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後日談 後編

 電車に揺られて数十分。水族館に到着した。

 最初ゆずきは車を使った方が早いのではないかと思っていた。しかし恭介がデートらしさを楽しみにしていることに気付いてしまい、何も言わずに従うことに決めた。

 周りに合わせてきた彼女にとってこれくらいは造作もなかった。


 ふと気付くと、いつの間にか手を繋いで歩いていた。全然気付かなかった。

 いったいいつから繋がれていたのだろうと記憶を探るのだが、まったく心当たりがない。もしかしたら電車に乗っている間に繋がれていたような気さえしてくる。

 いや改札を通ったのだからそれはないか。そう結論付けた時には水族館に到着していた。

 受付で入館料の1800円をすぐに支払えるよう、並ぶ前に財布を取り出したら恭介に手で制された。

「ここは俺が出すから、ゆずきはいいよ」

「え、いや悪いし。自分の分は払うよ」

「いいからいいから。デートなんだしさ、男が払うのは当然だろ」


 その言葉を聞いた途端、ゆずきは恭介の腕を引き顔を近付けた。

 思わず仰け反る恭介の顎を鷲掴み、無理矢理顔を合わせる。

「性別で物事を決めるのは差別だよ。私は義務感で支払われるのも、こんなことで恩を着せられるのも嬉しくない。その考えは改めて」

 恭介は真剣な彼女の眼差しに思わず頷くと、ばつが悪そうに言葉を紡ぐ。

「ごめん、そんなつもりじゃなくて。その、初めてのデートだから、ネットとかで調べたんだけど……ごめん」


 恭介が言うには、女性はデートのためにお洒落をして化粧をしてお金をかけているのだから、料金くらいは化粧などしない男性が持つべきだろうとのこと。

 それに彼は大会社の跡取り息子なので、金銭面もゆずきより遥かに余裕がある。

 また、今回のデートは嫌がる彼女を拝み倒して承諾させたようなものなのだから、せめて代金くらいは全額持つべきだと考えていたらしい。

 電車代も出そうと思っていたのだが、発券画面の慣れない操作に手間取っていた内に、ゆずきがさっさと買ってしまったので出し損ねたようだ。


 少女は溜め息を吐く。言いたいことはわかった。

 好きな子によく思われたい意識もあるのだろうし、彼からしてみればこの程度、はした金にすらならないのだろう。

 いずれ高級なバッグどころか車すらプレゼントしかねない勢いの彼氏に、ゆずきは諭すように腕を叩いた。


「確かに奢られて当たり前って思う人もいるし、私だって善意の行為は嬉しいよ。でもさ、私とあんたは一応恋人同士っていう対等な立場なんだからね。お金で心と時間を買ったんじゃないでしょ」

 それに、と言葉を切る。

「恭介のお金は恭介のものだよ。お金で繋がってる関係じゃないんだから、貢ぐような真似はしないで」

 恭介の目が見開かれる。ゆっくりと瞬きを繰り返し、そして心底嬉しそうに笑った。

「ん、わかった」

 ゆずきにはその笑顔の理由がわからなかった。


 手を繋いで水族館を巡る。魚を流し見る。ジュゴンやアザラシを軽く眺める。触れ合いコーナーのナマコを恐る恐る触る恭介を視界に収める。

 イルカショーではイルカが芸をする度に、隣で凄い凄いとはしゃぐ声が聞こえた。子どもか。


 正直ゆずきには水族館の楽しみ方がわからない。イルカやペンギンならばともかく、魚を見て何を思えばいいのか。

 ぼんやりそんなことを考えていると、恭介がソフトクリームとジェラートを買って戻ってきた。

「桃のソフトクリームと苺のジェラート、どっちがいい?」

「どっちでもいい」

「じゃあ半分こしよう。俺残った分食べるから」

「いや、残った分とかじゃなくて。ちゃんとどっちか食べなよ。決められないなら一口あげるし」


 こんなところでも彼女を優先させようとする恭介に、ゆずきは不満そうな顔をする。それを見てますます嬉しそうに笑う恭介。

 理由がわからず彼女は首を傾げた。

「さっきから何? 言ってくれなきゃわからないけど」

「うん? たいしたことじゃないよ」

 そう前置きしてから彼は話し出す。

「ゆずきが俺に気を遣わなくなったのが嬉しくて」


 面倒なことが嫌いで、周りに合わせて行動してきたゆずき。その彼女が自分の考えを主張して、きちんと話し合いをしてくれる。大事なことは誤魔化さずに、納得できるまで会話をしてくれる。

 その事実が嬉しいのだと恭介は笑った。

「外堀から埋めていったからさ、もう二度と本音で会話とか出来ないんじゃないかと思ってた」

 恭介が眉を下げてどこか泣きそうな顔をしている。

 カップで買ったので手は汚れずに済んでいるが、ソフトクリームもジェラートも表面が溶けかけていた。


 ゆずきは思い出す。たった数日で外堀を埋められて、知人が結託し何か自分には及びもつかぬ計画を実行していく恐怖を。

 自分の意思はことごとく無視され、無下にされ、家にもどこにも逃げ場のない戦慄を。

 今思い出しても鳥肌が立つ。トラウマになっている。きっと生涯、あの日を忘れられることはないのだろう。


「……許したわけじゃないよ」

 ぼそりと呟いた言葉に、少年の肩が震えた。ぐしゃりとカップが凹み、溶けたソフトクリームが揺れる。

「でも、一生許さないわけでもない」

 視線を合わせる。まっすぐに彼の顔を見詰める。

「だから。あなたのこれからに私は期待します」

 泣きそうな顔をして恭介は一度頷いた。一気にカップの中身を飲み干すとゴミ箱に捨てる。


 ゆずきの両手を取り、潤んだ瞳で震えた言葉を吐き出した。

「生涯をかけて償います。それでも、それ以上に君が好きなんです」

 だから、どうか。

「結婚を前提に、俺と、お付き合いしてください」


 ジェラート越しの告白は相変わらず締まらない。どことなく情けない雰囲気に、ゆずきは思わず笑ってしまった。

 結局少女漫画のような感動的な幸せなんて訪れなかったけれど、これからの未来に期待してもいいのだろうか。


 飲み干したカップを捨てる。再び手を繋いで歩き出す。

 周りに合わせてばかりだったけれど、今後は二人、お互いに合わせていこうと。例え面倒でも、互いが納得できるまで話し合えればいいと。めでたく終わる未来を思って、二人で笑い合った。

これにて完結です。最後までお付き合い下さりありがとうございました。

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