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竜の階  作者: ムルコラカ
第二章 王都への旅路
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第八十話

 「待てッ!」


 新手のオークが二体、前方の曲がり角から殺気を漲らせて躍り出てくる。


 「邪魔だ!!」


 すかさずローリスさんが迎え撃つ。彼の鋭気が乗り移ったかのように《トレング》が唸り、剣を上段に振りかぶった一体目のオークの脇腹を寸分違わず捉える。身体をくの字に折り曲げ、ふっ飛ばされて壁に叩きつけられるオーク。


 「くっ! 貴様ァァ!!」


 たちまちの内に仲間を秒殺された二体目が、いきり立って腰だめに剣を構えた姿勢でローリスさん目掛けて突っ込んでくる。

 そこに、完全アウェイの僕が《ウィリィロン》で斬り込んだ。


 「なっ!?」


 手にしていた剣の切っ先が《ウィリィロン》と一合交わっただけで突然ポッキリ折れたので、そのオークは「まさか!?」と言いたげな様子で動きを止め、驚愕に見開いた目で僕を見ながら立ち竦んだ。致命的な隙を晒したと、直後に後悔したかも知れない。

 

 「ガハッ!!?」


 たちまち突き出された《トレング》に腹を突かれ、そのオークも後ろに吹き飛び、沈黙した。


 「…………」


 じろり、とローリスさんが横目で僕を睨む。余計な手出しを、と思われたのだろうか?


 「……急ぎましょう、こちらです」


 結局僕には何も言わず、斃した相手を気にも留めずに、ローリスさんはメルエットさんを振り返って先を促す。メルエットさんは斃れたオークの傍でしゃがんで、


 「これ、割れてないからまだ使えるわね。頂いておきましょう」

 

 そいつが腰に付けていたランタンを拝借していた。

 屍体をものともしない彼女の胆力に内心で感嘆しつつ、僕も極力“それ”を見ないようにして脇をすり抜けた。


 「ナオル様……」


 代わりに、心配そうに僕の顔を見上げてくるコバへ微笑みを返しておく。

 今、僕達はローリスさんの先導で、このオークだらけの廃砦から脱出するべく夜の暗闇が溶け込んだ廊下を懸命に走り続けている。後方から迫る追手を防ぎ、行く手を遮るオーク達を片っ端から蹴散らしつつ、ローリスさんは迷いのない足取りで僕達を導いてくれている。


 「ローリス殿、その古井戸まで後どれくらいですか!?」


 周りからオークの気配が一端途切れた事を確認すると、メルエットさんはローリスさんの背中に尋ねた。彼が言うには、砦の地下にある棄てられた古い井戸が外と繋がっているらしい。


 「もう少しです、お嬢様! この通路の突き当りの階段を降りて、二つ目の扉の先に続く階段を下った先にありますぜ!」


 生き生きとした声でローリスさんが答える。メルエットさんを無事助け出せて喜びを抑え切れないのか、口調が若干元来のものに戻っていた。

 勿論、そんな事を咎めるメルエットさんでは無い。彼女も、死んだと思っていたローリスさんと再会できて嬉しそうに声を弾ませる。


 「しかし良くご無事でいて下さいました! このような窮地において、また貴方の姿を拝めようとは! この上なく頼もしく思いますよ、ローリス殿!」


 「へへっ! この生命はイーグルアイズ閣下と、お嬢様に捧げた生命でさ! 俺の勝手で棄てれやしませんって!」


 顔だけ半分振り向いたローリスさんがニカッ! 、と屈託のない笑みを浮かべる。


 「どうやってあの時生き残ったんです? それに、どうやって此処を突き止めたんですか!?」


 「うるせっ! んな事今訊くんじゃねェよ! それより逃げるのが先だろが!」


 即座に表情を苦いものに変え、ローリスさんが僕を睨んだ。ちょっとあまりにも対応違いすぎません?

 好かれている訳が無いとは分かっていたけど、こうもあからさまにつっけんどんな態度を取られると少し凹む。続けてマルヴァスさんの事を訊こうと開きかけていた口が自然に窄んだ。


 「ローリス殿。貴方がこうして無事であるのなら、もしやマルヴァス殿も?」


 代わりに、メルエットさんが僕の気持ちを代弁してくれた。


 「ええ、アイツもくたばっちゃいませんよ。古井戸を見つけたのもアイツですし」


 ケロッ、っとそんな事を言うローリスさん。僕は歓声を叫びたくなった。


 「良かった……! マルヴァスさんも生きてたんですね!」


 「彼も、貴方と一緒に此処へ?」


 メルエットさんの表情も綻んでいる。護衛兵の皆の遺体を見せ付けられて、衝撃で打ちのめされていた彼女だけに、ローリスさんに続いてマルヴァスさんの生存を知れた事で救われた気分になっているのだろう。


 「その筈なんですがね……。途中で別れた後、何処に行きやがったのやら……」


 「別れた!? どうしてですか!?」


 「アイツの策なんだと! お前やお嬢様が何処に捕まってるか分からなかったから、手分けして探そうってな!」


 当てこするようにローリスさんが大声を出す。何か気に入らない事でもあったのだろうか?


 「マルヴァス殿を置いてゆく訳にはいきません。ローリス殿、どうにかして彼とも合流出来ませんか?」


 「ご心配には及びませんやお嬢様! アイツは鼻持ちならねェ野郎だが、同時に抜け目もねェ! こんだけ騒ぎになってんですから、勘を働かせて先に古井戸で待ってるかも知れませんぜ!」


 「だと良いのですが……」


 「ローリスさんの言う通りだよ、メルエットさん。マルヴァスさんは強いし、頭も良い。きっと途中で出会えるさ。僕達は僕達の事を考えよう」


 「ナオル殿……そうですね。マルヴァス殿は、父が友と認めた方。私達が気を揉まずとも、その内しれっと現れるでしょう!」


 伏せていた目を上げ、吹っ切るように力強く言い切るメルエットさん。心なしか、表情もすっきりしたものに見えた。


 「おらガキ! 他人の心配してる場合じゃねェぞ! お嬢様を守る為にテメェも気張るんだよ! さっきみてーにコソコソ短剣で横槍入れてねェーで、魔法使えるようになったんならそっちを使いやがれ!」


 ローリスさんが苛立たしげに言うと、メルエットさんもパッ!と目を輝かせた。


 「そうよナオル殿! 先程壁を破壊したあの現象はあなたがやったんでしょう!? 凄いじゃない! 一体いつの間に魔法を会得したの!?」


 「い、いやまぁ、そこはちょっと複雑な事情があって……」


 僕は顔を背けた。ヨルガンやレブを欺く為とはいえ、形だけでも裏切りの体を装ったとは言わない方が良い気がする。メルエットさんは理解してくれそうだが、ローリスさんにはこの場で叩き殺されかねない。

 それに、魔法陣も魔法印もヨルガンにその存在を教わった。僕が火の印契を使ってさっきの状況を動かす布石を打てたのも、ヨルガンのお陰だった。その事実に思いを巡らせると、僕の胸に苦いものが広がる。「目をかけてやったのに!」という彼の言葉が、耳の奥にこびり付いて離れない。

 僕は、嫌な情念を振り払うように声を改めて言った。


 「それに、使えるようになったと言っても調整がまだ全然出来なくて。さっきのように一発撃つと、反動で後ろに弾き飛ばされちゃうんだ」


 「えっ!? そうなの!? 大丈夫だった!? 背中とか打ったりしてない!? 肩の怪我にも響いたりしてない!?」


 真っ先に僕の身体を気遣ってくれるメルエットさん。その優しさに目の奥が熱くなる。


 「なんでェ、連続で使えねェのか? イマイチ役に立たねェな」


 真っ先に実用性の有無を語るローリスさん。その厳しさに胸の奥が重くなる。


 「ナオル様に左様な御苦労を背負わせてしまった事、まことに申し訳なく思いますです! コバめももっとお力になれるよう、一層励みますゆえ!」


 真っ先に最も建設的な宣言をするコバ。その健気さに気持ちが救われる。

 三者三様の反応に内心を目まぐるしく変化させながら、僕はふと通路の終わりが見えている事に気付いた。左手に薄っすらと見える、上下に続く階段。


 「ローリスさん、あれですか!?」


 「おう、見えたな! お嬢様、間もなくですぜ! 彼処を下りゃ井戸はすぐそこでさ!」


 「……! やりましたねローリス殿!」


 「後ろからオーク共が追ってくる気配もございませんです! 今の内かと思われますです!」


 脱出の希望が実現味を増した。

 だが階段に足をかけたその時、階下の方からドスドスと振動を響かせながら上がってくる複数の足音が耳に入った。


 「ちっ……! またオーク共が……!」


 「まさか、先回りされていた!?」


 再び表情を固くするメルエットさんの不安を打ち消すように、ローリスさんは力強く前に踏み出すと《トレング》を階下に向けて構えた。

 ほどなく、暗闇の中から複数の白刃と白い目が光った。


 「うおおおおお!!」


 ローリスさんが上がってきたオークの群れに飛び込む。激しく打ち合う音とローリスさんとオーク達の野太い喚声だけが狭い通路に響く。


 「どうする……!?」


 僕は迷った。ローリスさんを下げて、火の印契を使えば恐らくは階段上に居るオーク達は撃退出来るだろう。だがそうすると階下が火で塞がるし、何よりこの狭い場所で魔法を放ったら、僕は反動で壁に強かに打ち付けられてしまう可能性が高い。背中へのダメージもやばいが、万が一後頭部をぶつけたらしゃれにならない。かと言って、足音の数とさっき見えた目から考えて、下に押し寄せているオークの人数は二、三体では無い。中々数が揃っていそうだ。それらを全て相手にするのは、いくらローリスさんでも無理がある。


 「仕方無いか……!」


 背に腹は代えられない。と、僕が肚を括った時、


 「待ってナオル殿、あれを見て!」


 メルエットさんが階段近くの壁を指差した。


 「藁……?」


 そこには藁の束が幾重にも重なって積まれていた。修行用の案山子に巻き付けられていたのと同じもののようだ。予備だろうか?


 「ここで魔法を使うとあなたが危ないんでしょう? 代わりにあれを使いましょう」


 そう言って、メルエットさんはさっきオークの屍体から拝借したランタンを手に取ると、中を開けて油を藁束に垂らしてゆく。少ない量で全部に行き渡らせる為、彼女の手付きは慎重だった。

 その間にも、階段上での戦闘は続いている。断続的に上がるローリスさんのウォークライが、心なしか少し弱まってきたような気がした。

 メルエットさんは焦りに耐えながら油を撒き続けている。額に浮かんだ汗が、頬から顎を伝って藁の上に落ちた。

 僕は壁に立てかけられている松明を手に取った。そしてコバと一緒に、息を詰めて彼女の作業が終わるのを待つ。


 「出来たわ!」


 メルエットさんの言葉が終わるのと同時に僕達は動いた。コバが藁束のひとつを両手で抱え、階段前でスタンバイする。


 「ローリス殿! 戻って下さい!!」


 メルエットさんの声に応えて、ローリスさんが暗闇から再び姿を現した。肩で息をしながら、階下に向けて残心を示しつつ僕達の傍まで来る。


 「……そういう事かい、仕方ねェな」


 横目で僕達を見ながら小さくそんな事を言った。

 同時に、僕は松明をコバの持っている藁束に近付ける。火が燃え移ったのを確認したコバが、無造作にそれを階下に放った。


 「うわっ!? な、なんだこれは!?」


 オークのひとりが怯んだ声を上げた。放物線を描く火によって、その慌てた表情が一瞬だけ顕になる。ほんの少量とは言え油が染み通った巻藁は、たちまちの内に全身を火の玉に変え、上り切ろうとするオーク達を押し留めたのだ。


 「コバ、次!」


 「はい!」


 「ナオル殿、こっちにも火を!」


 僕達は三人で協力して、次々と火炎付き藁束を階下目掛けて放り込む。階段に生じた火は次第にその勢いを増し、やがて上下を分かつ炎の壁と化してその向こうで立ち竦むオーク達の忌々しげな姿を照らし出す。


 「これでしばらく、あのオーク達は上がって来られないでしょう」


 「しかしお嬢様、これじゃあ俺達も井戸まで行けませんぜ」


 「やむを得ません、ローリス殿と引き換えには出来ませんから」


 メルエットさんが宥めるようにローリスさんへ向けて優しく微笑む。ローリスさんはバツが悪そうに目をそらした。


 「別の道を探しましょう。まずは、この上に上がってみますか」


 気持ちを切り替えるように、メルエットさんが上へと続く階段を指差す。

 逃げている最中に上に上がるのは本来であれば悪手なのだろうが、こうなっては仕方無い。引き返すのも危険だし、未知のエリアに賭けた方が希望はある。

 僕達はローリスさんを先頭に、慎重に上の階へと進んでいった。

 すると、階段を上り切った先で、思いがけない人物と再会したのだ。


 「よっ、元気そうだなお前ら。やっと会えて嬉しいよ」


 「マ、マルヴァスさんっ!!?」


 「マルヴァス殿!!?」


 まるで旅行帰りの知人を出迎えるように、片手を上げてウィンクする彼。

 ローリスさんと一緒に潜入し、行方が分からなくなっていたマルヴァスさんが、当然のようにそこに居た。

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