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竜の階  作者: ムルコラカ
第二章 王都への旅路
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第八十二話

 「やはりこちらに現れたようだな!」


 レブのよく通る声が、夜の空気を震わせてこっちにまで届いてくる。言い終えると同時に彼は盾を持つ方の手を掲げた。西門の上に五体、裏からも同じく五体のオークが現れ、それぞれ弓に矢をつがえてマルヴァスさんへ狙いを定めた。


 「(マルヴァスさん……!)」


 僕は思わず立ち上がりかけたが、寸前でメルエットさんに手を掴まれる。


 「待って! 今出ていけばあなたも狙われるわよ!」


 小声で制す彼女の顔も険しい。コバもローリスさんも息を呑んで状況を見守っている。


 「でも、このままじゃ……!」


 「辛抱して! 安易に動くのは危険よ、一先ず様子を見ましょう」


 僕は唇を噛んだ。マルヴァスさんが目の前で危険な立ち位置に居るのに、僕達はただ物陰に身を伏せて成り行きを見守っているしかないのか!?

 歯痒い思いを堪えてマルヴァスさんを見る。しかしここから見える彼の横顔に、焦りの色は無かった。弓を持ったまま降参するように両手を上げて、レブへ話しかける。


 「あんたがオークの大将だな? お見通しだったとは恐れ入ったぜ」


 声にも余裕が残っている。単なるはったりか、何か策があるのか。マルヴァスさんなら後者のような気がするが、確証はない。それに、仮に策があったとしても、自らが犠牲になるような策なら止めてほしい。


 「しかし残念だったな。あんたらが探しているマグ・トレド伯のご令嬢は、とっくに地下の抜け道から逃げ果せたよ。簡単だったぞ、何せ地下の古井戸が外へと繋がってたんだから。こうなる前に、もっと砦の実地見分を徹底しておくべきだったな」


 メルエットさんは既に此処には居ないと告げるマルヴァスさん。レブの動揺を誘って隙を作るつもりだろう。

 だが、あの剛毅なオークの将には通用しなかったようだ。


 「見え透いた芝居は不要。後ろの物陰に他の者達も隠れているのだろう? 大人しく出てきたまえ!」


 レブの矛先がこちらに向き、僕はびくりと肩を震わせる。メルエットさんは眉根を更に寄せつつも、動かずに息を潜めたままだった。


 「どうした、イーグルアイズの娘よ! 貴君はまたも部下を矢面に立たせ、自らは隠れてやり過ごそうとしているのか!? あの護衛達の亡骸を見ても学ばなかったのか!? 同じ過ちを繰り返すのは、真の愚者であるぞ! そうなりたくなくば、姿を現し我と直に対峙せよ!!」


 「ッ!?」


 容赦のない挑発がメルエットさんを打ちのめす。見ていて気の毒になるくらい彼女の顔から血の気が引いていき、元々の白い顔が更に蒼白に薄まってゆく。月と星の光しか差さない中でも、その様子がはっきり分かった。

 それでも、ぐっと歯を噛み締めて懸命に自分を抑えている。一度挑発に乗ってどんな目に遭ったか、彼女は忘れていない。


 「出て来ぬか! うら若い女とは言え、兵を率いて外に出た以上は一端の指揮官であろう! これ以上……」


 「オークの大将! あんたらがこの国に来た目的は何だい!!?」


 尚も続こうとするレブの口撃を、マルヴァスさんの大声が遮った。


 「あんたらはオークだ! 本来ならソラスの国内で反乱に加わってなきゃいけない筈だろ!? 王国の覇権を巡ってドゥベガル二世の軍と鎬を削っている同胞達を棄てて、わざわざダナン王国に忍び込んだ理由はなんだ!?」


 最初にレブと会った時、僕がした質問と同じだった。考えて見れば、レブの口からオーク側の目的が明かされた事は無い。僕は『メルエットさんの王都行きの阻止が目的』と推測を語ってヨルガンに(正解率三割程度と辛い採点ではあるものの)肯定されたが、レブ自身は是非を明確にしなかった。“渡り人”である僕の価値を見極めて従わせるというのは、モントリオーネ卿の意向と言うよりヨルガンの個人的な野心みたいだし、どちらかと言えばレブはモントリオーネ卿から依頼された仕事をこなしただけ、という消極的な言い方をしていたように思える。

 果たしてそれだけの理由で、ソラスで戦っている仲間達を置いてわざわざこのカリガ領にまで出向いて来るだろうか? レブ達の一団がソラス国内での内戦を避けて逃げ出した手合いだというならそれも一応納得は出来るだろうが、これまでの彼らを見る限りその仮定は今ひとつしっくりこない。まさか単なる出稼ぎという訳でもあるまいし。

 そしてモントリオーネ卿の思惑にしたって、メルエットさんの始末を企んだ大本の理由が不明のままだ。こんな大それた事をする以上、最終目的は別にあると考えるのが自然である。

 じゃあ、それは何だ? オークの大将レブと、カリガの領主モントリオーネ卿。この二人を結び付けた要素とは?


 「貴君に答える義理も、義務も無い。イーグルアイズの娘がそう問うのならば、我が方も将として礼を尽くそう」


 流石にレブもさるもので、気を逸らそうというマルヴァスさんの意図には乗らず、逆にメルエットさんを釣り出そうとしている。腕も立つ上に頭も切れる、改めて恐ろしいオークだ。

 しかし、次のマルヴァスさんの言葉が、悠然と構えるレブの余裕を奪い去る。


 「言えないのなら、俺が当ててやろう。ずばり、あんたらの狙いは【ダナン王国の惑乱】だ! 違うか!?」


 「――ッ!?」


 レブが言葉に詰まる。遠くて良くは見えないが、目を見開いているようだ。


 「この国は現在、ソラス王家を支援している。オークにとっちゃ忌々しい目の上のたんこぶだろ? 敵の補給路を絶つのは戦略の基本だ。国境に接しているオルフィリストやランガルの治安が極めて悪化しているのも、あんたらオークが裏で糸を引いているんじゃないのかい?」


 「………………」


 なるほど、と僕はひとり密かに頷いた。言われてみればそれが一番腑に落ちる。

 レブ達の行動は、自分達の戦争に勝つ為の布石なのだ。敵対者を倒す方法の一環として、後ろ盾となっている勢力を攻撃して乱す。背後を脅かされたソラス王家は孤立し、支援を得られないその軍は日増しに弱体化の一途を辿るだろう。それがオーク側の狙いだとしたら、レブ達がダナン王国内に侵入して来たのも筋が通る。

 問題は、そこに何故ダナン王国の人間であるモントリオーネ卿が協力しているかだが……。


 「あんたの名は知っている! オーク軍を取り纏める十二将のひとり、“コァムルのレブ”! 七十二の全部族の中でもかなりの発言力を持った大物だ! 本来なら、こんな僻地に居る訳が無い! それが何故、モントリオーネと繋がっているのか?」


 黙り込むレブに畳み掛けるように、マルヴァスさんが更に声を強くする。上げていた手をゆっくりと下げて懐に突っ込み、あの羊皮紙を取り出した。レブの顔に益々驚愕の色が広がる。


 「貴様、どうしてそれを……!?」


 「誰かさんのお陰で随分動きやすくなったからな。それに、いくら部隊内での最精鋭を選んだとは言え、たった二人に指揮官の部屋を守らせるのはお勧めしないぜ?」


 「――ッ!」


 レブの顔が怒りで歪む。最も信頼する部下を、恐らくはマルヴァスさんに討たれたのだろう。彼の口ぶりから僕にもそれが分かった。マルヴァスさんの抜け目のなさが、レブの将器の上を行った感じだった。


 「あんたの部屋で見つけたこの書状が全て教えてくれたよ」


 そして、とうとうマルヴァスさんは核心を突いた。


 「モントリオーネは、ダナン王家第二王子の信奉者だ!!」

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