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竜の階  作者: ムルコラカ
第二章 王都への旅路
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第八十三話

 「は…………?」


 新たな展開を見せたマルヴァスさんの論を聴いて、僕の頭の中でクエスチョンマークが踊る。

 第二王子?この国の?モントリオーネ卿がその信奉者?それとこの事態がどう繋がると言うのだろう?


 「まさか……!」


 メルエットさんが驚愕の表情を浮かべる。彼女には意味が分かったらしい。


 「メルエットさん、どういう事? 第二王子って誰?」


 「国王陛下の次男、ラセラン王子よ。二番目の王位継承権をお持ちのお方だけど……」

 

 困惑したように言葉尻を濁すメルエットさん。内心の動揺を表すように視線が地面の上を彷徨っている。

 その間にもマルヴァスさんの推論は続く。僕の疑問は、続く彼の言葉によって氷解した。


 「今ここで明らかにしてやろう! モントリオーネの狙いは、第二王子ラセランの擁立だ!」


 力強く断言したマルヴァスさんが、これ見よがしに羊皮紙を広げる。


 「モントリオーネはラセランと親しかった! 彼を推し立て、第一王子を退けてダナン王国の王太子として据えるつもりだ! そしてあんたらオークにとっても、奴の思惑通りに事が運ぶのは都合が良い! 第二王子がソラスとの同盟関係について懐疑派だという話は広く知られているからな! 利害が一致したお前達は手を結び、水面下で計画を進めようとした!」


 なるほど、それなら筋が通る。要は何処にでもある、国家の主導権を巡った跡目争いに他ならない。第二王子を立てたがっているという事は当然政敵となる第一王子も居る訳で、現在次期国王と目されているのはその人なんだろう。それを覆す為にモントリオーネ卿は陰謀を企み、そこにレブが加わったと、そういう事情か。

 ただし、分からないのはどうしてそこでメルエットさんが絡んでくるのか、だ。今回の彼女の旅は、《棕櫚の翼》によるマグ・トレド襲撃を国王へ報告して対策を講じるよう促す為の使者、という使命を帯びてのものだ。彼女自身、こんな政争に関わっているとは思えないし、わざわざ襲って拉致する理由も無いように見える。それでも、モントリオーネ卿に彼女を狙う理由があるとすればそれは……彼女の父親に関係があるのではないか?


 「メリーを、イーグルアイズ伯爵の一人娘を拐かしたのも計画の一端なんだろう!? 何せあのマグ・トレド伯は、第一王子の強力な支持者で後援者だからな! メリーを人質にしてイーグルアイズを牽制するつもりだったんだろう!? そうやって、第一王子を守る盾を一枚一枚剥がして丸裸にしようってのがモントリオーネの魂胆だ!! しかし自分でそれをやると角が立つから、表向きは親切面をしてメリーを誘導し、裏であんたらを動かした! 違うか!?」


 僕の心中に浮かんだ疑念が、マルヴァスさんの語り口によってどんどん晴れてゆく。彼の言葉に煽られた所為もあってか、僕は段々と腹が立ってきた。

 竜がマグ・トレドを焼き払って、多数の犠牲者が出た。サーシャもそのひとりだ。しかもイーグルアイズ卿の予想では、北の帝国がこの機を捉えて何らかの軍事行動を起こす恐れもあると言う。国家を揺るがす一大事が起きているという時なのに、モントリオーネ卿は権力闘争しか眼中に無く、イーグルアイズ卿を政敵もしくは仮想敵と見做して娘のメルエットさんを利用しようとした。言語道断の行いだ。あの宴会の席で、一致団結していこうとメルエットさんと語り合っていたあの姿は何だったのか。

 内憂外患。この国の現状はまさにそれだろう。


 「そんな事で……? そんな事で、皆は…………!?」


 メルエットさんがはち切れんばかりの張り詰めた表情で身体を震わせる。これ以上少しでも刺激したら、涙が堰を切って溢れ出してしまいそうだ。

 無理もない。自身に落ち度があった訳でもなく、ただ伯爵の娘であるという理由だけで身柄を狙われ、多数の仲間が生命を落としたのだ。彼女の心中は察するに余りある。

 しかし、彼女が自分を責める必要は無い。悪いのはモントリオーネ卿なのだから。


 「メルエットさん」


 僕は、自然に彼女の手を握った。彼女は驚いた顔で僕を見てきた。

 僕は彼女の目を見て、強く言った。


 「必ず、王都まで辿り着こう」


 多言は控えたが、言葉に込めた気持ちは伝わってくれたらしい。メルエットさんは少し安心したように肩の力を抜き、僅かに微笑んだ。


 「……ええ。自分から志願したお役目だもの。きちんと果たさないとね」


 「お嬢様…………」


 ローリスさんは何か言いたげに僕達を交互に見たが、結局はそのまま口をつぐんだ。

 僕はマルヴァスさんの方へ目を戻した。彼の告発はいよいよ大詰めを迎えようとしていた。


 「残念だったな! モントリオーネは下手を打ったぞ! メリーは既に此処には居ない! お前達の繋がりを示すもう一枚の書状を持って、今頃はランガル領に向かっているさ! あの間道が王都への近道だという情報は本物だったようだからな! 俺達を罠に掛ける為の餌だったんだろうが、見事に食い逃げされたってワケだ! 傑作だと思わねーか!? はっはっは!!」


 勝ち誇ったように哄笑するマルヴァスさんと対照的に、レブは不気味な程静かだった。


 「さあどうするよ、オークの大将! じきにモントリオーネは外患誘致で謀反人と断定され、カリガ領へは討伐軍が差し向けられるぜ! 今の内に奴を手を切って、尻尾を巻いて逃げた方が――」


 「殺せ!!!」


 怒鳴るような命令一下、振り下ろしたレブの手を共にオーク達の弓から一斉に矢が放たれる。

 が、マルヴァスさんはそれを予想していたように素早く反応し、言葉を区切り飛ぶように地を蹴って僕達の居る物陰へと駆け込んできた。

 直後に一瞬前までマルヴァスさんが立っていた地面に次々と突き立つオークの矢。


 「マルヴァスさん!?」


 「っと、危ねえ危ねえ。肝を冷やしたぜ」


 対して焦ってもいなさそうな口調でマルヴァスさんは壁に張り付き、端から向こうの様子を窺った。


 「奴ら、武器を構えて向かってきてる。どうやら完全に頭に血が上ったようだな」


 僕もこっそりと彼の後ろからもう一度顔を覗かせた。確かにオーク達は弓を収め、それぞれ剣と盾を構えてじりじりとこちらへ近付いてきている。数は少ないけど、動き方に乱れが一切無い。更に、レブもその少し後ろから付いてきている。


 「接近戦ならこっちのもんだ! 近くまで来たところを叩きのめしてやろうぜ!」


 ローリスさんが鼻息荒く《トレング》をしごく。


 「見くびるなよ、ローリス。奴ら、恐らくはレブ麾下の親衛隊だ。練度は此処のオーク共の中で一番高い」


 マルヴァスさんも弓を仕舞い剣を抜く。そして僕とメルエットさん、コバを順番に見渡した。


 「お前達は此処に隠れてろ。俺達が片付ける」


 「でも、マルヴァスさん……!」


 「なんだ、ナオル? まさかお前が、魔法で奴らを撃退してくれるのか?」


 僕は驚いてマルヴァスさんを見た。彼は意味深な目で僕を見ている。


 「使えるようになったんだろう? さっき聴こえた轟音と赤い火。あれはお前がやったんだろう? メリー達が無事に此処まで逃げてこられたのも、お前の功績に依るところが大きいんじゃないか?」


 「それは…………」


 マルヴァスさんは全てを見透かしたように静かに言う。

 確かに、一種類だけとは言え、僕は印契の使い方を覚えて自分の意思で火の魔法を放てるようにはなった。この開けた屋外でなら、たとえ反動で吹き飛ばされても距離が勢いを和らげ、地面が僕を受け止めてくれる。だけど…………。

 僕は生唾を飲み込んだ。

 ローリスさんを助けた時のように、何処かあらぬ場所へ魔法を当てて相手の気を逸らす、という方法はもう通じないだろう。やるなら、あの力を直接相手にぶつけるしか無い。あれだけの威力、たとえ精鋭と言えど喰らえば一溜りも無いだろう。

 それが、怖い。人間ではなくオークだと思っても、自らの手でその生命を奪う事に拭い難い抵抗感があるのだ。

 僕の逡巡を見て取ったのか、マルヴァスさんはふっと笑う。


 「まあ、無理にとは言わん。“覚悟”なんて、一朝一夕では中々決まらんしな」


 「マルヴァスさん……」


 「安心しろ、責めたりしないさ。此処は俺達に任せておけ」


 ぽん、と軽く僕の肩を叩くと、マルヴァスさんは再び壁に張り付いて外を覗き込む。


 「……そろそろ頃合いか。ローリス、準備は良いな?」


 「いつでもいけるぜ!」


 武器を手に、戦意を高ぶらせる二人。それを見て、僕の心に焦燥感と罪悪感が広がる。メルエットさんも、何かを耐えるようにじっと二人を見ている。


 『部下を矢面に立たせ、自らは隠れてやり過ごすのか!?』


 先程のレブのセリフが胸を抉る。メルエットさんに向けて放った言葉だったのだろうが、実は僕にも当て嵌まる現実なんじゃないのか?

 魔法が使えるようになったのに、戦う力が備わったのに、誰かを傷付け死なせる事を恐れて、こうして隠れて縮こまっている。

 それで良いのか? マルヴァスさんとローリスさんに甘えて、依存しているだけじゃないのか?

 レブの強さを思い出せ。ローリスさんをサシの勝負で圧倒していたじゃないか。あのオーク達は、そのレブが信頼する部下達だ。生易しい相手じゃない。おまけにレブ本人まで一緒だ。如何にこの二人でも、直接対決では分が悪い。

 だったらもう、やるしかないんじゃないのか……!?


 「(兄さん、姉さん……! どうか、僕に勇気を……!)」


 縋るような気持ちで、僕はヨルガンから取り戻して再び首に掛けたペンダントを握りしめようと胸に手をやって…………。

 ……胸?


 「なんだ、これ……!? 僕の胸に……!?」


 僕は驚愕した。鳩尾の辺りで、赤く光る魔法陣が浮かび上がっている。この術式、忘れようもない。


 「……!? ナオル殿、それは……!?」


 「ナオル様……!?」


 メルエットさんとコバも気付いた。

 

 「ヨルガンに掛けられた、呪いの魔法陣……!」


 思い出のペンダントを媒介にして僕に仕掛けた、ヨルガンの『呪印』。僕がヨルガンに攻撃を加えれば発動して、容赦なく僕の生命を奪うという、あの盗賊の頭に施されていたのと同じ恐ろしい呪いだ。

 それが、何故今!?


 「うっ……!?」


 胸に、絞め付けるような痛みが走る。恐怖感で生まれる錯覚ではなく、本物の痛みだ。まさか、ローリスさんを助けた際に成り行きでヨルガンが怪我を負った所為か!? 今になって、時間差で僕の攻撃だと判断されて呪いが発動したのか!?

 僕は、このまま死ぬのか……!!?

 絶望感の余り、身体が震える。特に足元など、見ていて自分でも滑稽になるくらいガクガクと……。


 「……?」


 いや、違う。この感覚、これは……地面そのものが揺れてる!?


 「なんだ……!? 地震か!?」


 マルヴァスさんの驚く声が聴こえる。地面の揺れは収まるどころか、どんどん強くなってくる。すぐに立っていられなくなり、僕は壁に手をついた。

 それと同時に、僕の頭の中であるビジョンが浮かび上がる。物凄い勢いで地中を掘り進む、一筋の黒い線。その先端で黄色く光る、六つの光。

 闇の中で、僕とそいつが対峙する。





 



 《サガシタゾ――――》







 地獄の底から響くような、重圧感のある厳かな声が聴こえた。

 僕はハッ、と壁の向こうに目を戻す。そこでは、僕達と同じように揺れる地面と格闘するオーク達の姿がある。

 その後ろにある地面が、俄に盛り上がった。背後の異常に気付き、振り向くレブ。

 そして――――


 



 


 ゴォオオオオオ!!!







 けたたましい咆哮を上げて、あのネルニアーク鉱山での戦いで乱入してきた蛇竜、坑道内で僕達を襲い、壊れた橋と共に地の底へと落下していった筈のあのワームが、飛び出して来たのだった。

第二章のラスボス、ワームくん再登場。

いよいよ、本当にこの章も終盤です。

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