[25] 真実
一瞬、空気が止まったように感じた。
僕の頭の中で、これまでバラバラだったパズルのピースが、音を立てながら組み上がっていく。
瑠衣さんと、レン先輩。
そこにサクラと僕を交えた四人の関係が、一本の線で繋がれた瞬間――
その事実が、ゆっくりと顔を持ち上げていくのを、僕は感じていた。
レン先輩も同じだったのだろう。
困惑した表情から、ふと、なにかに気づいたように双眸を見開くと、
「あれ、樫の下の名前って……そういえば……え、もしかして」
レン先輩は、サクラから得た情報と、今この状況とを素早く解釈し、その単純な連立方程式を解いてみせた。
「サクラが言ってた、言い間違いかなにかで、隣の部屋に住む女の子と付き合うことになった先輩って――もしかして、樫のことだったの?」
「え……?」
反応したのは、瑠衣さんだった。
大きく綺麗な目をぱちくりさせて、レン先輩のことを見上げている。
「言い間違いって……」
ぽつりとつぶやかれた言葉が聞こえなかったのか、レン先輩はリビングに置きっぱなしにしていた、きっかけになったダンボールの箱に意識を向けた。
レン先輩は、高校生の時から頭がよかった。
だから、その結論を導き出すのは、当然といえば当然だった。
「あの林檎の箱……そっか、樫、緊張すると滑舌悪くなるから、『千雪』と『好き』を聞き前違えたのね」
「…………」
――そうだったんじゃないか、とは思っていた。
だからこそ、僕は、なにも言えなかった。
この時間が、瑠衣さんとの空間が、なによりも心地よかったから。
いつの間にか、その居心地のよさに、僕は忘れてしまっていたんだ。
――僕と、お隣さんの関係は、本当は、なにも進展していなかったんだということを。
「聞き、間違い……」
レン先輩の話を聞いて、瑠衣さんも理解してしまったのだろう。
信じられない、といった様子で両目を見開いた後、それをぎゅっと閉じて俯いた。
僕がなにか声をかけなければと、でも、言葉が見つからずになにも声を出せないでいると、
「っ」
瑠衣さんは、椅子を蹴倒すようにして立ちあがると、そのまま外へと飛び出していってしまった。
「瑠衣!?」
レン先輩も追いかけられず、瑠衣さんの姿はあっという間に消えてしまう。
「しまった……やっちゃった……!」
自分の失言がトリガーだったことを察してしまったレン先輩は、自分を罰するように、己の額を叩いていた。
そして、すぐに僕を振り返ると、大声で叱責してきた。
「なにしてんの、樫!」
「え……?」
石像のように、ただ立ち尽くすしかできないでいた僕に、レン先輩は鋭い口調で叫んでくる。
「ぼーっとしてんじゃないわよ! 早く追いかけなさいっ!」
言葉が僕の胸に突き刺さる。
しかし、足がフローリングに貼りついてしまったかのように、僕は動けなかった。
「でも、僕は……レン先輩の言う通りで……」
僕の滑舌の悪さから始まった、偽りの関係。
もっと早くに訂正するべきだったのに、それができなかった。
僕は、ずっと瑠衣さんに甘えてしまっていたのだ。
この関係が、少しでも長く続いてほしいと。
今の心地よい時間が、ずっと続いてくれればいいと。
――たとえそれが、嘘の関係だとしても。
「でも、じゃない!」
ただ、目の前の人は、僕のその甘えを許しはしなかった。
レン先輩は僕の胸倉を掴み上げると、真っ直ぐに僕の目を見ながら、芯の通った強い口調で告げてくる。
「樫の滑舌悪くって、あの子が聞き間違えたのは、確かかもしれない。けどね」
ぐっと腕に力をこめ、僕を引き寄せながら、レン先輩はその核心を遠慮なく指摘してきた。
「それは、ウソではなかったんでしょ?」
「…………」
そう――
確かに、滑舌が悪かったことがきっかけだったかもしれない。
聞き間違いから始まった、おかしな関係だったかもしれない。
それでも、僕は、僕の気持ちには、嘘なんて一つもなかった。
「だって、それがウソだったら、あんたは今そんな顔をしていないわ。それに」
ここからが一番大事だ、とでも言うように、レン先輩は言葉に力を込めてくる。
「瑠衣だって、あんな嬉しそうで、幸せそうで、見ていられないくらい蕩けそうな顔、するはずないじゃないの!」
そして、レン先輩は僕から手を放し、ただ真っ直ぐに、その質問を投げかけてきた。
「樫。あんたが今、するべきことはなに?」
「僕は――」
正直、頭の中はまだ、ごちゃごちゃだ。
なにを言えばいいのか、なにをすればいいのか、完全に整理できているわけじゃない。
でも、それでも――
今の僕がするべきことなんて、たった一つしかない。
「戸締り、お願いしますっ!」
レン先輩にそう叫ぶと同時に、僕は外へと飛び出した。




