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[14] 押しかけなんとか

 僕が住んでいる部屋は、1LDKである。


 一人暮らしをするには十分過ぎるほどの広さだし、生活をする上で特に困ったことはない。


 上京する際、この部屋を選んだのは、学校の近くで空いていた物件が、ここしかなかったことに起因している。


 入学式の直前までのんびりしていたせいで、部屋探しが遅くなってしまったのだ。


 とはいえ、今となってはここでよかったと思っている。


 何故なら――


 ピンポーン、と、僕の思考を遮って、部屋のチャイムが鳴り響く。


「あ、ひゃい!」


 思わず噛んでしまう。


 転がるようにして玄関に駆け寄ると、ドアを開ける。


 その向こう側では、にっこりとした笑顔の瑠衣さんが立っていた。


「お待たせしました、雪斗さん」


 微笑む瑠衣さんは、可愛らしいネコのエプロンをつけている。


 その手には、大きなお盆と、ラップされたいくつかのお皿が置かれていた。


 時間は夜の七時半。

 デートの後、瑠衣さんは『夕食を作るので、一緒に食べましょう!』と言って、自分の部屋に戻っていった。


 それから、そわそわと一時間ほど待っていたのだが、


「……本当に作ってきてくれたの?」

「はい。雪斗さんのお家には、食材や包丁などがなかったもので」


 自慢ではないが、僕は料理ができない。


 田舎から出てくる前、一人暮らしに備えて母親に教えてもらっていたのだが、母の出した結論は『指を切り落とさないためにも、お前は台所に立つな』だった。


 どうやら、僕のあまりの不器用さに、悲しい未来しか予測できなかったらしい。そして僕は、お湯の沸かし方と、食品添加物の知識を身につけることだけを徹底的に叩き込まれた。


 その教えを忠実に守り、僕の部屋に調理道具はない。


 あるのは電気ケトルと、小さな鍋、炊飯器、それからトースターくらいのものだ。


 送られてきたリンゴだって、丸かじりしている。

 それで不便を感じたことなど一度もなかったのだが、


「そんな食生活ではいけませんっ」


 と窘められてしまっては、なにも反論することはできない。


 というわけで、食事を作ってもらうことになってしまった。


 家からいろいろと持ってきた瑠衣さんは、てきぱきと小さな机の上に料理を並べてくれている。


「すみません、余り物で作ったので、大したものはないんですが……」

「え、いや、十分凄いよ」


 卓上に並べられたのは、ソースのかかったカツレツと、キャベツの千切り、お漬物、ポテトサラダだ。


 そこに、あらかじめ指示されて炊いておいたご飯を用意する。


 あっという間に、温かい食卓が完成した。この家で、こんな手の凝った料理が並ぶのは、初めてのことかもしれない。


「というか、ここまでしてくれなくてもよかったのに……」

「どのみち、自分の分は作るわけですから。それに、よく言いますが、一人分も二人分も、そんなに変わりません」


 言い切った瑠衣さんは、慣れた様子でエプロンを外し、椅子の背もたれに引っかけた。


「さ、食べましょう」

「う、うん」


 促されながら、僕は椅子についた。


 対面に座った瑠衣さんと一緒に手を合わせると、


『いただきます』


 なんだか押し切られるようにして、食事が開始される。


 食事はどれも美味しかった。

 誰かの作った家庭料理なんて、久しぶりだったので、ついつい箸が進んでしまう。


 そんな僕の様子を見ながら、瑠衣さんはにこにこ微笑んでいた。


 一方の僕は、あれこれ食べながらも、心の中は複雑だった。


「……おかしいな。誤解を解くはずだったのに、どうしてこうなったんだろう……?」


 朝から今まで、そのチャンスはいくらでもあったはずなのに、結局、こうして一緒にご飯を食べている。


 ひとえに、僕に意気地がないせいだ。


 結局のところ、瑠衣さんと一緒にいられるこの時間を、失うのが怖いのだ。


 食事の途中で、むーん、と考え込んでしまった僕を見て、瑠衣さんは不安そうに眉を八の字にすると、


「……もしかして、美味しくなかったでしょうか……?」

「い、いや、そんなことないでしゅ!」


 僕は噛み噛みでそう答える。


 それはもちろん、本心からの言葉で。


「……誰かと一緒に家で夕食を食べるなんて、実家を出て以来だったから。なんだか、不思議な感じがしちゃって」

「そうなのですか?」


 不思議そうに小首を傾げる瑠衣さんに、僕は小さく頷いた。


「もう慣れたつもりだったけど。でも、誰かと一緒だと、やっぱり、嬉しいね」

「はい、それは、私も同じです」


 一人暮らしあるあるなのだろう。


 一ヶ月もすれば、一人での食事なんて慣れてしまうが、それでも、こうやって誰かと食卓を囲むのは、温かいものだ。


 こうして、それほど会話があったわけではないが、穏やかな空気のまま、僕たちは食事を終えた。


『ごちそうさまでした』


 手を合わせて、同じタイミングで食事を終える。


 僕はあらかじめ内心で決めた通り、手早く自分の食器を手に取り立ち上がった。


「あ、洗い物は僕がするから」

「いえ、大丈夫ですよ?」

「いいからいいから。そこまでやってもらったら、さすがに申し訳なさ過ぎるし」


 食事を作ってもらった上、洗い物までさせるわけにはいかない。


 そんな僕の内心をくみ取ってくれたのか、


「ではすみません。お願いします」


 それ以上強く出ることはなく、瑠衣さんは僕に食器を譲ってくれた。


 僕が食器を運びやすいよう、瑠衣さんが壁際に移動しようとしたところで、適当に置いてあった僕の学校鞄を軽く蹴飛ばしてしまう。


「あ、すみません、雪斗さんの鞄が……」


 中身が滑るように出てしまい、瑠衣さんは慌ててそれを拾おうとした。


「ああ、大丈夫だよ。大したもの入ってないし」

「そうなのですか? でも、なにか大きな箱のようなものが……」

「箱?」


 視線をそちらに向けると、確かに、教科書に混じって、箱のようなものが転がっている。


 瑠衣さんは、スカートを折り畳みながらしゃがむと、そっとそれを手に取った。


「これはなんでしょう……?」


 瑠衣さんが手に持っているのは、見覚えのない長方形の箱だ。


 可愛い女の子のイラストが描かれているが、鞄の中どころか、この家にそんなものはないはずだ。


「アニメの映画でしょうか? ええと『5人の妹がお兄ちゃんを好き過ぎてヤバい』……?」

「……は?」


 そこで、ふと思い出したのは、学校からの帰り道、サクラが言い残していた言葉。


「それ、まさか――――」


 僕の背中に、ぶわりと、冷や汗が吹き上がる。


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