[01] 勘違いは突然に
それは、朝の六時半のことだった。
夢の世界で微睡んでいた僕は、強烈な光と、爽やかな声で現実世界へと引っ張り出される。
「おはようございまーす。朝ですよー?」
「え……?」
部屋のカーテンが開け放たれ、強烈な朝日が寝起きの僕に降り注ぐ。
眩しさに目を細めたその先、日差しを召喚した本人が、にこにことした笑みで告げてきた。
「今日はとってもいい天気ですよ。お洗濯するなら、私やっちゃいますから、出しておいてくださいね?」
当たり前のように言い放ったのは、知らない女性だった。
いや、正確には知っているのだが、ここにいるはずのない人だった。
「え、え? ……え?」
困惑する僕に、その人はただただ、優しく微笑みかけてくる。
可愛らしいワンピースに身を包んだ、綺麗なストレートヘアーの女性。
朝の男の子には刺激が強過ぎるほど、服の上からでもスタイルのよさが見て取れる。
このとてつもない美人さん、賃貸マンションのお隣さんで――
名前を、神楽さんと言うこと以外、なにも知らない。
「な、なな、なにしてるんですか、神楽さん!?」
「なにって……起こしに来たんですよ?」
慌てて飛び起きた僕をきょとんとした表情で見やり、神楽さんは小首を傾げる。
そして、少しだけ頬を赤らめると、こんなことを言ってきた。
「恋人同士だったら、朝起こすなんて、普通じゃないですか」
「こ、恋人……?」
「はいっ」
見ているこちらが恥ずかしくなるくらい、神楽さんは嬉しそうに小躍りしてみせた。
――けど、待って欲しい。
自慢じゃないが、僕は彼女なんていたことがない。
冴えない外見、微妙な運動神経、極小の友達。
成績だけは上位をキープしているが、高校生活を無駄遣いしている、と言われても仕方がないくらい、華やかなものはなにもない。
おまけに、滑舌が悪く、人と喋るのが苦手という、コミュ力がものを言う時代で致命的な欠点も持っている。
そんな僕に――恋人?
しかも、こんな美人が?
疑問しか湧いてこない中、神楽さんは恥ずかしそうに口元へ手を当てて、こう続けてきた。
「昨日、雪斗さんに告白していただいて、とっても嬉しくて。昨日、ほとんど寝付けなくて、こんな時間に来ちゃいました」
「こ、告白……?」
僕の問いかけに対し、嬉しそうに頷く神楽さん。
蕩けそうな笑顔を見ると、演技でもなんでもなく、本当に幸せそうに見える。
そして、当然だが――告白なんて、僕はした覚えがない。
というより、神楽さんとまともに言葉を交わしたことなんて、ほとんどないのだ。
いや、確かに、昨日はちょっとだけ、いつもより長く話をしたけれど――
「昨日は、確か、実家から送られてきたリンゴを神楽さんに渡して……」
「はいっ」
とっても甘くて美味しかったです、と神楽さんは言う。
そう、処分に困ったリンゴをお裾分けしたのだ。
ただ、それだけだった、はずなのに――
「それと一緒に、告白していただいて……私、すっごく嬉しかったんです!」
「…………」
その後半部分に、全く記憶がない。
なにか、おかしなことになっている。
僕は、昨日の出来事を、よく思い出してみることにした。
あれは、宅配便で、実家から大量のリンゴが送られてきたところから始まっていて――