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「お嬢、何を考えているんですか」


 オルグはとても不機嫌だった。

 それもそのはず、最愛の人が他の男に明らかな好意を示しているのを、目の当たりにしたのだから……


 最愛の彼女と添い遂げることはない。

 なぜならば彼女は王子様の婚約者であり、自分の手が届くような存在ではないのだから。

 それゆえ、自分は従者でいいと思ったし、従者として一生を尽くす覚悟もあった。


 しかし、彼女は帝国にいるよく分からない奴と結婚したいようだ。

 接点なんて全くなかったはずだし、どうしてそうなったのか訳が分からない。もしかしたら何か未知の呪いか何かなのではないかと思ったりする。ただ別に理由は関係ない。理由は関係なしに、王子様と結婚しないのならば、オルグの覚悟は揺らいでしまう。

 そもそも王子様と結婚しないのならば、根本から変わってしまう。オルグの鋼の覚悟もその土台から崩されれば、倒れてしまう。


「お嬢、本当に何を思って……!」


「オルグ、私は彼が好きなの。愛しているの」


 ミリーティエの言う“彼”というのが、あのユージとかいう奴なのは簡単に分かった。


 オルグの中ではあいつのことも気に食わなかった。

 ニーナとルカという女からも迫られているのに、優柔不断な態度を取り、ミリーティエを一番に扱わない。


 自分だったら、あの二人の女なんてどうでもいいから、ミリーティエだけを見るのに……

 ユージはミリーティエが横にいても、あの二人にも気を使って平等に扱っていたように見えた。

 平等とはつまり、違いがないということであり、ユージにとって、あの二人の女とミリーティエが全く同じと言ってるのに等しいことだ。ミリーティエが至上最も重要なのに……


 オルグはユージが嫌いになっていた。


 時刻は夕方を過ぎ、夜に差し掛かっている。

 ユージは宿屋に入る。その様子をミリーティエとオルグは見た。


 そしてユージは一人部屋と取り、その部屋へと向かう。


「オルグ、今日はここまででいいです。あとは私でなんとかしますから……」


「そうか……」


 忠実に命に従い、去るオルグ。

 ミリーティエは駆け足でユージに近づく。


「ユージ!」


「えっ!? なんでここにいるんだ、ミリー」


「それはもちろん、お手伝いするためです♪」


 ユージがミリーティエを好きになるためのお手伝いだ。


 ユージはミリーの言うことを理解し、そして疑問を持つ。


「お手伝いって何をするんだ?」


「それは一緒に寝ることです! 一緒に寝れば、私のことをもっと好きになれるでしょう」


 もっとって……それじゃあ俺がミリーのことを好きみたいな言い方だな……

 内心そんな風に思うユージであったが、全くミリーを嫌ってはいないようだ。


「とっても嬉しいけど、ごめん。一緒に寝たら悪いう噂が立つかもだし……さっきニーナとルカにも言ったけどさ」


「いいえ! 気にしません! 私はユージに私を大好きになって欲しいんです! そのためには他のことなんてどうだっていいんです!」


「……そ、そうか」


 ユージの中には、ただ漠然と、ミリーと一緒に寝るのはダメだという思考があったが、具体的な言葉は思い浮かばない。

 そもそもユージは自分本位の理由付けが得意ではなかった。たとえ自分が嫌だと思っても、単純に自分が嫌だから、という理由ではなく全く別の正当性のありそうな理由を探してしまう。そんな悲しい日本人の性を持っていた。


 だから直情的に真っ直ぐなミリーの言葉にたじろぎ、反論することができない。


「じゃあ、お邪魔しま~す」


 ミリーティエはするっとユージのとった部屋の中に入る。


「……ん? ユージも来てください」


「いや……やっぱり、一緒に寝るのは……」


 部屋の中に入ったミリーを見て、ユージは部屋の外から思う。

 これは入りにくい。

 というか入れない。

 別の部屋を取ろうかな。なんて思っていると――


「――ユージ! ほら!」


 ミリーは自分の手を取って、部屋の中に引っ張る。


「ほら一緒に寝ましょう」


 ミリーの落ち着いた口調にドキリとした。それを隠すように「ああ」と言ってユージはミリーと部屋の中に入ったのだった。



 *



 次の日の朝、ミリーティエ、ユージ、オルグ、ニーナ、ルカ、アレクの6人は冒険者ギルドの前に集まっていた。


「ごめん! 今日は俺、行けそうにない……」


 頭を下げて謝るのは、黒髪の元日本人ユージである。

 目には隈ができていて、寝不足なのは明らかだ。確かにそんな状態で冒険者として働くのは、とても危険だ。


 冒険者は別に冒険をするわけではないが、魔物を倒したりするのはやはり危険が付きまとう。

 だから最高の状態で仕事をするというのはとても重要だ。特に割のいい仕事ほど危険が多い。自分たちのキャパギリギリの仕事をするのには、パーティメンバー全員が良いコンディションでいなければならない。


 ユージが今日、冒険者をお休みするとなれば、残りのパーティメンバーは自分たちの実力より大分低いレベルの仕事を請け負うことになるだろう。助っ人を呼んだとしても、チームワークという点は補えないし、低いランクの依頼を受けることになるのは変わらないだろう。


 だからニーナ、ルカ、アレクの3人は不機嫌になってもいいところである。

 しかし、3人はそんなことは思っていない。


 むしろ、ニーナは結構機嫌が良い。


「やっぱり私の家じゃないとダメなんだよ!」


 と嬉しそうに言う。


「返す言葉もない……」


 と顔を伏せるユージ。


「まあまあ、仕方ないですよ」


 そこに割って入るミリーティエ。


「なんたって私とユージの初めての夜だったんですから!」


「「あ”?」」


 ニーナとルカは女の子とは思えない低い声を出す。


「ど、どういうことなのよ!」


 ニーナは顔を赤らめながらも、機嫌は急降下している。

 “初めての夜”というミリーティエの紛らわしい言い回しに、完全に誤解をするニーナ。


「ご主人様、説明をお願いします」


 ルカの目も笑っていない。


「ユージはこんなよく分からない女と、そ、そういうことしたっていうの!?」


「ニーナさん、落ち着いて下さい! ご主人様があんなメスになびくとは思えません!」


「あー、あのな、二人とも。別にミリーに手を出したわけじゃないからな?」


 ニーナとルカは明らかにほっとしたように、息を吐く。

 地味にオルグもほっとし息を吐く。


 しかし、それで終わるミリーティエではない。


「でも昨日、ユージと同じベッドで寝たのは事実ですよ?」


 と言い、ニーナとルカは再び熱を持つ。


「同じベッドで……寝た?」


「どういうことですか! ご主人様、やっぱり説明が必要です!」


「……手は出してないし、もうそれでいいだろ」


「手“は”出してないって! じゃあ何を出したんですか!」


「ご主人様、まさかそういうことなんですか!」


「いや、だからやましいことなんてしてないって……」


「じゃあ、あの女の言うことは全部でたらめなのよね?」


「いやー、どうだろ……あはは」


「ご主人様! ちゃんと否定してください! やましいことがないって言うのならちゃんと昨日のことを一から説明してください!」


「あー、昨日は……なんでだろうな……あれ? なんでああなったんだ?」


 ユージはよくよく考えてみると、昨日のおかしさに気付く。


 なんでいきなり見ず知らずの女の子と同じベッドで寝ることになる??

 それに自分は女性経験皆無だし、初めて会った女の子と同じベッドで寝るなんて到底受け入れられない事象のはずだ。


 自分が思ってた以上にミリーに流されていたことに気付き、思わずミリーに目を向ける。

 ミリーは自分の視線に気づき、にっこりと微笑み返してくる。


 ……!

 その表情にユージは不覚にもドキリとしてしまい、顔を赤らめ顔を伏せた。


 しかしすぐに顔を伏せたため、そのことはルカやニーナには伝わらない。

 ただ押し黙ることへの抗議があるだけだ。


「ご主人様! どうしたんですか! ちゃんと説明をお願いします! ……もしかして本当にルカを差し置いて、あんなメス豚のことが――」


「ルカちゃん! そんなことはないよ! あんな品性のかけらもない女にユージがどうこうなるなんてありえないんだから! ユージ、ちゃんと迷惑なら迷惑って言わないと!」


 ユージには二人の言葉がほとんど届いていかなった。


「寝るわ」


 ユージはぽつりとそう言って、ふらりと宿に舞い戻るのだった。



 とぼとぼを力なく歩くユージの背中に、ニーナとルカは追及する気を失った。

 二人ともユージを慕っているがゆえに、寝不足であまり調子のよくなさそうなユージにはちゃんと休んでほしいと思っているのだ。確かにミリーとかいう女のことも聞きたいが……


 だから二人の標的がミリーになるのは、当然のことだ。


「ミリーさん? ユージが嫌がっているから、もう金輪際、ユージにかかわらないでね」


「そうです! ご主人様は人が良いから誰にも優しいんです! 内心どう思っていても、表面上は楽しそうにするのです。だから勘違いしないでください! あなたのことなんてこれっぽっちも気にしてないです! ご主人様の頭の中はいつもルカのことで一杯なのです!」


「ルカ! ユージは私のことをいっつも気にしてるのよ! 私が重い荷物を持っているとき、どこからともなく現れて持ってくれたり……!」


「ルカだって、一緒に買い物行ったときはさりげなく重い荷物持ってくれたです!」


 そんな二人の様子を冷めた目で見るミリーティエ。

 やっぱりこの二人じゃ、ユージには釣り合わないという思いを強くしながら……


「さようなら……オルグ、行きますよ」


「あ、ああ」


 ミリーティエはオルグを連れて歩き出す。


「ちょっと! まだ話は終わってないって!」


「そうです! 昨日のことをちゃんと説明してください!」


 去っていくミリーを、二人は呼び止める。


 ミリーティエは振り返り、


「あなた方には関係のないお話です」


 そう言って、歩いていった。


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