第五十七話=破滅に身を任す
師匠が目の前に、立ちはだかっている。いまさらではあるが、思い出してしまった。エリハイアの王宮を発つ前に王様に求められたことを、王様に命令されたことを。そしてその日に師匠から聞いたことを。
あの時から私は決まっていた。自分の目で、自分の耳で、いったい何が本当の悪か、そして邪も……まだほかの事は言えないけど、目の前にいるあいつは、あの狂神こそが本当の邪悪なものだとわかった。
「……ゆうしゃ君?」
剣を構いながら前へ進んだ。師匠にこれ以上姫様を傷つけさせないように。
「師匠、教えてください。」
「あら、まだそう呼んでくれるんですか。」
後ろにいる姫様に剣を指しながら、言い続けた。
「ゆうしゃ君があれほど好いていた女子、プリスティンを傷つけたなおでも……」
「師匠……」
それがわかっていてもなお、姫様を傷つけた。大親友だったにもかかわらずに……私の好きな女性であるにもかかわらずに。
「そんなにアイツが大事ですか、師匠。」
「ッ!」
今度は逆に、私が背後にいる狂神に剣を指した。
「なんと無礼な……!神の御前ですよ、ゆうしゃ君。」
「それはこちらのセリフです、師匠。姫様は、エリハイアの姫様ですよ!貴女が生まれ育った国の姫様ですよ!」
「そんなことわかりきっている!でも、『姫』と『神』は違うと思いますよ。」
「神だなんて、こっちは最初から認めていない!あんなのが神なら、この世界には神は不要だ!」
剣を構える。そして後ろにいる「神」は師匠を退かして、前へ出た。
「ゆうしゃ、ですよね。」
「そうだけど。」
「私からもらった力、大事にしてましたか?」
「とっくに時間切れになってんだぞ、何を言っているんだ。」
「いやいや、そうじゃないだろ?」
やれやれと、首を横に振る。
「まぁ、いつかはわかると思うから今はいいか。」
「……なんのことだ、お前は。」
「ちょっと、ゆうしゃ君?礼儀がなってませんぞ。」
「あんなやつに礼儀なんて要るか!あいつのせいでエリハイアも、アリアもめちゃくちゃにされたぞ!礼儀を払うほうが難しいでしょ!」
「あんなやつ、ですって……!?」
目を大きく開いて、私を睨む師匠。あんなに大事なんですか、あんなに尊敬されるべきなんですか、私には到底そう思えない!
あんなやつを善と決め付ける、あんなやつを信じつづける、あんなやつを褒め称える師匠がわからない!本当に完全にわからない!
「ゆうしゃ君、あなたが愛弟子だと思ってもう一度チャンスをあげます。今すぐ、神様に謝りなさい。」
「そんなの、できかねます、師匠!」
「……本当に、残念だよ、ゆうしゃ君。」
さっきまで怒りの目をしていた師匠だが、今は違う。今は悲しんでいる。悲しむ?そんな必要がどこにあるんですか!
あんなやつに礼儀を払うほうが難しいって言った、それは紛れもなく私の真心だ。それなのに否定するなんて、師匠はいったい、どうなってしまったんだ!
「師匠、教えてください!」
「何をだ!そもそもアタシは今からもうキミの師匠じゃなくなった!これからはアタシのことを師匠呼ばわりしないで!」
「それでもいい!だから、教えてください!どうして、どうしてあんなやつを神だと讃え、従っている!おかしいでしょ、あいつのせいで国の人たちが苦しんでいたぞ!」
「それは必要な犠牲だ!」
「必要なわけないですよ!!」
師匠の答えを聞いた直後、考えもせずに反論してしまった。
「何のために、人は死ぬべきですか!」
「それは……!」
答えようとしているときに、遮った。
「何のために、家族をバラバラにする必要があるんですか!」
「だから……!!」
「何のために、私は大好きな師匠と敵対しなければならないんですよ!!」
「――!!」
それに驚いて、師匠は口を閉ざした。
今思い返すと、師匠と一緒に居た日々は本当に楽しさでいっぱいだった。幸せだった。それだけにたまに姫様ではなく、むしろ師匠のことが好きになりそうになっていた。
それなのに、私はそんな大好きな、いつでもかわいくて、ほっとけなくて、愛くるしい師匠と敵対するなんて……!どうしてだ、どうしてこうなってしまったんだ!
「師匠が答えられないなら、アンタが答えろ!神と自称しているんだろ!」
「はぁ……」
そしてため息をこぼす。
「すべては世界平和のための、致し難い犠牲にすぎないのだ。」
「世界平和だと……平和のために、戦争をするなんて間違っている!仮にも一国の王であろうアンタが、それすらもわからないというのか!?」
「あぁ、そうだ。」
「なん、だと……!?」
怒りで頭がいっぱいになっている。だが、それでも私は知っている。そんなので絶対に平和にならないってことを、そんなで平和になってもまた戦争が起きるだけだってことを!
なのに、どうして彼は……!
「世界平和のために、異論を持つ者は皆殺しにするべきだからな。」
「アンタ……!」
「もういいでしょ!これ以上話を続いても平行線のままです!ですからーー!」
再び剣を構える。そして、私に向かってきた。
「悲しいのはアタシも同じです。けれど、神様に逆らう以上、この世界に、新しく作り返される世界に、キミの居場所はないんです。ゆうしゃ君。」
「師匠……」
上から私を見下す師匠だが、その目には確実に悲しみを宿っている。師匠も私と同じで、あの日々を捨てられないはずだ。
ならば、まだ説得する余地はある。いや、なくても、もしもなくても、私は説得する!師匠を取り戻すために、師匠を悪の道から救い出すために!
(つづく)




