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竜の階  作者: ムルコラカ
第二章 王都への旅路
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第八十八話

 「そう言えば、追手も一旦撒けたところで訊いておきたいんだが」


 と、先頭を行くマルヴァスさんが弓を片手に前方を警戒しながら言った。ただし、ワームとの戦いを経た所為で矢筒にもう矢は残っていない。敵と遭遇した時に虚仮威しのはったりとしてまだ使える、とは本人談だ。


 「あの崖から落ちた時、お前達はどうやって助かったんだ?」


 「おう、それだよそれ」


 と、殿しんがりを務めるローリスさんも声を上げる。


 「ずっと気になっていたんでさァ。あの時、俺はもう駄目かと思って心底絶望しやしたぜ。こうなったら一匹でも多くのオークを道連れにして、お嬢様への手向けとしてやろうかと」


 「短気を起こさないで下さって嬉しく思いますよ、ローリス殿」


 メルエットさんが振り返ってローリスさんに微笑みかけると、彼は照れたように額を掻いた。


 「実はですね…………」


 と、僕はあれからの経緯を掻い摘んで説明した。


 「ほう、風の魔法ね……。転落の途中で、ナオルがそれを使ったと言うのか」


 「それが、良く分からないところなんですよね……」


 僕はヨルガンから受けた魔法についての説明を思い出しつつ、マルヴァスさんに疑問を呈する。


 「ヨルガンが言うには、人間が魔法を使うには『魔法陣を描く』か『魔法印を組む』かの二択らしいんです。でもあの時、僕はどちらの方法も知らなかった。メルエットさんやコバを助けたいと強く願ったら勝手に魔法陣が出現した、といった感じでした」


 「なんだそりゃ? 随分都合の良い話だな」


 ローリスさんが呆れたように溜め息を吐く。


 「ですよね……。だから分からないんです。魔法陣が現れたと思ったすぐ後に僕も気を失ってしまったので、実際の所本当にあれが魔法だったのかどうか、僕達がどうして助かったのか、まさしく真相は藪の中と言うしかありません」


 「ふーん、なるほどな。だが現実に、あれだけの高さから落下してもお前達はこうしてピンピンしてるんだ。やはりナオルの魔法のお陰、と考えた方がしっくりくる」


 マルヴァスさんは確信を込めた口調で頷く。


 「“渡り人”っていうのはとにかく未知数だからな。常人では及びもつかない魔法を、必要な手続き無しに使えたとしても俺は驚かない。ナオルに秘められた潜在能力が開花しつつある、とは考えられないか?」


 「潜在能力、ですか……」


 ヨルガンも似たような事を言っていた。実際、魔法陣の簡易式である魔法印(印契)ですら、僕はあれ程の威力を持つ火球を生み出せるんだ。もっと反則的な使い方が出来たっておかしくないのかも知れない。

 ……反則、ずる、チート。何か努力した訳でもないのに備わっている力、か。

 なんだかなぁ……とモヤモヤする話ではある。しかし、それでも役立つ力である事には変わりがない。今僕達が置かれている状況は極めて厳しいのだ。使えるものは何でも利用するのに越したことは無い。今後も、出し惜しみする余裕なんてきっと無いだろうから。

 問題は、魔法を撃った時の反動が大きいという点だ。印契で火球をぶっ放す度に、一々僕自身も後ろにぶっ飛んでいてはとても実用的とは言えないし、何より僕の生命が危ぶまれる。魔法陣なんて描いた暁にはどうなる事やら。

 まぁ、魔法陣を使用するには複雑な術式を指で正確になぞらなければならないので、今の僕には印契以上に到底使いこなせないだろうけど。ヨルガンが一度描いているのは見たけれど、半分も覚えていないし。




 ――あいつを楽にしてやんな。あんたの魔法で。




 ……と、そこでまたしても先程の夢が脳裏をチラつく。姉さんが虚空に描いた魔法陣が、僕の記憶に焼き付いている。


 「………………」


 無意識に胸のペンダントを握り締めた。あの夢は一体何だったんだろう? 姉さんは僕に何を伝えたかったんだろう? “あいつ”というのは、つまり…………。


 「ところで、マルヴァス殿らはあの後どうなさっていたんですか?」


 メルエットさんの声が、僕を思索から引き戻す。


 「護衛兵の皆は、残念ながら皆戦死してしまいました。私は、お二人も犠牲になったものとばかり思い込んでおりましたよ」


 「はは、期待に添えなくて悪いが、こう見えて往生際は悪い方なんでね」


 マルヴァスさんは、いつものように茶化すような口ぶりで笑ってみせる。


 「あのままやられっぱなしじゃ腹の虫がおさまらない。一旦退いて、慎重に隙を伺いながら大将首でも狙ってやろうってな。やけっぱちの玉砕じゃなく、堅実な復讐にこの生命を燃やしてやろうぜ、ってそいつを説得して、どうにか戦場を離脱したんだ」


 そう言って親指で後ろの“そいつ”、ローリスさんを指差す。差されたローリスさんは「ふん!」と大きく鼻を鳴らして忌々しげに応えた。


 「まんまと口車に乗せられちまいやしたよ! この俺が、敵に対して背を向けるなんざ、あの大戦の頃は考えらんねェ話だってのに!」


 「でも、結果的に良かっただろ? こうしてメリー達を助け出せたんだから」


 「だから余計に癪に障るんだよ! テメェみてーなスマシ野郎の言葉に従った結果だというのがな!」


 「まあ、それではローリス殿は、私とこうして再会出来なくてもよろしかったと? 私は貴方を頼りと思っておりますのに、非道い御仁ですね」


 メルエットさんがからかうように口に手を当てると、ローリスさんはたちまち慌てだした。


 「い、いやいやお嬢様! そうは言っておりやせんって! 俺の生命は、お嬢様に捧げてまさァ! お嬢様の御無事なお姿をこうして拝見出来て、咽び泣きたいくらいなんでさァ!!」


 「はい、分かっておりますよ。私を背中に庇ってオークから護ってくださった事、生涯忘れは致しません」


 今度は一点の曇りも無い、ケチのつけようのない完璧な笑顔を浮かべてみせる。ローリスさんの顔が見る見る朱に染まる。


 「あ……お……! お、畏れ多い……です……っ!」


 口をパクパクさせながら絞り出すようにそれだけ言うと、ローリスさんは俯いてしまった。


 「ふふっ、今は何も褒賞出来ませんが、貴方の功にはいずれ相応の形を以って報いましょう。変わらぬ忠義に感謝します」


 「…………御意ッ!!」


 なんだか、良い関係の二人だな。


 「はははっ、武人として冥利に尽きるなァ、ローリスよォ。…………ん?」


 微笑ましそうなマルヴァスさんの声が、途中で訝しげなものに変わった。


 「どうしたんですか、マルヴァスさん?」


 「……見ろよ、あの光を」


 「光?」


 マルヴァスさんの指の先を追う。すると少し先の前方で、確かに青白い光が灯っている。更に良く目を凝らしてみると、その光はいくつもの点から形作られており、それぞれが不規則な軌跡を描いて宙を漂っているのが分かった。


 「あれは…………」


 と言い掛けて、ふと思い当たった。


 「……! あの光、もしかして……!」


 メルエットさんも気付いたようだ。僕とメルエットさん、それからコバは三人で互いに顔を見合わせながら頷き合うと、誰からともなくその光に向けて駆け出した。


 「お嬢様!?」


 「おいおい、どうしたんだ!?」


 ローリスさんとマルヴァスさんが呼び止めるので、振り返らずに返事をする。


 「二人共来て下さい! あの光、見覚えがあります!」


 言ってる間も足を止めない。ややあって目の前が開け、予想通りの場所が現れた。


 「スファンキル……!」


 僕の声に応えるように、大量の青白い光が舞った。

 そう、此処は以前メルエットさんが見つけた、スファンキルが生息する泉だ。あの時は昼間だったが、同じ場所であると直感で分かる。

 それはまさに幻想的な光景だった。

 スファンキルの群れが空を泳ぐのに合わせて、青白い光の粒子が美しい流線を描きながら尾を引く。澄んだ水面が光の舞踊を遍く反射し、静止する月と星々の煌きを補完するかの如くその周囲を彩る。深い夜を染め抜く漆黒の闇の中で、神々しさすら感じられる光のステージが形成されていた。


 「凄い……! なんて綺麗なの…………!」


 メルエットさんが圧倒されたようにそう呟く。彼女も、きっと僕と同じように眼前の光景に完全に目を奪われている事だろう。

 嫌な記憶なんて、全て忘れさせてくれるような美しさ。感極まる余り、呼吸すら忘れそうだった。

 夜にこの泉を見られたら、と思っていたけど、まさか本当にそれが叶うとは。


 「おお……! こりゃあ大したもんだなァ……!」


 マルヴァスさんの息を呑む声が聴こえる。二人共追いついたようだ。


 「スファンキルが一箇所にこれだけ集まっている景色は初めてみたぜ。ネルニアーク山にこんな場所があるなんて思わなかったが……ナオル、お前此処に来た事があるのか?」


 その問い掛けで、僕は現実に引き戻される。


 「そ、そうですマルヴァスさん! この場所は、僕達が落ちた崖から遠くないんです! つまり、元の道に近づいてきたって事ですよ!」


 「なるほどな。どうやら進む方向は間違ってないようだ。とすれば、一先ずお前達が落ちた地点まで行ってみるか。崖沿いに伝っていけば、もしかすると元の道と繋がるかも知れない」


 「はい! …………うっ!?」


 喜びに声を上げた直後、不意に胸に痛みを感じた。

 この感覚、まさか……!?

 

 「…………っ!?」


 自分の胸を見る。案の定、あの赤い魔法陣がまた顕れていた。


 「おいナオル、それ……!」


 マルヴァスさんが気付いて息を呑む。他の皆も緊張と驚愕で身体を強張らせた。

 そして、地面の振動が始まり、辺りの木々を揺らし、泉の水面に大きな波紋を生み出す。


 「…………来る! 来ます、“あいつ”が……!!」


 ここまでくれば否が応でも分かる。この胸の痛みと赤い魔法陣。

 これは…………“あいつ”の接近を報せる信号なんだ!

 振動が更に激しく、大きくなる。少し離れた先の地面が隆起し、上にそびえ立っていた樹木達が左右に傾いだ。

 そして、そこから噴水のように飛び出してきた、“あいつ”。






 ――ギョアアアアアアアッッッ!!!







 山を割らんばかりの怒りの咆哮を上げ、ネルニアーク山の主が。

 竜の眷属たる巨大なワームが、僕達と三度目の邂逅を果たしたのである――――。

次回、ワームとの決戦。そして決着へ。

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