[21] ニアミス
ぱたぱたと駆け寄ってきたのは、瑠衣さんだった。
その手には、スーパーのビニール袋が握られている。おそらく、僕と同じく買い物帰りなのだろう。
「雪斗さんもお買い物ですか?」
「あ、うん。いつも土曜日にまとめ買いしてて」
言って、軽くビニール袋を掲げてみせる。
それを見た瑠衣さんは、綺麗な柳眉をわずかに顰めると、
「あ、雪斗さん。冷凍食品ばっかりじゃ、栄養が偏っちゃいますよ?」
「あはは……」
め、と叱られてしまうと、苦笑して誤魔化すしかない。
料理ができない僕としては、冷凍食品か、お惣菜か、インスタント食品か、おおよそその三種類に選択肢が限定される。
果物は丸かじりすればいいので買うこともあるが、価格が高いので、よほどの特売がない限り手は出なかった。
瑠衣さんは少しだけ考え込むように天井を見上げて、僕に言ってくる。
「よろしければ、お昼、ご一緒しませんか?」
「お昼も……? いやいや、昨日も作ってもらっちゃったし、それは悪いよ」
なんだか、だんだんと自分がヒモになったように思えてくる。
しかし、瑠衣さんは特に気にした様子もなく、小首を傾げると、
「特に負担ではありませんよ? それに、今日はお友達も来るので、たくさん作る予定ですし」
「お友達……?」
「はい。大学のお友達です」
そういえば、昨日も友達がどうのと言っていた。
同じ友達なのだろうか。なんとなくだが、瑠衣さんは友達が多いイメージを僕は抱いていた。
しかし、いきなり瑠衣さんの友達の輪に飛び込む勇気は、僕にはない。
「さすがに、そこへ参加するのは悪いから。お互い、気を使っちゃうだろうし」
「そうですか? じゃあ、後で作ったものだけお持ちしますね」
にっこりと嬉しそうに微笑む瑠衣さんを前に、いらないと言うことなんて僕にはできなかった。
そして、瑠衣さんは少しだけ声のトーンを落として、こう続けてくる。
「それに、その、ゲームもお返ししないといけませんし」
「あ、ああ……しょうだね……」
あえて触れないようにしていた話題をいきなりぶつけられ、思わず噛む。
僕は一度唾を呑み込んでから、おずおずと尋ねてみた。
「や、やったの……?」
「いえ、それが」
瑠衣さんは、持っているノートパソコンにDVDを読み込むドライブがないことを残念そうに話してくれる。
「ダウンロード版、というのも探してみたのですが、クレジットカードがないと買えないそうで。残念ながら、諦めました」
「そ、そうなんだ」
安堵したような、ちょっとだけ残念なような、複雑な気持ちが胸中を支配する。
とはいえ、あのゲームはサクラに返す必要があるので、返してもらわないといけないことには違いなかった。
とりあえず、おかしなことにはならなかったことに安堵していたところで、瑠衣さんはさらりとこんな爆弾発言をしてくる。
「ですが、体験版というものがあることを知りまして」
「…………」
「それはディスクも不要で、クレジットカードもいらず、ダウンロードすればすぐにできるようになるみたいでした」
笑顔で、さらりと恐ろしいことを言ってくる。
好奇心とは、かくも怖いものなのか。無知というものは、時として、なによりも恐ろしい現実を導いてしまうのかもしれない。
「なので、ダウンロードしてやってみようかと」
「あーいやそれは……」
「というより、もうダウンロードもインストールも終わっています」
「…………」
打つ手がない。
楽しみです、と笑う瑠衣さんに、僕はただただ自分の無力さを痛感しながら、引きつった笑顔を浮かべることしかできなかった。
「では、後でお料理、お持ちしますね?」
「あー、うん。無理しなくて大丈夫だから……」
「はい、頑張りますっ」
噛み合っているような、いないような言葉を交わし、僕は自分の部屋に戻る。
ドアを閉めたところで、誰かが瑠衣さんに話しかけるような声が聞こえてきた。
きっと、大学の友達だろう。なんとなく会話を聞くのも憚られ、僕は冷凍食品を冷凍庫へ入れるため、キッチンに向かうことにした。




