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5話

「ねえゆずき、一緒に帰ろう?」

 授業とHRが終わりさて帰ろうかという放課後。クラスの違う永原が教室に来た。ざわめく人々には目もくれず真っ直ぐゆずきの元へ歩いてきた男は、そうにこやかに彼女へ提案した。

 ざわめきがひそひそに変わり居心地が最悪になった教室内で、ゆずきは同じくらいにこやかな笑顔を浮かべて答えた。

「お断りします」


 ゆずきは混乱していた。何故ここに永原が来たのか理解できない。先日の図書館の一件から2日経っているが、特に問題はなかったはずだ。

 ゆずきは周りに同調する計画に綻びがあり、気紛れで永原に告白されたと思い込んでいた。だから図書館の一件以降は、少女漫画の関わらない系ヒロインを真似て永原との接触を絶っていたのだ。それがこんな結果を生もうとは。すでに関わってしまったがために、もはや関わらない系手段は効果がないのだろうか。

 にこやかな笑顔の下で少女は何故こうなったのか原因を考えていた。


 対する永原は一瞬表情が固まったように見えたが、すぐに何でもないように言い繕う。

「そんなこと言わないでよ。俺さ、ゆずきに興味あるんだよね」

 私はお前に興味なんぞ欠片もないわ。

「そうなんだ、ありがとう。でもごめんね。アユミンと帰る約束してるから」

 そうだよねと振り返ったゆずきは後ろの席にいた友人に声を掛ける。アユミンこと向井歩美は小学生時代からのゆずきの親友だ。彼女はゆずきが面倒を嫌っていることを知っている。だから約束はしていなかったのだが、きっと口裏を合わせてくれるだろうと少女は期待していた。

 しかし永原はあろうことか歩美にも声をかける。

「それなら向井さんも一緒でいいよ。車で迎えが来てるから送るし。あ、ゆずきは俺の隣ね」

 何故お前が決めるのか意味がわからない。


 教室内の空気が冷えきっている。主に女子生徒の視線が痛い。空気を読んでさっさと帰ってほしかったのに、永原は何も気にしていなかった。意味がわからない。顔が良ければ何でも許されると思うなよ。

 ふざけるなと暴言を吐きそうになった少女は喉を鳴らして言葉を飲み込んだ。静かな教室にやけに響いた音に冷や汗を流しながら、ゆずきは親友へ目を向ける。

 どうか断って欲しいと願う彼女へ歩美はふっと表情を緩める。安堵したゆずきへ歩美は無情な言葉を告げた。

「いいじゃん、車で送ってもらおうよ。バス代浮くし」


 歩美の言葉にゆずきはショックを受けた。

 歩美の家から学園までは自転車でも通える距離ではある。しかし夏の熱射の中、汗だくで自転車をこいで通学するのは嫌だった。冬も寒いから嫌だった。両親は共働きで送り迎えは期待できない。

 だから彼女は春と秋の過ごしやすい気温以外の日はバスで通学している。そのため毎日バス代がかかるのでバイトをしていたのだ。それが今回車で送ってもらえると聞いて喜び、提案に乗ったらしい。

 友人の裏切りに思わずなんでと疑問をぶつけそうになったゆずきは気付く。彼女の瞳が楽しそうに笑っていることに。

 こいつ楽しんでやがる。趣味悪い。

 親友に対してそう思ったゆずきではあったが、長らく周りに同調してきたせいか誘いを上手く断ることが出来なかった。永原に提案され友人に肯定された。それ以上反論する言葉を持っていない彼女は、周りの空気に胃を痛めつつ少年の提案に乗る他なかった。


 車までの短い道程が酷く険しい。周囲の視線が痛い。歩美だって永原が好きだと言っていたが、何故平然としていられるのだろうか。ゆずきはひたすら苦痛に耐える。

 せめてもの救いは今週が終われば夏休みに突入することだろうか。万が一嫌がらせや虐めが始まったとしても、一週間なら何とか耐えられる気がする。長期休暇明けなら話題も薄れ、周囲の視線もましになるだろう。

 希望的観測を抱きながら少女は黒塗りの高級車を前に吐きそうだった。そもそも永原はゆずきの家を知っているのだろうか。まだ知らないのなら絶対に教えたくない。


「そういえば永原くん、うちらの家の場所知ってる?」

 ゆずきは口を開いた歩美によくやったと思った。そのまま教えず断る方向へ持っていきたかったのだが、そう上手くはいかない。

「知らないから場所教えてもらうか、近くで降ろそうかと思ってる」

「そうなん、おっけ。じゃあゆずきの場所も教えたげるから。はよ帰ろ」

 またしても親友の裏切りに彼女は内心歯噛みする。絶対後で鬼のように電話してフリーの時間を潰してやる。少女はそう決意した。


 歩美は一瞬だけ永原に目を向けると、「こっち乗るわ」と一声かけてから助手席へ乗り込んだ。必然的に後部座席は永原とゆずきの二人になる。永原の発言通り隣の席になってしまったゆずきは嘆き悲しんだ。

 面倒ごとは大嫌いなのに何故こんなことに。せめて自宅を知られるわけにはいかない。そう思った彼女は家から徒歩15分程離れたスーパーで降ろしてもらった。駐車場はかなり空いており問題なく停めることが出来たが、永原は少し不服そうであった。

「ほんとにここでいいの? 遠慮しなくていいんだよ?」

「ううん、大丈夫。ここから歩いてすぐだから。今日は送ってくれてありがとね。それじゃあまた明日」

 笑顔で手を振るゆずきへ永原は照れたように笑う。また明日と別れの言葉を告げて車が出発した後も、永原は姿が見えなくなるまで彼女へ手を振っていた。

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