第10章
10 夏の想い出
山の村にも夏がいつの間にか来ていた。
ああ思い出せば懐かしさに胸が苦しくなるばかりの
あの分教場岡下分校それは野梨子の面影とともに永遠に私の胸に刻まれている。
私の青春のホーリープレイス。ハートランドともいうべきところ。
しかし、風の便りに聞くと、、、、そこはとっくの昔に廃校となり夏草が生い茂るにまかされているばかりなのだという、、、。
そうだ。わたしの青春はもうとうの昔に終わりはてていたのだ。
そして私も今すっかり老いぼれて、野梨子とたわむれていた、あのはつらつとした、23歳の黒髪豊かな青年ではない。
しかし、その時は予想だにしなかったが、この初恋はあまりにも意外にそしてあっけなく終わる運命にあったのだった。
さて、私もようやくこの地になれて、教員として、いくつかの役目もいただいて
ある日は遠い県庁まで研修に行ったり、、また宿泊研修に山の合宿に行ったりと多忙を極めつつあった。
野梨子は元気そうだったし、わたしと野梨子の交流も親密になるばかりだった。
そう、それはまるで仲の良い兄と妹のように。
朝わたしのの顔を見ればにっこりし、つぶらな瞳でわたしをみあげた。
わたしも野梨子の瞳を見つめていとおしさがこみ上げてくるのだった。
教師と生徒の禁断の関係。
そう、2人だけの秘密の心の通い合い。
決して、他の人に知られてはならない。
「先生、わたしがすきだってことぜったい、誰にも言わないでね。」
『二人だけの秘密だね」
「そう、二人だけのね」
でも、でもこれが運命なら結ばれてもいいとわたしは信じていた。
だから、わたしは野梨子に指1本触れなかったし、人から断罪されるようなことは一切してはいなかった。
大事な野梨子、守りたい。
これからどうなるのか、
23歳のわたしと15歳の野梨子、
しかし、これは所詮結ばれるべくもない運命だったのかもしれないと今では理解している。
さて、他の生徒たちも変わりなくすごしていた。
とあるとても暑い日、
寄宿舎の舎監で私が行った日、
村の夏祭りのエキストラでほとんどの子は出かけていて
残っているのは木下と渡部そして博士くらいだった。
『暑いから川へ行こうよ」はかせがいった。
「そうね。行こうか』と野梨子。
「渡部さんも行こう。」
『先生も行こうよ」
山道を下り、沢伝いに行くとやがて澄み切った清流に到着。
博士が水切りをしようという。
わたしの石はすとんと落ちてしまい、失敗。
野梨子は器用に水面を切って石を投げた。
やがて皆で川に入り水を掛け合ったり、はしゃぎだした。
やがて皆ずぶぬれ、野梨子も長い髪が濡れそぼっていた。
水から上がったオンディーヌのような野梨子。
それはまるで、水の中にたたずむ15歳のビーナスのようだった。
しかし、次の瞬間、いきなり野梨子が水の中に倒れこんでしまったのだ。
あわてて駆け寄り救い上げたが野梨子は虫の息で青ざめた顔だった。
「まずい、野梨ちゃん、発作おこしちゃいましたね。」と博士。
わたしは詳しい事情も知らずうろたえるばかりだった。
わたしは野梨子を背負いもと来た道をたどった。
野梨子はわたしの背中で瀕死のウサギのようにしなだれかかっていた。
寄宿舎に着くと皆が駆け寄り、連絡があちこちに飛び
野梨子はやがて、病院へと搬送されていったのだった。
かくしてやがて来た夏休みまで野梨子はずっと、休み続けることとはなったのだった。
ある理由から、そう、つまりこのことが他人に知られないように、
わたしが、公然と見舞うことも許されなかったし、野梨子への連絡方法もなかったのだ。
わたしはなすすべもなく、身もだえしながらもそれを気取られないように他の先生や生徒に知られないように
わたしは、衝動的にこの地を離れて、夏休み、実家へと戻り一人なすすべもなく悶々としているしかなかった。




