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[10] ここは天国ですか?

 猫派か犬派かと言われると、僕はどちらかと言えば犬派である。


 実家の近所で、犬を飼っていた親戚がいたことが大きいだろう。


 ペローという名の雑種犬だったが、人懐っこい子で、僕が遊びに行くといつも全力で尻尾を振って迎えてくれた。


 なので、犬の扱いにはそれなりに慣れているつもりだが、猫となると、正直あまり接した経験がない。


 だから、僕はこのお店の存在は知っていたものの、まさか自分が入ることになるとは思ってもいなかった。


「わぁ……猫ちゃんがいっぱいです……!」


 瑠衣さんが、目を輝かせて歓喜の声を上げる。


 そこには、まだ生後一歳前後の猫たちが、思い思いの時間を過ごしていた。


「猫カフェ……猫、好きなの?」

「はい、大好きですっ!」


 既に足元の子猫に夢中な瑠衣さんは、もふもふの猫から視線を外さぬまま、こう答えてくる。


「私の実家で、猫を飼っていたんです。今は、帰省した時にしか会えないんですけど、時々、どうしても猫ちゃん欲が高くなってしまって……」

「それで猫カフェに」

「はい……変でしょうか……?」


 気にした様子で、瑠衣さんがおずおずと上目遣いを寄越してくる。


 そんな仕草が、どこか猫っぽく見えるのは、猫カフェにいるからだろうか?


「いや、変なんて思わないよ。僕も、実家の近くにいた犬のこと、時々思い出すし」

「そうなのですか?」


 小首を傾げる瑠衣さんに、僕は足元に寄ってきた白猫の顎の下を撫でながら頷く。


「ペローっていう名前の雑種犬でね。子犬の頃から、ぺろぺろ舐めてくるからペローって名前で、よく学校帰りとかに遊んだんだよね」

「そうだったんですね」


 瑠衣さんと同じく、僕も帰省した時くらいしか、ペローに会ってない。

 

 だからか、時折ふと、動物と触れ合いたくなる、という気持ちはよく理解できた。


「よかったです。雪斗さんが、動物好きで」

「嫌いに見えた?」

「いいえ。雪斗さんらしいと思いました」


 にこにこと、瑠衣さんは嬉しそうに微笑んでくる。


 そういう瑠衣さんこそ、本当に動物が好きなように思えた。


 気ままな猫たちを視線で追いかけては、楽しそうに話しかけている。


 そんな楽しそうな姿を見ていると、なんだか胸が痛んできた。


「……ちゃんと、話をしないと……」


 何故だか、僕が告白したものだと瑠衣さんは思っている。


 でも、そんなことをした記憶はないので、きっと、瑠衣さんはなにかを誤解しているのだろう。


 その誤解を解かなければ。それが、どんな結果になろうとも、僕は受け入れないといけない。


 けど、なかなか話を切り出すタイミングを掴めないまま、しばらく猫と触れ合う時間が続いた。


「雪斗さん雪斗さん、なにか飲み物でも飲みませんか?」

「あ、うん、そうだね」


 ひとしきり猫と遊んだ瑠衣さんと一緒に、僕たちはお店のドリンクバーの機械に向かう。


 入場料にはドリンクバーの代金も含まれており、用意されているテーブルでお茶することができるようになっている。


 もちろん、猫たちにあげるのは厳禁だが、追加料金を払うと、猫の餌を貰うこともできる仕組みになっていた。


 ドリンクバーで、迷いなくアイスミルクティーを選んでいる瑠衣の手元を覗き込むと、


「甘いの、好きなの?」

「はい、昔から、甘い物には目がなくて……もしかして、子供っぽいでしょうか……?」

「いや、そんなことないと思うよ。僕も甘い物好きだし」


 言って、僕はコーラを選ぶ。


 それを見ていた瑠衣さんは、くすりと笑みをこぼした。


「やっぱり、雪斗さんは優しいです」

「え? な、なんで?」


 二人で窓際のテーブルにつきながら、瑠衣さんは楽しそうな笑顔を向けてくる。


「私のために、甘いのを選んでくれたんですよね?」

「いや、そんなことは……コーラ、好きだし」


 実は内心どきりとしながら、僕はそう返す。


 もちろん、嘘ではないのだが、本当はウーロン茶にでもしようと思っていた。


 そんな僕の心が読めるのか、瑠衣さんは全てを見通したような目を僕に向けてくる。


「雪斗さんとお会いする時、たまにペットボトルを持っていましたけど、大体が甘くない炭酸とかでしたから。もしかしたら、甘くない飲み物の方がお好きなのかなって」

「……よく覚えてるね」


 確かに、よく買うのは無糖の炭酸水のペットボトルだ。


 しかし、まさかそれを瑠衣さんが覚えているとは思いもしなかった。


「もちろんです。その、今だから白状しますけれど、私、雪斗さんとお部屋の前でお会いするの、ちょっと楽しみにしていたんです」


 両手で包み込むようにカップを持ちながら、瑠衣さんはふんわりとした笑みを向けてくる。


「次はどんなことをお話ししようかな、とか、この間のお話は楽しかったな、とか。家に帰る時、ちょっとドキドキしながら、お部屋まで歩いていました」


 ちょっと驚いてしまったのは、僕と全く一緒だったからだ。


 どんなことを話そう、とか、着るものこれでいいのかな、とか、そんなことをいつも考えていた。


「不思議と、お会いすることが多かったですし。偶然って凄いですよね」

「そ、そうだね」


 偶然ではなく、その時間を狙っていたことなんて、さすがに格好悪くて言えない。


「それが今では、こうして一緒にデートするようになっているんですから、不思議ですよね」


 言って、幸せそうにえへへと口元を緩ませる。


 その幸せそうな笑みを見て、ちくりと胸が痛んだ。

 今の関係は、なんだか歪で、つり橋の上に立っているようなものだ。

 ちょっとしたことで、がらがらと崩れ落ちてしまう。


 だからこそ、ちゃんと話をしなければいけない。


「あの、瑠衣さん。そのことなんだけど――」


 僕が居住まいを正し、そう切り出したところで、


「なー」


 一匹の子猫がテーブルに飛び乗ってくると、ちょうど瑠衣さんが机に置いたカップを、尻尾で一閃した。


「きゃっ!?」


 カップが転がり、中身が瑠衣さんのワンピースにかかってしまう。


 子猫はなにごともなかったかのように行ってしまったが、残された僕は、慌てて瑠衣さんのカップを元に戻した。


「大丈夫!?」

「あ、はい。冷たいのでしたし、そんなに残ってなかったので、大丈夫ですよ」


 とはいうものの、被害ゼロとはいかなかったようで、


「でも、ちょっとかかってしまいました……」


 白いワンピースには、飲み物の色がうつってしまっている。


「そのままじゃ、染みになるよね……あ、それじゃ――」


 僕は、あることを思いたち、瑠衣さんを連れてすぐ近くにある、とあるお店へ向かうことにした。


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