[11] ファッションショーは突然に
そのお店は、駅前のショッピングモールから少し外れた、裏路地にある。
それほど人通りは多くないが、暗いわけでも道が極端に狭いわけでもない、静かな通り。
そこにある、古びた雑居ビルの二階。
瑠衣さんを連れて入ったのは、そこにあるお店だった。
狭い店内には、ずらりと布地や服が並んでいる。ただ、ショッピングモールのアパレルショップとは違い、『普通』の洋服はないお店だった。
「ここは……お洋服屋さんですか……?」
「そうなんだけど、そうじゃないと言うか……」
「あ、ナース服があります。こちらはチャイナドレスでしょうか? 見たことのない、不思議なお洋服もたくさんありますね」
興味深そうに、店内を見回す瑠衣さんを見て、もしかしたら選択を誤ったかも、と自省し始めた時、
「あららー? 雪斗くんじゃなーい」
奥から、間延びしたような女性の声が聞こえてきた。
見ると、妙齢の女性が、店の奥から出てきたところだった。
「どうしたのー? 今日、シフト入ってなかったわよねー?」
「すみません、店長。実は――」
現れた店長に、僕は手早く説明を済ませる。
店長は瑠衣さんのワンピースについた染みを見ると、すぐさまその手を優しく取った。
「そういうことー。もちろん、オッケーよー。ほらほら、染み抜きしてあげるから、こっち来てー」
「え? あ、はい」
半ば強引に、瑠衣さんは試着室へと押し込められる。
そこでワンピースを剥ぎ取り、適当な洋服を代わりに突っ込んでから、店長が意味深な笑みを寄越してきた。
「雪斗くんも隅に置けないわねー。あんな可愛い彼女さんがいるなんてー」
「いや、彼女というか、なんというか……」
はっきりと説明できず言い淀んでいた僕のことなどお構いなしに、
「染み抜きしてくるから、店番お願いねー」
店長はそう言って、さっさと奥へと引っ込んでしまった。
僕は内心で嘆息を一つしてから、いつもの棚からエプロンを取り出すと、手早く装着する。
幸い、今は誰も店内に客がいなかった。これなら、一人でも問題ないだろう。
そう思っていたところで、試着室からおずおずとした声がかけられる。
「あ、あの、雪斗さん」
「どうかした? サイズとか、合わなかったとか?」
「いえ、そうではないのですが……」
瑠衣さんは、どこか興味津々といった様子で、こんなことを問いかけてきた。
「ここはもしかして、雪斗さんのアルバイト先なのですか?」
「ああ、うん。そうなんだ」
そう。
高校に入学することになり、一人暮らしを始めた頃、アルバイトをしようと思い立って、駅前の募集をいろいろ探していた。
ショッピングモールにある煌びやかなお店や、ファーストフードのような忙しないお店も見て回ったのだが、田舎者である僕に務まるとは到底思えなかった。
そんな時、たまたま通りかかった雑居ビルに、アルバイトの募集の張り紙を見つけたのがきっかけだった。
高校生でもOK、時給はそこそこ、シフト時間も週三から応相談、という、僕としてはありがたい条件だったのだが――
そこがまさか、ただの洋服屋ではないことを、働き始めるまで僕は知らなかった。
「……まさか、コスプレショップだなんて、知らなかったんだよ……」
「? どうかされました?」
「う、ううん、なんでもない」
さすがに、そんなこと言えない。
いや、言わなくても気づいているだろうが、余計なことをあえて言う必要はないだろう。
「凄いです、雪斗さん。アルバイトされてるなんて」
「そうかな。今時、高校生でも珍しくもないでしょ?」
「そんなことありません」
しゅるしゅる、と、布の擦れる音が試着室からして、ドキドキしてしまう。
そんな僕の心を知ってか知らずか、瑠衣さんは真面目な声で続けてきた。
「私、アルバイトってしたことがなくて……凄いな、とか、羨ましいな、とか、思っちゃいます」
「アルバイトとか、したいって思うの?」
「はい」
肯定してきた瑠衣さんは、少しだけ声のトーンを落として、こう告げてきた。
「ですが、親からは禁止されていて……でもでも、そんなこと気にしないで、やればいいんですよね、きっと」
なにやら一人で決意していた瑠衣は、
「着替え、終わりました」
そう言って、迷うことなく、試着室のカーテンを開け放った。
そこから出てきたのは、全く想像もしていなかった格好の瑠衣さんで――




