プロローグ
「ふざけんな!まさか浮気でもしてんのか?」
葉桜がそよ風によって揺れる、太陽の暖かな光が差し込む学内の裏庭に怒号が響いた。人はまばらながらも、数人は音源に向けて視線を走らせる。僕もそのひとりだ。
視線が集まった先にいたのは、わが校の一部で名を知られている女子生徒と、恋人とおぼしき男性だった。女子生徒の名は、優香さんという。
「浮気?してないわよ」
「じゃあこの野郎とのメッセージはなんなんだ!?」
「ああ、それ彼氏よ」
男性は煌びやかなケースに入った優香さんの携帯を、ずいっと優香さんの顔に半ば押し付けるようにして叫ぶ。それにさも当たり前のように優香さんは彼氏と言った。では目の前の男性は?
「はあ!?俺のことは本気じゃなかったのか?」
「そんな怒鳴らないでくれる?うるさいんだけど」
「……俺のことは本気じゃなかったのか?」
男性は彼女の言葉に気圧されながらも、答えのこなかった質問を反芻する。目前で行われるやり取りは昼ドラのようにどろどろ湿っぽいのに、中庭に吹くそよ風はやけに爽やかだ。
「そんなわけないじゃない。あなたも彼氏だったわ」
「あなたも、ってお前……!」
悪びれもせず言い切る優香さんに、男性はわなわなと震え顔を真っ赤に染めた。怒りをあらわにした男性は拳を握っていて、なんだか嫌な予感がしてじっとふたりの話に耳をすませる。それは周りも同じのようで、ピンと張り詰めた空気が流れた。
「だってわたし、あなたを抜いて彼氏が七人いるもの。あなたはいま別れたからカウントしないわ」
その言葉に愕然としたのは、僕だけじゃないみたいだ。どこからか「え?」と驚きの声が聞こえた気がする。男性も、周りの人々もあまりの数にぽかんと口が開いたままだ。
しかもいま別れたから、ということはつい先程までは八人も彼氏がいたことになる。たしかに彼女が股がけしているという噂は聞いていたが、せいぜい二、三人だと思っていた。
「じゃあね、あなたと話をするほど暇じゃないの」
僕や、ギャラリーや男性が呆然としている中、優香さんは元彼氏の男性の手から携帯を奪い取って、大学の校舎の中に消えていく。
まわりを置いて自由に荒らし去ってしまう姿は、台風のようだと思った。