふわふわとした瞳を僕に向けてくる。


 もしかしたら、神楽さんはリンゴが好きなのかもしれない。

 喜んでくれるなら、僕もリンゴも本望だ。


「自信があります! 僕、ずっと前から、大好きですから!」

「ずっと前から……だ、大好きって……」


 なにか恥ずかしくなったかのように、神楽さんは持っているリンゴで自分の口元を隠すようにする。


「あと、もし時間が経っちゃったら、お風呂に入れてもいいですし」

「お、お風呂も一緒に……!?」


 リンゴを持ったまま、神楽さんが一オクターブ高い声を出す。


 リンゴ風呂は、地元の銭湯などではよくやっていたが、あまりこちらではしないのだろうか。


 神楽さんは狼狽した様子で、リンゴを持ってもじもじし始めた。


「そ、それは、いつか、そういうことをするのかもですけど、きゅ、急にそんな……!」

「あ、もちろん、すぐじゃないですよ」


 食べられるうちは、もったいないからお風呂には入れない。


 実家でも、落ちてダメになったヤツとか、加工品にも使えないようなのを、お風呂に入れていた。


 できれば、美味しいうちに食べて欲しいし。


「で、ですよね。ビックリしちゃいました……で、でも」


 神楽さんは肩をすぼめたまま、僕を見上げると、


「そうですよね……そういうのも、その、ちょっと興味ありますし……い、いいと思います」


 恥ずかしそうに、神楽さんはこくりと頷いてきた。


 確かに、女性にお風呂の話しなんて持ち出すのは、非常識だったかもしれない。


 けど、リンゴ風呂はいい香りがするので、特に女性にはお勧めだ。実家でも、母がよくダメになったリンゴを貰ってきて、お風呂に浮かべていた。


 その時になって、僕はいつもより長話してしまったことに気づくと、


「あ、ええと、とにかく、ですね」


 届いたリンゴをいくつか紙袋に入れると、僕はそれを神楽さんに差し出した。


「も、もしよければ、なので。その、よければ、ちゅきっぁってください!」


 またしても噛んでしまう。

 『千雪』貰ってくださいって、言いたかっただけなのに。


 あんたは焦ると早口になるからダメなのよ、と実家の母にもよく言われた。

 ああ、なんて格好悪いんだろう。


 きっと、神楽さんも呆れて――


「付き合って……くださいって……生まれて、初めて言われました……」

「?」


 神楽さんは、真っ赤になった頬を包むように、両手を当てていた。


 そして、ゆっくりと深呼吸をする。


 何か大事な儀式でも始めるかのように、神楽さんは居住まいを正すと、そっと、僕が差し出した紙袋を両手で受け取った。


「はい――私なんかでよければ、喜んで」


 幸せそうな顔で、神楽さんは微笑んでくれた。


 きっと、神楽さんはリンゴが大好きなんだろう。こんなに喜んでくれるとは思いもしなかった。


 この笑顔だけで、今日のバイトも頑張れるというものだ。


 そのまま、僕はバイトがあったので、神楽さんとはそこで別れた。


 ――――というのが、昨日の顛末だ。


 どこかおかしなところはあっただろうか?


 ただ、実家からお裾分けされたリンゴを渡しただけ。そう、特別おかしなところはなかったはずだ。


 告白なんかしてないし、恋人になるような話なんて一切していない。


 ……していない、はず……だよね……?


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