[22] お隣はなにをする人ぞ
雪斗さんがお部屋に戻られた、ちょうどそのタイミングで、エレベーターの方から見知った女性が歩いてきました。
「やっほ、瑠衣」
「あ、レンちゃん」
片手を上げて歩いてきたのは、レンちゃんです。
いつも通り、オシャレなジャケットと、すらりとしたAラインのスカートを上手に着こなし、かつかつとヒールの音を立てて格好よく歩いてきます。
モデルさんのような格好よさに、女子大の中でもレンちゃんのファンは多いです。
彼氏さんがいる、という話は聞いたことがありませんけれど、これだけ可愛くて格好いいレンちゃんでしたら、彼氏の一人や二人、いても全く不思議ではありません。
「いらっしゃいませ。時間丁度ですね」
「悪いわね、いきなりお邪魔しちゃって」
言って、レンちゃんは手にしていたものをこちらに差し出してきました。
「はいこれ。いつも同じで悪いんだけど、ドーナツ」
「わ、ありがとうございます。とりあえず、中へどうぞ」
立ち話もなんですので、お部屋の中に入ってもらいます。
お邪魔します、と断ってから、レンちゃんは綺麗に靴を揃えてお家に上がってきます。こう
いうしっかりしたところも、レンちゃんの凄いところです。
レンちゃんはぐるりと部屋を見回してから、感心したように言ってきます。
「いつも綺麗にしてるわね」
「そうでしょうか? 片付けとかは、苦手な方だと思っていますが」
あまり器用な方ではないので、上手に整理整頓、というのは苦手です。
それを自覚しているので、物をあまり置かないようにしています。レンちゃんにはそれがシンプルな家に見えるのか、なんだか羨ましいらしいです。
「ウチなんて酷いもんよ? 妹が散らかしまくるし、おかしなものまでリビングに持ってくるし」
「おかしなもの?」
「あー、うん。なんか、変なもの。気にしないで」
わたわたと手を振って、レンちゃんが苦笑を向けてきます。
鞄を適当に置いてから、レンちゃんはふと真顔になって向き直ってきました。
「それで、瑠衣。大丈夫だった?」
「? はい、私は大丈夫ですよ?」
小首を傾げた私に、レンちゃんはずい、と顔を寄せてきます。
「隣の男よ。変なことされなかった?」
「変なこと、ですか? どんなことでしょう?」
「ど、どんなことって……その、変なことは、変なことよ!」
レンちゃんには珍しく、曖昧なことを言いながら、私の身体をあちこち眺めてきます。
「アレでアレなことをされたとか、アレをアレしろって強要されたとか、アレにアレを入れさせろって言われたとか!」
「すみません、全然わかりません」
どうやら、レンちゃんにはなにか懸念事項があるようですが、指示語が多くてさっぱり伝わってきませんでした。
それでも眉を顰めるレンちゃんを安心させるように、私は笑いかけます。
「大丈夫ですよ、レンちゃん。なにも心配するようなことはありませんから」
「……そう思いたいけど」
一度息をついてから、レンちゃんはびし、とテーブルの上に置いていたものを指差してきます。
「これはなに?」
「? 昨日お話したゲームですが?」
それは、雪斗さんの家からお借りしてきた、ゲームです。
可愛らしい女の子が五人並んでいる、可愛らしいパッケージの箱だ。
レンちゃんは頭痛を我慢するかのように、額へと手を当てながら、続けてきます。
「これが普通のゲームならなにも言わないわよ。でも、これ、どういうゲームかわかってるの?」
「はい」
こういうものに疎いという自覚はありますが、これがどういったものなのかは、調べたのでちゃんと理解しています。
「主人公に五人の妹がおりまして、全員がお兄ちゃんのことが大好きという設定から始まります。妹たちはお兄ちゃんを手に入れるために、毎晩性的なことを迫っていく、というのが大枠のストーリーで――」
「ストーップ!」
「ちなみに、R-18に指定されているゲームで、そうは見えませんが、登場人物は全員18歳以上です」
「わかった! わかったから!」
何故か肩を上下させるほどの荒い呼吸をしながら、レンちゃんが私を止めてきます。
「そこまで理解しておいて、どうしてやろうと思うの……?」
「? 勉強のために、やっておく必要があるので」
私はこういうゲームをやったことがないので、実際に経験しないと、どういうものかもわかりません。
何事も経験が大切です。先入観だけで判断してはいけない――父はよく、私にそう言っていました。
私もその通りだと思います。まずはやってみなければ、何事も判断することはできません。
けれど、レンちゃんはそれを心配しているようで、
「落ち着いて考えなさい? こんなゲーム、女の子がやるもんじゃないわ」
「そうなのですか? でも、このゲーム、女性の方から借りたと伺っているのですが……」
雪斗さんは、確か後輩の女の子からお借りした、というようなことを言っていました。
レンちゃんは何故か、う、と言葉に詰まって、頭痛を覚えたかのように額へ手を当てました。
「……確かに、世の中には、こういうゲームを好きな女の子もいるわ。私の家にもいるし……」
「え?」
「う、ううん、なんでもない。でもね」
ぶるぶると、水を弾く犬のように首を振って、レンちゃんは続ける。
「男に言われたからやるようなものじゃないことは確かよ」
「特に、言われたわけではないのですが……」
「それでも!」
なにか、こういうゲームに恨みでもあるのでしょうか。
レンちゃんはばんばんとテーブルを叩きながら、力説してきます。
「こんなもの持ってる男、信用できないわ。瑠衣、私がガツンと言ってやるから、ちょっと待ってなさい!」




