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竜の階  作者: ムルコラカ
第二章 王都への旅路
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第八十五話

 「やはりまだ此処に留まっていたな、メルエット・シェアード・イーグルアイズ!」


 「レブ……!」


 立ちはだかるレブの形相に、僕達は息を呑んだ。

 ワームの乱入で部下を喪いながらも、ひとりで僕達の脱出を阻むつもりだ。


 「忌々しいワームよ。ネルニアーク山の時といい、尽く戦局を乱しおる。お陰で要らぬ犠牲が増えたわ」


 暴れまわるワームに流し目を送りながら、心底腹立たしげに吐き捨てる。だが構えは崩さない。全神経を僕達に向けて尖らせているのが分かった。

 ふと、レブが僕を見た。


 「ナオル殿――」


 目を細め、低く唸るような声を出す。彼が何を言いたいのか、僕には分かっていた。


 「貴君が我々に対して立てた誓い、よもや忘れてはおられぬな?」


 「ええ、覚えていますよ」


 僕はしれっと言った。


 「――ただし、一切合切全部が嘘ですけどね」


 内心で冷や汗をかきながらも、はっきりそう告げる。


 「我々を謀ったか。それが貴君の礼儀なのか?」


 激高するかと思い切や、レブは僕を睨みつけながらも冷静にその不義を詰る。

 僕も静かに、だけどしっかりと拒絶の意思を込めて反論する。


 「すみませんが、あなた方に礼儀だの義理だのを要求される筋合いはありません。あなた方は、僕達に騙し討ちを仕掛け、メルエットさんを人質にとって僕に服従を強いた。フェアじゃありませんよ。不公平で、誠実さに欠ける交渉に、どうして僕が応じなくちゃならないんですか? 圧倒的優位に立つあなた方から逃れる為なら、二枚舌だろうと三枚舌だろうと使いますよ」

 

 意外にも、レブはそれを聴いて頷いた。


 「うむ、貴君からすれば甚だ迷惑であったであろうな。そのような心境に至るのもやむを得ぬかも知れぬ」


 「だが、」とレブは続ける。


 「それでも貴君は我の前で誓いを立てた。貴君にとっては嘘であっても、我は誠の言葉と受け取ったのだ。それを貴君は土足で踏み躙り、武人の誇りを怪我した。そのけじめは、どうあってもつけてもらおう!」


 目に怒気と戦意を溜めながら、レブが低く腰を落とす。


 「どのような策を弄そうと、どのような妨害があろうと、我もオーク十二将と謳われた武人! 我が誇りにかけて、貴様らは決して此処から出さん!!」

 

 言い終わるが否や、レブは盾を前面に押し出してこちらに突進してきた。


 「往生際の悪ィ廃れオークが! テメェの相手は俺だ!!」


 ローリスさんがすかさず前に躍り出て《トレング》を突き出した。大槌と盾が激突し、重厚かつ甲高い金属音を奏でる。鐘突きみたいだ、と一瞬そんな呑気な思考がよぎる。あれに比べたら鬼気迫りすぎているが。


 「お嬢様! 今の内に! コイツは俺が引き受けます!!」


 盾に《トレング》を突き付けたままローリスさんが叫び、そのままレブと力での押し比べに突入する。一度は戦いにおいて劣勢に立たされたとは言え、ローリスさんも尋常では無く強い。拮抗した押し合いになった。流石にレブにこちらを気にする余裕は無い。それを見て取った僕達は、互いに頷き合うと再び荷車へ向けて走り出した。


 「少しだけ耐えて下さいローリス殿!」


 駆けながら激励するメルエットさん。「はっ!」という、気合いとも返事とも取れる応えが返ってきた。

 ワームはマルヴァスさんが、レブはローリスさんが引き付けてくれている以上、行く手を阻む者は最早無く、僕達は無事に荷車まで辿り着く。近寄ってみて改めて分かったのだが、やはりこの荷車は大きい。取っ手の端から端まで、両腕を広げて尚余るスペースがある。動かすには、二人でそれぞれ取っ手の左右を握って押すしか無い。


 「二人で押していこう。僕はこっちを持つからメルエットさんはそっちをお願い」


 「分かったわ、ナオル殿」


 メルエットさんは素直に取っ手の右側を掴む。同時に、コバも荷台に張り付いた。


 「コバめも、微力ながらお手伝い致しますです!」


 ……《棕櫚の翼》から落ちるローリスさんを助けた時も、サーシャと三人でこうやって干し草を積んだ荷車を運んだっけな。

 ふとそんな事を思い出し、僕は頭を振って気持ちを切り替えた。今は感傷に浸っている場合じゃない。

 僕は、一度だけ後ろを振り返った。マルヴァスさんもローリスさんもまだ無事だ。二人が身体を張って作ってくれたこのチャンスを逃してはならない。


 「せーの、で押そう。いくよ……! せー……のっ!」


 僕の掛け声に合わせ、メルエットさんとコバが渾身の力を込める。僕も力の限り掴んだ取っ手を押した。肩の傷に響いたけど我慢する。魔法の反動を叩き付けられるよりはマシだ。大きな荷車だけど、積み荷が無いお陰もあってすんなりと動かす事が出来た。ワームの出現と暴走によって凸凹に隆起した地面を避けつつ慎重に西門を目指す。焦りで気ばかりが急くものの、地面の凹んだ部分に車輪を取られたら目も当てられなくなる。僕達は逸る心を抑えて、地面の先を確認しながら細心の注意を払って荷車を進ませていった。

 幸いにもその努力は報われ、荷車は無事に西門の外へ出る。


 「見てナオル殿! 坂よ!」


 メルエットさんが荷車の先を指差す。マルヴァスさんの言った通り、西門の外は急速な下り坂だった。荷車の車輪も問題なく回ったし、これなら勢いに任せて逃げられそうだ。問題はそこが森であり、木が群生している点だが……今更蒸し返すまい。


 「マルヴァスさん!! ローリスさん!! こっちの準備は出来ました!! 早く来て下さい!!!」


 僕は息を吸い込み、出来る限りの大声で二人に呼びかけた。

 マルヴァスさんの姿はワームの攻撃で辺りに舞い上がる粉塵の中に隠れてしまっており、聴こえるかどうかちょっと不安だったが、ローリスさんはすぐに反応してくれた。僕達をチラッと見て、レブに対して残心を示すと身を翻してこちらに駆け出した。


 「待てっ……!」


 すぐに後を追おうとしたレブの横を、風のような疾さで影が通り過ぎる。土埃から飛び出してきたマルヴァスさんだ。良かった、彼にもしっかり僕の声が届いていたらしい。

 安堵する僕。だがその後ろから、ワームが襟巻きを逆立てて口を大きく開いているのが見えた。その奥でゴポゴポと泡立つ液体。


 「あれは……! 危ないマルヴァスさんっ!!」


 僕が叫んだ時には、もう既にワームは溶解液を吐き出していた。だが逃げるマルヴァスさんの疾さは降り注ぐ溶解液の速度に勝り、ワームの溶解液はマルヴァスさんが走った後の地面を横薙ぎに横断する形となった。

 土を溶かし、煙と塵が立ち上ってレブの姿を覆い隠してしまう。あの中を潜って僕達を追うのは不可能だろう。


 「ぐおおおおッ……!! おのれ、覚えておれ!! 決して、このままでは済まさぬぞ!!!」


 風に乗って、レブの悔しげな声だけが僅かに届いてくる。


 「お嬢様、お待たせしやした!」


 「ナオル、メリー、よくやったな!」


 ほぼ同時に二人が荷車へ辿り着く。これで全員合流だ。もう此処を離れるのに未練は無い。


 「さあ、逃げましょう! メルエットさん、コバ、乗って!」


 僕は先に二人に乗るように促した。二人が囲いを越えて荷台に乗り込むのを見ながらマルヴァスさんが言う。


 「ナオル、俺とローリスで押すからお前も早く乗れ」


 「でも、それじゃあ……」


 「つべこべ抜かすな! さっさと乗りやがれ!!」


 ローリスさんに凄まれ、僕は首をすくめる。やむを得ず荷台に足をかけ、囲いを掴んだ時だ。




 ――ギュオオオオオッッッ!!!





 ワームが一層高い鳴き声を上げ、煙を突き破ってこちらに突進してきた。

 僕は急いでマルヴァスさん達に頼む。


 「先に乗って下さい!」


 「何言ってやがる!? それよりとっとと……!」


 「考えがあるんです! ローリスさん、お願いですから!」


 「テメェ、いい加減に……!」


 「待てローリス! ……良いんだな、ナオル?」


 「はいっ!!」


 マルヴァスさんの目を見て、僕ははっきりと言った。マルヴァスさんは確信を持った顔で大きく頷く。


 「乗るぞ、ローリス!」


 「ちっ……! 口だけだったら許さねェからなッ!?」


 二人がひらりと身体を浮かせて荷台に飛び込む。それを尻目に、僕は荷台の足場に腰を落とし、背中を囲いにピッタリとくっつけた。

 そして、両手で火の印契を結ぶ。


 「(どうか背骨や腰の骨が折れたりしませんように……!)」


 身体の無事を祈りながら、印契に魔力を込める。すぐに赤い光が組んだ両手から広がってゆく。

 ワームはもう目前にまで迫っている。


 「(……仕方無いんだ、恨まないでくれよっ!!)」


 心の中で相手に許しを請いながら、僕は――

 



 ――ギャッ!?




 膨れ上がった魔力を火の玉に換え、ワーム目掛けてそれを発射した。

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