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6話(永原視点)

「永原ってさぁ、結構思い込み激しいよね」

 くくっと喉で笑うような、嘲りを含んだ少女の声音に永原は嫌そうな顔をした。

「うるさい。ゆずきを誘ってくれたのには礼を言うが、あまり場を掻き乱してくれるなよ」

「それをあんたが言うんだ。笑っちゃうね」

 あははと心底面白おかしく笑う歩美。渋面になる永原。

 この二人、実は昔馴染みであった。歩美の元父親は会社を経営しており、その縁あって二人は幼い頃何度か遊んだことがある。遊ぶといっても子供らしい外で運動するようなものではなく、討論やディベートに近しい舌戦が主だった。

 しかし父親と不倫相手の間に子供が出来てしまい、財産や経営の面で問題が起こった。それだけでなく不倫相手が家に乗り込んできて責任をとれと叫び、父は汗だくで相手を諌め否定する。元々夫婦仲が冷めきっていたこともあるのだろう。歩美の母親はこれ幸いと裁判に持ち込み、慰謝料をたっぷり貰って離婚した。


 離婚後歩美は永原と会うことは一度もなかったが、学園に入ってから二人は再会した。とりたてて仲が良いわけでもなかったので、会話も数えるほどしかしていない。しかし永原がゆずきに惚れたことで話は変わった。

 教育の賜物か、永原は昔から外面がよかった。そのせいで女子から異常に人気が高く、角がたたないよう巧く振る舞っていた。それがある日を境に徐々に変わっていく。

 歩美は初め気のせいだと思っていた。しかし視線を感じて振り向けば、いつもその先に永原がいた。歩美が振り返っても永原はぼんやりとこちらを見ていたが、歩美の隣にいたゆずきが振り返ると視線を反らす。そういった些細な出来事が積み重なり、歩美は気付いてしまった。永原がゆずきに好意を持っていることに。そして本人にその自覚がないことに。


 それからの行動は誰のためだったのだろう。歩美はゆずきを伴って永原のファンクラブとやらに入部した。教室にも顔を出すようになった。永原は急に会いに来るようになった歩美を怪訝に思っていたが、ゆずきを見れば途端気にならなくなっていく。


「ゆずきってね、面倒事が嫌いなの。そのくせ周りに同調して流されちゃってさあ」

 離婚して転校した先で遠巻きにされていた歩美に、初めて話し掛けてくれたのがゆずきだった。一人でいる転校生を心配する教師に何かしら言われたのだろうが、一人でいる歩美に関わってくれたのが彼女だった。

 元々根っこの部分が似ていたのだろう。気の置けない仲になるのは難しいことではなく、すぐに二人は仲良くなった。

 面倒なことは嫌いだと言うくせに、一度懐に入れた相手に彼女は酷く甘い。気に掛けてくれる心が嬉しかった。独りぼっちの歩美がクラスに馴染められたのも、周りに合わせて立ち回るゆずきのおかげだった。


「あんたのことも別に好きだから関わってるんじゃなくて、周りに合わせてるだけなんだよね」

 勘違いしている男に真実を伝えれば、目を見開き狼狽えている。うそ、そんなと小さく呟く声が聞こえてくる。初恋に舞い上がって馬鹿みたいだ。

 でも、と歩美は永原に顔を向けることなく告げる。はっきりと、強い意思を宿して。

「あんたが本気なのは知ってる。だから応援してんの。あんた一応性格いいし、浮気もしないだろうし? 言っとくけど、私の親友傷付けたら許さないから」


 好意が勘違いだと知らされた永原はその言葉を聞き考え込む。自分は本当にゆずきが好きなのだろうか。彼女が自分に好意を抱いていたから好きになったのだろうか。

 いいや、違う。それならば最初から彼女の名前なんて知らなかったはずだ。他の女子との違いになんて気付かなかったはずだ。彼女に勘違いしてほしくないなんて思わないはずだ。彼女のために、今まで角が立たないよう振る舞ってきた言動を変えはしないはずだ、と。

 彼女の周りを尊重する所が好きだ。彼女の優しく笑う顔が好きだ。彼女の楽しげな声が好きだ。彼女の仕事に責任を持つ所が好きだ。彼女の真剣な眼差しが好きだ。彼女の、何かに夢中になってきらきらと光を宿す瞳が好きだった。


 自覚した理由は勘違いからだったのだろう。しかしこの気持ちは勘違いではなかった。初めから、会ったときからずっと。永原はゆずきが好きだった。

 自分の気持ちを再確認した永原は深呼吸すると、真面目な顔で頷く。

「絶対に幸せにする。本気なんだ、俺は」

 永原から言質を貰い、とりあえず今はそれでいいかと歩美は笑った。


 歩美の自宅近くに着き車は停まる。降りながら「頑張りなよ」と声をかければ、永原は真剣な眼差しで首肯した。

 去っていく車を見ながら彼女は思う。

 ああ、本当に。この気持ちに名前が付く前でよかった。

ご指摘頂いた箇所を修正致しました。

前半の「歩美」の部分が「ゆずき」表示になっておりました。混乱させてしまい大変申し訳ございません。

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