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後日談 前編

 高岸ゆずきは面倒ごとが嫌いだった。誰それが好きだなんて恋話は面倒くさいし、顔が良いだけで何をしても許されるような男はもっと嫌いだ。

 しかし周りに同調した結果、そんな男と付き合うはめになるとは考えもしていなかった。


「ゆずき、ソフトクリーム食べたいの? 俺買ってこようか?」

 ぼんやりと明後日の方向を眺めていたゆずき。視線の先にあった売店と、目立つように置かれたソフトクリームの看板。彼女がどこを見ているのか気付いた恭介は、少女にそう提案する。

「ん、どっちでもいい」

「そう? なら俺が食べたいから買ってくるよ。半分こしよう?」

「わかった」

 頷けば嬉しそうに笑う恭介。子犬のように走って買いに行った彼氏を眺めながら、ゆずきは存外悪くないかなと思っていた。


 夏休み中盤の8月中旬。ゆずきは恭介に誘われて水族館に来ていた。いわゆるデートだ。



***



 休み前に外堀を埋められ、自分の尊厳を否定される周囲の言動に彼女は恐れ戦いた。どうしてと、こんなはずじゃなかったと。

 嘆き悲しみ鬱々としたゆずきは、ひたすら夏休みの課題に没頭した。現実から目を背けたかった。発端となった読書感想文は随分と批判的な内容になったが、出せば点数は取れるので問題ない。


 その間、連絡先を交換してしまった恭介から延々と連絡が来た。雑談が主だったそれは、最終的にゆずきのどこが好きかの告白に移行する。恥ずかしいし鬱陶しいからやめてくれと伝えたのだが、全然やめてくれなかった。

 恭介曰く「好きだから止められない」そうだ。意味がわからない。


 周囲から交際されていると認識され、お互いの両親からも同意を得ている。もはや否定しても何も出来ない状況に、ゆずきは抵抗するのを諦めた。方法はあれだったが、そもそも恭介は優良物件だ。成績優秀スポーツ万能、大会社の跡継ぎでお金持ち。性格は、まだ付き合ってから一月も経っていないがそう悪くない。


 猛アタックを受け続けて無視できるほど彼女は無情ではない。どうせ断れないなら、今の状況を受け入れた方が面倒は少ないだろう。

 そう思ったゆずきは徐々に態度を軟化させた。それすぐに気付いた恭介は至極嬉しそうで、ゆずきは余計に絆されていく自分を自覚する。


 一週間ほど前に連絡があり、誘われたのは水族館。この暑い中、外出するなど正気の沙汰とは思えなかった。

 しかし恭介が「無理なら断って良いからね。無理強いしたくないし、面倒なことが嫌いなの知ってるから。俺がゆずきと出掛けたいって思っただけで、ゆずきの都合とか全然考えてない提案だし、その、受けてくれたら嬉しいなぁみたいな」

 わざわざ電話を掛けてきて話し出したくせに、どんどん声が小さくなっていく。ゆずきは少々可哀想に思えてしまった。彼女は一度受け入れた相手には甘いのだ。

「いいよ、課題も終わったし。いつにする」

 淡々と紡がれた少女の言葉に、少年は電話を離して叫ぶほど喜んでいた。


 デート当日。恭介が普段どんな格好をしているのか分からないため、ゆずきは雑誌を参考に無難な服装で待ち合わせ場所へ向かっていた。

 刺繍が施された白いパーカーに、青色のチュールスカート。水族館といっていたが歩き回るかも知れないため、靴はリボン付のスニーカーを選んだ。少し長めのボブには飾りを付けてこなかったが、ピンで留めた方が良かったかもしれない。手鏡を見ながら前髪を直す。

 腕時計を見るとまだ約束の三十分も前で苦笑した。今日のデートを存外楽しみにしていたようだ。


 果たして彼はどんな格好で来るのだろうか。思いを馳せつつ待ち合わせ場所へ着くと、すでに恭介はそこに居た。

 黒のスキニーに白のロング丈Tシャツ。サマージャケットはゆずきのスカートに似た青色で、図らずともペアルックのようになってしまった。

 ゆずきは口許を歪ませた。なんだこれ、恥ずかし過ぎる。対する恭介はゆずきに気付き服装に目をとめると、酷く優しげで蕩けた顔になった。


「ごめん、待たせた」

 まだ約束した時間より三十分も前なのだが、待たせたことに変わりはない。謝罪した彼女に恭介は慌てて首を振り彼女の言葉を否定する。

「いや、今来たとこ。楽しみすぎて早く来ちゃって。でも良かった、ゆずきを待たせることにならなくて」

 そしてもう一度ゆずきの上から下まで目線を移すと、へにゃんと崩れるように笑った。

「今日も可愛いね。それにペアルックみたいですげー嬉しい」

 心底嬉しそうな照れ笑いに、ゆずきまで赤面した。

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