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[15] とある姉妹の夕食後

 あたしは、リビングのソファーに寝っ転がりながら、うーんと唸っていた。


「やっぱ、先輩の鞄に仕込むの、こっちのエロゲだったかなー」


 雪斗先輩の鞄に、こっそりエロゲを仕込んでおいたのが、今日のお昼。


 先輩が、電話で誰かと話をしている間のことだ。


 あののんびり屋の先輩のことだ。きっと、家に帰って食事を終えた、今ぐらいのタイミングになってようやく気づいたことだろう。


 けど、果たして、あれは適切なチョイスだったのだろうか?


 あたしはリビングテーブルの上に並べた、他のパッケージを前に首を捻っていた。


「どうも先輩は、年上に弱いっぽいから。こっちの『姉ちゃんと朝までイケない授業2』か『お隣の姉さんに毎晩襲われて困る』のどっちかにするべきだったかなー」


 どっちも名作だ。


 なんでも、先輩は隣の女子大生らしき人と、勘違いで付き合うことになったらしい。


 そんなもの詐欺に決まっていると思うけど、あの顔はきっと、まんざらでもないと思っている顔だ。


 きっと、あの先輩は、年上の女性に振り回される人生を送ることだろう。


 なんてことをうんうん唸って考えていたところで、リビングに背の高い人物が入ってくる。


「ちょっとサクラ! あんた、そんなエッチなゲーム、リビングにまで持ってきてるんじゃないわよ!」

「えー、別にいいじゃんかー」


 入ってきた人物――姉のレンは、近くの大学に通う、女子大生だ。


 ちょっぴり潔癖症なところがあって、あたしがこういうゲームとかマンガとか好きなのを汚らわしいと思っている。


 一度、部屋にあるコレクションを纏めて燃やされそうになった時は大変だった。


 エロゲの楽しさがわからないなんて、人生の半分以上を損していると思うんだけどなー。


「ねえ、お姉ちゃんはどっちがいいと思う? この『姉ちゃんと朝までイケない授業2』か『お隣の姉さんに毎晩襲われて困る』と」

「知らないわよ! ちょ、ちょっと、そのエッチなパッケージこっちに向けないでよ!」

「あ、でもいきなり2からは邪道だよね。やっぱり1を持ってこよっと」

「人の話を聞きなさいよ!?」


 きーきーと、錆びた蝶番のように叫ぶ姉だったが、ふと、あたしの手元に視線を向けた。


「……ちょっと待って。隣の姉さん……?」

「あ、こっちの方が興味ある? これはね、隣の淫乱なお姉さんが、毎晩ベランダから隣の男の子の部屋に忍び込んで、イケナイことをするっていうお話で――」

「そうじゃなくて!」

「でねでね、男の子の方もイケナイとわかってて、でも綺麗なお姉さんの誘いを断れずに、どんどん堕落した方に落ちていくところがたまらないんだよ!」

「だから聞きなさいっての!」


 熱弁していたところ、容赦なくチョップされる。


 ドメスティックバイオレンスを受けて涙目になりながら、あたしはぶたれたおでこを押さえた。


「痛い……家庭内暴力はんたーい」

「あんたが暴走するからでしょうが」


 この堅物の姉にも、エロゲの素晴らしさを伝えたかっただけなのに。


 けど、姉はあたしのエロゲに興味があったわけではないらしく、


「……実は、私の友達が、隣の部屋の男の子に告白されたらしいのよ」

「ほー? そりゃ羨ましい」


 あたしだって、告白されたことは、まあ、何度かあるけど、今のところリアルで付き合うつもりなんてない。


 とはいえ、それはあたしがおかしいからであって、普通の人は、男の人から告白されたら嬉しいものだろう(もちろん、相手によるだろうが)。


 しかし、姉は険しい表情を崩さないままで、こう言ってくる。


「それがね、年下の高校生で、それまで廊下でちょっと喋る程度の間柄だったらしいのよ」

「えー、なにそれ? ストーカーってやつ?」


 そうなると、確かにちょっと怖いかも。


 召喚魔法お巡りさんの出番かと思ったが、どうやらそうではないらしく。


「しかも、本当に付き合うことにしたらしくって。あの子、騙されてるんじゃないかって思うんだけど」

「……ん? 付き合う?」


 最近どこかで聞いた単語だ。


 あたしはソフトの箱を置くと、ソファーの背中に乗り出すようにしてお姉ちゃんに向き直った。


「なんかね、あたしの近くでも似たような話があってさ」


 昼間に聞いた、雪斗先輩の話をする。


 なんとも不思議な話だったが、お姉ちゃんの話を聞く限り、そういうことってよくあるのかもしれない。


 話を聞き終えたお姉ちゃんは、綺麗に整った眉を顰めると、


「なにそれ? 告白してないのに付き合うことになったの?」

「そーなの」


 なにがどうなったら、そういうことになるのか、あたしには理解不能だ。


 そして、それはお姉ちゃんも同じだったようで、辿り着いた結論はあたしと同じだった。


「それ、詐欺じゃない?」

「だよねー? そう思うよねー?」


 話を聞くに、凄く綺麗な人らしい。


 そんな人といきなり付き合うことになるなんて、詐欺かドッキリくらいしかあり得ないだろう。


「そういうの、流行ってるのかしら」

「かなー。悪い人っているもんだねー」


 この世界、どうなっちゃってるんだろうか。


 雪斗先輩とはただの部活仲間だが、騙されちゃうとなると、さすがに気になってしまう。


 むーん、と再び考え込むあたしの前で、お姉ちゃんは並べていたエロゲのパッケージを拾い上げた。


「しっかし、このゲームのパッケージ……瑠衣が見たら、卒倒するんじゃないかしら?」

「ああ、お姉ちゃんの大学のお友達だっけ」


 お姉ちゃんが大学に入ってから、よく名前が出てくるから、覚えている。


 そ、と頷いたお姉ちゃんは、その特徴を口にしてきた。


「すっごい綺麗な子なんだけど、男の人と接点がなかったみたいで、本当に免疫ないのよ。コロっと騙されないか、心配で」

「天然記念物だね」

「そうなのよ。ま、あの子がこんなエッチなゲームに触れるなんて、あり得ないか」


 言って、ぽいと興味なさそうに、お姉ちゃんはゲームを放る。


「あー、ちょっとー! 雑に扱わないでよー!」

「えー? いいじゃない。こんなにいっぱいあるんだから」

「どれも違うの! 一つ一つがオンリーワンなの!」

「そもそも、ソフトなんてダウンロードで買えばいいじゃない」

「わかってないなー。パッケージで買わないと、初回特典貰えないんだから!」


 そんな話をしながら、あたしの家では平和に夜が過ぎていく。


 ――まさか、あたしの仕掛けたエロゲが、雪斗先輩の家で大参事を引き起こしているなんて、もちろん、知る由もなく。


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