ナトリ
ホラーは始めてです
「いてー!! 死ぬ死ぬ!! マジで死ぬ!! 嫌だ!! 死にたくねー!! いてーーーー!! 誰かーーーー!!!」
享年24歳。川崎拓也は死んだ。
「君はバカか?」
いや、オレは死ななかった……
オレは今ベットに横になりながら大分年老いたお医者様にあきれられていた。オレはその日突如激痛に襲われ緊急搬送されたのだがあまりの腹痛にオレは死ぬにだと悟ったのだが、何の事はない。単なる盲腸だったのだ
ただ盲腸とは言え処置が遅かったりすれば死ぬ訳だから決して間違いではない……間違いではないのだがオレが病院に運び込まれたときあまりの激痛に泣き叫んだものだからオレは入院初日にして病院中にオレの名が知れ渡った…
うん。ある意味死にたい…もう恥ずかしくてしょうがない……
のどが乾き飲み物がほしくなり、ふらっと出歩くとクスクスっと笑い声が聞こえてきそうで泣きたくなってきた…
しかし、盲腸での入院期間はそれほど長くないとオレはなんとなく聞いたことがあり、それまでの辛抱だと自分に言い聞かせて、今はただ我慢だと、自分を慰めていたのだった
入院初日の夜……
オレは飲み物を買いに自販機に向かっていた…昼間は笑い声に負けて買いに行けずのどの乾きを我慢したのだが、とうとう我慢出来なくなり、夜なら誰もいないだろうと買いに行ったのだ
さすがに病院なので他の患者さんもいるので誰もいないわけないし、看護士さんもいるので誰にも気づかれないわけがないのだが、夜なのでさすがに相手も、《盲腸で死ぬと叫んだかわいそうな人》と笑ったりしてこなかった
他の患者さんもいるのでお静かに、と言うわけだ
無事自販機までたどり着いて目的の物を手に入れたのだが…
「あの~」
オレは不意に声をかけられた
自販機の取り出し口からペットボトルを取り出しながら振り向くとそこには一人の少女がいたのだった。おそらく高校生ぐらいの少女はとても可愛らしく、少しブカブカのパジャマ姿だったが、とてつもなく美しい髪にオレは言葉を失った
オレの驚きに少女は気にすることなく目線をそらし、なにかを確認するように考え込むと
「もしかして……きょうくん?」
あたかも少女はオレの事を知っているような感じで訪ねてきたのだが明らかに人違いだった……きょうくんって誰だよ!?
「違います。人違いです」
オレの反応はしごく当然で間違っていない。オレの名前は川崎拓也で、そもそもその少女など見たことない。それどころかその美しい髪を街中で見かけたら決して忘れないハズだが、それすら覚えがないのだ
なので確実に人違いのハズだった
しかし少女は機嫌が悪くなり、すねるようにほほを膨らませるとオレを可愛らしくにらんできた
「ねぇ、きょうくん。それってヒドクない?」
ひどくない。だって知らないものは知らないし、どうしようもないのだが、オレが否定したことにより少女はオレがきょうくんと確定してしまったようだ
「もういい! 知らない!」
オレがもしかしたらどこかでその少女と会っていたかも知れないと考え込んでいたら、少女はどうやらオレがわざととぼけているのだと思ったのか今度は明らかな怒りの表情を浮かべるとそのまま立ち去ってしまったのだ
マジで……だれ?
「あぁ、あの子は三島楓だよ」
昨晩のことを検診に来ていた看護士さんに話すとその少女の名前を教えてくれた
「あの子は長いこと入院生活でね。さらに言えば記憶障害も患っていて時折似ている人を見つけるときょうくんと思ってしまうようだね」
なるほど、現状は理解したが、病気のせいとは言え勘違いで腹を立てられても困る…だがおそらく一時的なものだとオレは思い、もう2度と声をかけられないと思い一安心したのだが……
「申し訳ないけど、次、声をかけられたら合わせて頂けませんか?」
何ですとーーーーー!!!!
看護士さんの比較的真面目な声と表情にオレは驚いた。少女の、楓の勘違いに合わせろなんて、なんとムチャブリを頼んでくるんだ、この看護士は! とオレは思い即座に拒否しようとしたのだが
「変なことを頼んでいるのはわかってはいるんですけど、あの子の状態を知っている者としてなんとかしてやりたくてね」
看護士さんの態度から楓はもしかして重い病にかかっているのではないかと思えてきた。実際入院生活が長いと言っていたのであながち間違いではないと思えてきた
しかし、いくらなんでもムチャにもほどがあると言いたくなった。そもそも話を合わせろとか…せめてその、きょうくんなる人物について教えてほしいものだと看護士さんに皮肉混じりに、きょうくんについて訪ねてみると看護士さんはあっさり答えた
「河本恭平くん。三島さんとは幼馴染だったのよ。そして2年前に亡くなっているわ」
えっ!? 亡くなって…マジですか!?
「そしてどうやら三島さんはきょうくんの事が好きだったみたいなのよ」
無理!! 無理無理!! そんな大役オレには無理だと叫んで拒絶したのだが看護士さんはそれはつらそうな表情で大丈夫だと訳を話してくれた
「三島さんの勘違いだけど今回が初めてではないのよ。前にも何回かあるのよ」
だからって無理なものは無理。そもそも今まで彼女がいなかったオレにとってそんな恋人の代役みたいなこと出来るハズもなかったのだが…
「大丈夫よ。ある程度話を合わせれば彼女は勝手に解釈して、彼女なりに話が噛み合うから」
それなら……無理ですよ。そもそも年齢が違い―――
「あぁ、ちなみに前は50近い人が相手してもらったからその辺も大丈夫よ」
それは記憶障害と言うか……目の病では???
そのあとも色々言ってみたものの最後には三島楓の置かれた状況を盾に結局引き受ける事になってしまったのだ。そして三島楓の状態だが…守秘義務があるから教えられない、と言われてしまったのだった
さて、どうしたものか……
「きょうくん♪」
昨晩と同じく今晩も自販機の前で三島楓に声をかけれた……
看護士さんとの話が終わってからオレは三島楓会わないように病室にこもってやり過ごそうとしたのだった。そして夜も遅くなり深夜、オレはまたしても飲み物を買いに行ったのだがそこで出会ってしまった…
「ねぇ、きょうくん。昨日はなんでとぼけたの?」
看護士さんの話を聞いたせいか三島楓が河本恭平の事が好きだと知っていたので、三島楓の仕草がなんとなくだがオレを誘っていると言うか、オレに好意を寄せていることがわかった
勘違いとは言え女の子に好き好きオーラを向けられているのは正直いやな気はしない。と言うか三島楓はかわいいのでなんだか得した気分になってしまった…
「昨日はその…な」
「フフフ、別にいいわよ。きょうくんだって話たくないときだってあるわけだしね」
三島楓はイタズラっぽく、だけれども嬉しそうに語りかけてきていたのだった。それは昨晩のことは自分が悪かったような言い方をしていたのだった
「そ、そうだな」
「でも、さみしかったな~」
すねるような三島楓の物言い。これではこちらが悪いような気はしてきた
「悪かったよ」
「えへ。やっぱりきょうくんやさし~」
もうなんと言うか三島楓はデレデレだった。そしてそれが当然と言わんばかりにオレの腕に抱きついてきてほほをスリスリ擦り付けてきたのだった。これでは本当に恋人になったような気がしてきた
いや、三島楓にとってオレは河本恭平に見えているのであながち間違いではないと思えてきたのだったが、看護士さんの話から三島楓と河本恭平は付き合っていた訳ではないようなので、河本恭平がどれだけチキンだったのか笑いたくなった
だが、もしかして河本恭平は自分の命がそれほど長くないと悟っていて、あえて三島楓と付き合っていなかったのではないかと思えてきて、三島楓の言うとおり河本恭平は相当いいやつではなかったのではないかと思えてきた
付き合ったところですぐに死別して三島楓を悲しませたくなかったと…
そこまで考えたあとところで昨晩の、オレがとぼけているという件はすでに昔、三島楓と河本恭平が行ったことではないかと思えてきたのだった
「きょうくん。どうかした?」
「なんでもない」
「そっか…それよりさ……」
考えたところで仕方がない…すでに河本恭平は死んでいて確かめようがないのだから…それより今は三島楓の話に合わせなければとオレは考え始めていたのだった
しかし、オレはなにも苦労することがなかった。なぜならそのあとも三島楓が勝手のしゃべりオレはうなずくだけだったからだ
さらに言えばあの看護士さんの言うとおりオレが検討違いなことを言っても三島楓のなかで勝手に解釈が代わり彼女にとって都合が良いように捉えられているのだった
見ていたドラマだったり、読んでいた漫画の話をしても、三島楓が見たり読んだり聞いたりしたことに変えられ、端から見ればまるで会話が成り立っていなかったのだが、三島楓は終始笑顔でいて、とても楽しげにしているのだった
しかしずいぶん話したところで三島楓が
「そろそろ部屋に戻るね。それじゃぁきょうくん。また明日」
と、笑顔で手を振り立ち去ってしまったのだった
取り敢えず今日のところは無事終わったのだがオレは泣きたくなった…彼女が…三島楓があまりにもかわいそうに見えたからだった
あの笑顔はオレに向けられたモノではなく、彼女の想い人に向けられたものでそれはどこまでも幸せそうで、もう叶うことのない幸せな時間だったと知ったからだ
看護士さんの言っていた状況とはつまり……三島楓は河本恭平の死を受け入れていないと言うことだったのだとオレは理解した。それならばあの看護士さんもどうにかしてあげたと、あそこまで辛そうにしていたのだとオレは納得した
翌日
オレは三島楓の病室を探した。しかし一般病棟には見つからなかった…残すは重病患者はいる特別棟のみだった。そこまできてオレは探すのを諦めた
これで三島楓が重病患者だと確定して、一体どんな顔をして会えばいいのか分からなかったからである。オレは三島楓に会って一体どうするつもりなのか…
もしかしたら夜の方が体調が良いから出歩き、昼間はうなされ、苦悩しているかもしれないのだ。そんな状況を目の当たりにしてオレは普通でいられるはずもなく、だったら三島楓が会いに来てくれるのを待つべきではないのだろうかと思ったのである
そしてオレが思った通りなのか昼間、三島楓は会いに来なかった。しかし再び夜出歩いてみると三島楓がいたのだった
「あっ、きょうくん」
元気な姿の三島楓。しかしそれは恭平のために気丈に、明るく振る舞っているだけではないのかとオレは思えてきた。そんな彼女のためにオレが出来ることと言えば…
「や~三島さん。こんばんわ」
「フフフ。どうしたのきょうくん。なんだかよそよそしいよ? いつもみたいに楓って呼んでよ♪」
「あ、あぁ、楓」
「な~に、きょうくん」
オレに出来ること…それは彼女の想い人である河本恭平になってあげることではないだろうか? そうすれば少なくとも今この時、偽りとは言え三島楓は幸せな、楽しいと思える時間を過ごせるのではないだろうか…
三島楓との会話は彼女にとって一時の幸福となると信じていたが、話しているうちにいつの間にかオレ自信が望んでいることじゃないのかと思えてきた
どうやらオレはいつの間にか三島楓に好意にも似た感情を持ち始めていた。だがそれは同情からくるものだったからではなかったのかと自問自答してみたがそんなものはすぐにどうでもよくなったからだ
三島楓が、彼女が笑っている姿を見ていたらオレも嬉しくなったからである
「きょうくん。屋上行ってみない?」
三島楓からの誘いにオレは断る理由がなかった…彼女が望むなら…
三島楓に誘導されて屋上まで来てみたが彼女は屋上に何度も来ているような、慣れた足取りだった。そして屋上へと出る扉には鍵がかかっていたが彼女はそれを容易く開けていた
「うわ~すごいね~きょうくん♪」
屋上に出ると三島楓ははしゃいでいたが、オレ自身もはしゃぎそうになった。なぜなら空一面星が輝きとても綺麗だったからだ
そしてなにより、月と星の灯りに照らされ三島楓がはしゃいでいる姿は美しく、まるで夜空のした彼女が踊っているように見えたからである。その動きはとてもしなやかで誰もが魅了されてしまうような動きだったのだ
「えへへ、きょうくん」
しばらく三島楓が踊っていたかと思えばオレの方を見てきて微笑みかけてきた。それはオレを待っているような気さえしてきたのだった
オレはそうすべきだと自然と三島楓のそばまで行くとそっと三島楓を抱き締めた
「きょ!? きょうくん!?」
さすがの三島楓も驚きモジモジと身動ぎしたが、それは嫌だったと言うわけでもなく恥ずかしさからくるものだとオレはすぐにわかった。なぜなら三島楓は顔を真っ赤にして触れた彼女の体からバクバクと心臓が動いているのが分かったからである
しかし抱き締めて分かったのだが三島楓の体は予想を遥かに越えて細く、とても華奢な体と一言で片付けられるものではなかった。そしてそれこそが彼女が重い病にかかっているのだとオレに実感させていた
だが抱き締めた彼女の体は温かく、ほのかに感じる彼女の甘い香りが確かに今この時彼女がここに生きているのだとオレに伝えていた
「きょう、くん……」
か細い三島楓の声にオレは彼女抱き締める腕に自然を力を込めてしまった。すると三島楓は身動ぎするのをやめてオレを抱き締め返してきたのだった。そして頭をオレの肩のところに置き、体を預けてきたのだった
すぐそばには三島楓の唇。そこからはどこか色っぽい息が漏れていた
目を閉じ体で三島楓の存在を感じとりどうしようもなく三島楓の事が愛おしくなってしまったのだった。彼女また目を閉じオレを感じ取ってくれているような気がした
そしてどちらとなく体を離し互いに見つめあった。するとそれが当然とばかりに三島楓は瞳を閉じ唇をつきだしてきたのだった。オレは無意識に三島楓に唇に自分の唇を重ねようと近づけた
いいのか?
それは唐突に突き刺さった。いやこれは三島楓の事を本当に思ったからこそオレはあと数ミリ近づけば三島楓の唇に触れると言うところで止まったのだった
三島楓の想い人はオレじゃない
そんな泣きたくなる事実にオレは苦悩した
このまま河本恭平になりすまし取り返しのつかないところまでしてしまえと思う反面、それではただ彼女をキズつけるだけではないだろうかと…しかし河本恭平はすでにいない…だったらいいじゃないのか? だがオレが河本恭平ではないことを三島楓が知ったらどう思うのだろうか…
「きょう、くん?」
オレが唇重ねるのを途中でやめて、一旦離れるとなにやら悩んでいるのが三島楓に伝わったのか三島楓は瞳を開けて見つめてきたのだった
その純粋な瞳にオレは耐えきれなくなって三島楓1人、屋上に残し逃げるように立ち去ったのだった。背後で三島楓が今にも泣きそうな声で想い人の名を叫んでいた…
『きょうくん!?』
翌日
オレは病院の中庭でボケッとしていた
いや、なにも考えたくもなかっただけだ…少しでも考え事をしてしまえば三島楓の事を考えてしまうのがわかりきっていたのだ。そして考えれば胸に突き刺さったトゲが痛くてしょうがない
一体オレはどうすれば……
だが、ある意味結論が強制的に出た
それは……
「キミ。明日退院だから」
入院4日目にしてオレは病院を去る事が年老いたお医者によって告げられた。4泊5日の入院生活ともこれでお別れ。それはつまり三島楓ともお別れを意味していた…
「キミ。ありがとね。それと変なことに巻き込んでごめんね」
オレに河本恭平の代役を頼んできた看護士さんが謝罪してきた。オレはこの時、看護士さんに罵声を浴びせそうになった…
なんでオレに河本恭平の代わりをやれって言ったんだよと…
でなければこんな思いしなくてすんだのにと…
オレは退院したくなかった。時間がかかってもいい。三島楓にオレが河本恭平ではないとわからせて、その上でオレ自身を好きになってもらいたかったのだ
だが健康な人間がいつまでも病院にいるわけにいかない…
どうすべきか……
オレは深夜。またしても出歩いた…
そして
「きょうくん見っけ」
三島楓と出会ってしまった…
オレはこの時ある決意をしていたのだった。もし今夜、三島楓に会わなければなにも告げずいなくなろう。そして三島楓の事は忘れようと…
しかし会ってしまったら……
「オレは河本恭平じゃねぇ!」
三島楓にオレが河本恭平ではないことをはっきりと告げて、しっかりとわからせて、その上で好きだと告白しようと…
「きょうくん。どうしちゃったの?」
「だからオレは河本恭平じゃねぇ! そして河本恭平はもうすでに死んでんだよ!」
「えっ? だってきょうくんはきょうくんだよ。今私の目の前にいるじゃない」
「だから違う!」
「そんなのおかしいよ」
「おかしくない。そしてオレはかわ――――」
「違う!! 違う違う!! 違う違う違う!! 違う違う違う違う!!!!。あなたはきょうくん!! 」
「だから―――んんん!!!」
激しい口論。いくら言っても信じない三島楓にそれでもわからせようとしたのだが、突如三島楓がオレに詰め寄ると涙を流しながら唇を重ねてきたのだった
オレは一瞬訳がわからなくなったがこれではいけないと三島楓を引き剥がそうとしたのだが、三島楓の腕がしっかりとオレの首に回され力の限り抱きついてきていたのだった
それはすがるような感じだった…
だがオレはやっとの思いで三島楓を引き剥がした
「くそっ!! こんなはずじゃ…」
オレは三島楓を引き剥がすと苛立ちながら呟いた。そして三島楓だがあまりに勢いよく引き剥がしたのでそのまま尻餅をついて床に座っていた。しかしその表情は怯えきっていた…
「ごめんなさい…そんな…つもじゃ…なくて…」
オレが望んだもの違うことに呟いた言葉はどうやら違う風に捉えられているようだった。三島楓にとってオレが呟いた言葉は無理矢理キスをされて嫌で呟いたように聞こえたようだったのだ
今にも泣き出しそうな三島楓
「違う。イヤでいったわけでなく…」
「じゃーなに!?」
「だからオレは河本恭平じゃないんだよ」
「もーわかんない!!!」
すると三島楓は立ち上がりそのまま涙を拭いながら立ち去ってしまった
「まっ!!……て……」
あとに残された差し出したオレの手が寂しさを物語っていた
オレはこのまま追いかけてどうするのだと自問自答していた。いっそこのままでいいんじゃないのかと…どうせ明日にはオレはいなくなるのだから…
オレは差し出した手を引っ込めると胸がズキズキと痛むなか病室へと帰っていったのである。こんな形でもう2度と三島楓に会えなくなるのは辛すぎるのだが、次会ったとき果たしてオレはどうするのかと…
退院の朝
病院のロビー
オレはそこで名前を呼ばれるのを待っていた。もう病室は片付けたしあとは支払いを済ませればもうここにいる意味もなくなる。するとあの看護士さんが通りかかった。オレに河本恭平の代わりを頼んできたあの看護士さんだ
「あの…」
「あ、はい。なんでしょう?」
「その~、三島楓さんの事はすみませんでした。なんと言うか、力になりたかったんですけど…」
力に…それはつまり三島楓に河本恭平の事を忘れてもらってオレの事を好きになってもらうと言う、今考えればなんて自分勝手な考えを持ってしまったのかとイヤのなってしまった
オレがそんな風に自己嫌悪に陥っていると看護士さんが少し悩んだ表情を浮かべていた…
「え~と。三島楓さんってどなたのことですか?」
「はっ!? いやいや、特別棟にいる人ですよ!?」
「そんな患者さんはいませんよ」
なっ!? 一体どう言うことかとオレは訳がわからなくなった
そのあとも看護士さんに色々問い詰めたが結局三島楓と言う人物はいないと言われますます訳がわからなくなった
オレはそのあとも悩んでしまったが支払いの順番がきたみたいで名前を呼ばれたのだった
「河本恭平さ~ん」
オレは支払いをしている間も三島楓について考えた。今やオレの心は彼女の事でいっぱいでそれ以外の事はどうでもよかった
しかし支払いを済ませ病院をあとにしようとしてオレは気がついた
今、オレなんて呼ばれた!?
オレは慌てて支払い窓口まで行き確認した
「今!? オレ間違えたんですけど!!」
「えっ? あの~河本恭平さん…ですよね?」
「違う!! オレは―――」
しかしオレはそこで言葉に詰まった……なぜなら自分の名前が思い出せずにいたからだ
いくら思い出してもわからなかったのだ。そしてオレは三島楓と出会ってからただの1度も川崎拓也と呼ばれていない事に気がついた
「あの~」
受付のおねいさんに心配され取り敢えず冷静になって考えようとオレはその場を離れ改めて考える事にしたのだった
だが
あれは……親父にお袋?
不意にオレは自分の両親がいること気がつきたかが盲腸ぐらいで見舞いにきたのかよ、とそんな事を考えつつ、数年ぶりに再開する両親にもとまで行ったのだった
「よぉ、親父にお袋」
オレが声をかけたのだが親父にお袋は怪訝そうな表情をしていたのだった。さらに言えばお袋は泣いていたのだった…
「なんだよ、一体どうしたんだ?」
しかし相変わらずの怪訝そうな表情の両親。それどころかまるで怒っているような気がしてきた。そして親父が…
「あんた一体なんのようだ?」
「なにって、さすがに息子の顔ぐらい忘れんなよ」
だがオレがそう言ったと思ったら親父はオレに胸ぐらを掴んできた
「あんたふざけるのも大概にしろよ! こっちは息子が死んだと言うのに何を言ってやがるんだ!!」
「なっ!!!」
親父は本気で怒っていた。それこそ殴りたいのを必死に抑えているような気がしてきた。お袋なんかは再び泣き出し顔を手で押さえていたのだった
2人とも本当にオレが誰なのかわからなかったのだ
オレはそんな2人を見ていたら逃げるようにその場から離れたのだった
一体何がどうなっている? 親父はオレが死んだと…受付の人もオレが河本恭平だと…なにが…どうなって
「きょう、くん」
不意に声をかけられた
オレが見るとそこには三島楓がいたのだった
「どうしたの?きょうくん」
「ちが、オレは…河本……恭平…じゃ、ない」
「フフフ、おかしなきょうくん。きょうくんはきょうくんだよ」
そして三島楓はオレに抱きついてきたのだった
だが
彼女は冷たかった……
まるで体温を感じない三島楓の体にオレは三島楓を引き剥がそうとしたのだが三島楓はあり得なほどの力で抱きついてきたのだった。全く歯が立たずそれこそ暴れる感じで三島楓から離れようしたが無駄だった
「きょう…くん…………きょうくん……………きょうくん………きょうくん………きょうくん……きょうくん……きょうくん…きょうくん…きょうくんきょうくんきょうくんきょうくんきょうくんきょうくんきょうくん」
三島楓はオレを抱き締めてオレの胸に顔を埋めながら河本恭平の名前を呼び続けた。そして次第にオレを抱き締める力が強くなり
「ぐっ、がっ……はな、して……くれ」
オレはだんだんとまともに呼吸ができなくなり
そして
三島楓は黙った……
そしてバっと顔をあげるとオレを見てきたのだった
「うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
その表情は……
いかがでしょうか
出来れば感想を頂きたいです
タイトルは…ナトリ。名取り。名を取られると言う意味です