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竜の階  作者: ムルコラカ
第二章 王都への旅路
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第七十八話

 嵐のように激しい攻勢を見せ、容赦なく剣を叩きつけてきていたレブも、度重なる剣戟で徐々に動きに疲れの色が出始めていた。いかな屈強なオークとて、永遠に体力が続く訳では無い。

 次なる一撃を放つ為、振り放ったフランベルジェを手元に引き戻す。その動作に、僅かながら弛みが生じる。

 そこを見逃さず、ローリスは防御に徹しながら温存していた力を解き放ち、レブの顎を砕かんと《トレング》を下段から上に振り上げた。

 が、その乾坤一擲の反撃も、後ろに飛び退る事でレブはあっさりと躱す。自身の動きに隙が生まれたと瞬時に悟っていたレブは、後に続くローリスの攻撃をも予期して回避の準備を整えていたのだ。


 「ちっ……!」


 劣勢の中で見出した好機をあっさりと不意にされ、ローリスが荒い息を吐きながら舌打ちする。額からは汗が滝のように流れ、腕も脚も衝撃を受け続けた所為で痺れてきた。それでも、構えは解かない。

 レブもまた、一息入れる為かそのまま距離を保ち剣を構え直す。


 「やるな……! 此処まで粘るとは、予想以上だ……!」


 終始優勢に立ちつつも決定打を浴びせられないレブは、乱れた呼吸を整えながら目を細めてローリスを見つめ、感心したように声を上げる。


 「我はオーク十二将がひとり、コァムルの集落を束ねるレブと申す。貴君の名をお教え頂きたい」


 「……ローリスだ」


 堂々と名乗りを上げてこちらの名を尋ねるレブに対し、眉根を寄せながらぶっきらぼうにローリスは返す。余裕のあるレブの態度が気取りに見えて一々癪に障る。

 一方のレブは、ローリスの名を聴いて僅かに目を見開いた。


 「ほう……すると貴君であったか。マグ・トレドで竜に立ち向かい、壮絶な死闘を繰り広げたという剛の者は」


 「……だったらどうした?」


 苦虫を噛み潰したかのようにローリスの口元が歪む。確かに竜と戦ったが、傷一つまともに付けられずにみっともなく抗っていたというのが実態だ。荒れていた頃ならいざ知らず、今となっては中途半端な武勇伝程恥ずかしいものは無いと感じる。もっとも、その時の行動が“竜を引き付けて時間を稼いだ功績”としてイーグルアイズに認められた為、出世に繋がったという意味ではそう悪い結果とも言えないのだが、やはり武人としては竜を討ち取りたかったというのが本音だ。


 「討伐には至らなかったようだが、竜に挑んだというだけでも我らオークにとっては垂涎の武功よ。敬意を表するに値する」


 「……そいつはどうも。テメェに褒められてもちっとも嬉しかねェがな」


 まるでこちらの心を読んだかのようなレブの言葉にまたしても癇を逆撫でにされ、ローリスは口の端をひくつかせる。オークなんぞに認められたところで何の得も無く、有り難みも湧きやしない。


 「それじゃあよ、このままお嬢様を解放して、あのナオルってガキも引き渡して、そんで俺らを逃してくれるか?」


 「ははは! 愉快な男だ! だが、生憎その願いは聞き届けられぬわ」


 ほらな。ダメ元とは言え、流石に虫が良すぎるとは思ったが。


 「貴君と刃を交えられて光栄だ。最大限の礼を尽くし、貴君の亡骸はオークの流儀に則って丁重に弔おう」


 「そういうのは俺を殺ってから言いなァ! テメェに出来るんならな!」


 再び闘気を膨れ上がらせるレブを見て、ローリスも改めて身構えた。

 レブの攻撃は疾く、重い。今のところは全て受けきっており、こちらはかすり傷も負ってはいないが、それも何時まで続くか分からない。全て防ぎ切っているというよりは、辛うじて凌いでいると言った方が正しい。流石にオークの大将を務めるだけはある。

 このままでは、やがて屠られる。第一、あの剣で少し傷を付けられるだけでもやばいのだ。オークの武器には毒がある。更にレブの持つフランベルジェは、治癒の難しい傷を相手に与える事を主目的に造られている剣だ。軽い一撃だろうと、身体に貰ってしまえば致命傷になりうる。

 それでも、戦うしか無い。メルエットを護る為に。

 改めて肚を据え直したローリスに、闘気を高め終えたレブが気合と共に斬りかからんと肺に大きく空気を溜め込んだ時、『それ』は起こった。


 「(――!?)」


 ローリスの視界の端に、特大の火の玉が現れる。

 あれは何だ、と考える間も無かった。





 一瞬の後に、その火の玉はレブの後方にある砦の内壁に衝突し、激しい爆発を起こした。





 内壁が砕け、大きな破壊音が響き渡り、八方に火の粉が飛び散り、瞬間的に周囲が夕暮れ時程度の明るさに包まれた。


 「――!!?」


 レブは咄嗟に背後を振り向いた。全く予期しない事態が起きて、彼の判断力はその瞬間だけ鈍ってしまった。

 オーク達を束ねる将として、拠点の正確な情報は常に把握していなければならない。そうでなければ誤った指示を下し、配下達を悪戯に死に向かわせてしまう。突発的な異変が出来したなら、尚更だ。指揮官としての責任感が、無意識に彼を振り返らせたと言える。

 だがその行為は、眼前に敵を迎えた武人としては、致命的な誤判である。


 「ッ!!」


 ローリスが動いた。

 虚を衝かれたのは彼も同じである。だが背中を向けていたレブと違って、ローリスの目には飛んでいく火の玉が見えていた。それがぶつかった際の爆発もレブに比べれば多少の余裕を持って受け止められた。また爆発に伴って生じた光は、目を眩ませる程のものではない。

 レブが見せた明確な隙。千載一遇の好機を見逃す程、彼は甘くない。


 「――ハッ!?」


 ローリスの殺気に気付き、レブが向き直る。

 だが、もう遅い。

 

 「ダァッ!!!」


 必殺の気合と共に、《トレング》が振られる。

 力任せに鉄を打ち抜く小気味良い金属音。フランベルジェがレブの手を離れ、勢い良く回転しながら明後日の方向へと飛ばされる。









 赤い光を発し、印契から魔法が放たれる。

 仮に僕の脚を捕まえていなくても、どうせこの状況では魔法を使えはしまい、とヨルガンは高をくくっていただろう。

 だが、僕はやってやった。

 ただし狙いはレブでも、周囲に群がっているオーク達でもない。

 魔法が発動する直前、僕は大きく身体の向きを変え、彼らの背後にある壁に照準を合わせた。

 次の瞬間、印契から巨大な火の玉が飛び出し、先程と同様僕の身体は反動で吹き飛ばされ、背中から勢い良く地面に叩きつけられた。


 「おっ……! ごっ……! ぐ、ぅぅぅ……!」


 息が詰まり、視界が暗転する。あまりの衝撃と痛みに、このまま意識を手放しそうになる。

 流石に二度目なので気持ちの上では覚悟が出来ていたが、それでも受け身すら取る暇も無い程の反動である。むしろ一回目より明確に意図が定まっていた為か、より威力が強化され、その分反動も強まっている感じがした。

 これは賭けだった。レブ達の意識を逸らし、戦意を削ぐ。そうすれば、あとはローリスさんが何とかしてくれるかも知れない。

 ローリスさん頼りの杜撰で陳腐な策であるのは自覚している。僕の頭で導き出せる選択肢の中では、これが最善手であった。

 その策も、コバが助けてくれなければ実行に移せなかった訳で……。


 「(……っ! そうだ、コバは……!?)」


 朦朧とする頭を持ち上げ、コバの安否を確認しようとした時、目の前の空間を『何か』が回転しながら通り過ぎた。


 「(……ブーメラン?)」


 何となくそう思った次の瞬間――






 「ギャアアアアアアアアア!!!??」






 ヨルガンの、聴いたことも無い絶叫が轟いた。

 はっ、として彼を見る。ヨルガンの左手首を、レブが持っていた筈のフランベルジェが貫いていた。

 

 「うっ…! がぁぁ……! よくも、こんな……!」


 半狂乱に陥り尻もちをついたヨルガンが、顔にはっきりと驚愕と恐怖の色を浮かべてもがいている。突き刺さったフランベルジェの重さと痛みで、上手く身動きが取れないらしい。横でコバが呆然とその醜態を眺めている。

 僕はローリスさん達の方へ目を戻した。そちらでは、再び乱戦が巻き起こっていた。蠢くオーク達と砂埃に遮られて、ローリスさんもメルエットさんも見えない。激しい怒号と剣戟の音がこちらの耳に飛んでくるだけだ。


 「……っ! コバ!」


 僕はよろよろと立ち上がり、コバを呼ぶ。


 「は、はっ! 今参ります、ナオル様!」


 コバはすぐに反応し、僕の傍に駆けてくる。それを尻目に、僕はメルエットさんとローリスさんの方へフラフラと左右に揺れながらも足を踏み出す。


 「き、貴様……! よくも私に、こんな……こんな……ッ! 許さん……! 目をかけてやったのに……!」


 ヨルガンの罵声が背中に飛んでくる。自分がこんな目に遭っているのは僕の仕業だと思っているのだろう。

 しかしそれなら、僕に掛けた呪いが発動して、僕はとっくに死んでいる筈だ。よって、彼の怪我は僕の所為では無い。……間接的な原因を作ったのは確かだろうけど。

 僕は振り向かず、声だけでヨルガンに告げた。


 「早く治療して下さい! 解毒の用意も! 死にたくなければ!!」


 胸中に蟠る複雑な想いを全てその言葉に乗せて、ヨルガンとの一切の因縁を断ち切るつもりで、僕は吐き捨てたのだった。

申し訳程度のざまぁ要素。

いよいよ、ナオルくん達が集結します。……ひとりどっか行ってますが。

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