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竜の階  作者: ムルコラカ
第二章 王都への旅路
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第七十七話

 ローリスさんとレブ。二人の身体が瞬く間に肉薄する。

 先制を取ったのは、やはり長柄の大槌を握るローリスさんだった。人間とオークの体格差をカバー出来る程のリーチを、あの《トレング》は有している。

 間合いに踏み込んだのと同時に、ローリスさんが身体を捻る。遠心力を加えられた《トレング》が、レブの左側頭部をかち割らんとうなりをあげて迫った。

 一方のレブは、手にしたフランベルジェの刃を寝かせてこれを受ける。大槌と蛇行剣が激しくぶつかり、甲高い金属音を奏でた。


 「……良い膂力をしている。人間にしてはな」


 「……ほざいてんじゃねェ!」


 ローリスさんの顔が歪む。《トレング》を手元に引き戻し、すかさず第二撃を見舞う。

 だが、その攻撃もレブは余裕を持って受け止めた。ローリスさんは追撃の手を緩めず、三度四度と《トレング》を繰り出すが、その尽くがレブの持つフランベルジェに虚しく防がれてしまう。あんなに折れ易そうな形状をしているのに、どれだけ《トレング》の打撃を受けても壊れる気配が無い。一体どんな強度をしているのか。


 「ぐっ……! はぁ…! はぁ…!」


 「もう終わりか? では、次はこちらから参る!!」


 「ッ!!」


 度重なる連撃の果てに流石に息を切らし、ローリスさんの動きが僅かに鈍る。その隙を逃さず、今度はレブが反撃に出た。

 打ち合わせていたフランベルジェを手の内で大きく回し、そのまま流れるように袈裟斬りに繋げる。人間よりも体躯に優れたオークは、その分取れる間合いも広い。後ろに下がっては避けられないと悟ったローリスさんは寸前で半身を退き、辛うじてその斬撃を避ける。白くうねった剣の先端が彼の髪を掠めた。

 レブの攻撃は止まない。袈裟に振り抜いたフランベルジェを今度は反転させ、下から上に斬り上げた。ローリスさんは《トレング》の柄でその一撃を受ける。

 そのまま、次第に防戦一方へと追い込まれていってしまう。


 「(なんとかしなくちゃ……! ……よし、こうなったら!)」


 僕は肚を括り、両手を上げた。

 ヨルガンに拘束されているのは脚だけだ。手の自由は利く。

 先程会得した印契を使って、ローリスさんを援護する。

 正直、魔法を使う事に対しては強い抵抗感が芽生えていた。先程自分が放った火の威力。人間だろうとオークだろうと、あれをまともに浴びればただでは済まない。きっと高確率で死に至る。

 たとえ敵とは言え、殺し合った間柄とは言え、誰かが傷付き斃れるのを見るのは辛い。ましてや自分の手で“それ”を行うなど。

 自己防衛の為に火蜥蜴を殺した事も、メルエットさんを守るためにオークの片腕を斬り飛ばした事も、面には出さないもののまだ割り切れてはいない。

 今、僕を捕まえている後ろの憎きヨルガンにしたって、いざ立場が逆転して彼の生殺与奪の権を握った時、本気でその生命を奪えるか?と訊かれれば、到底そんな自信は無い。いくら思い出を踏みにじられようが、仲間達に非道な仕打ちをされようが、それとこれとは別の問題なのだ。

 だが、このまま手を拱いて何もしなければ、今度こそ本当にローリスさんが死んでしまう。それは、もっと嫌だ。

 「偽善だ!」と罵る人も居よう。または、「めんどくさいヤツだ!」と嗤う人もあろう。

 それでも良い。僕は、僕の守りたい人を守る為なら、使える手段は全て使ってやる。“力”を使う為に言い訳が必要だって言うなら、いくらでも重ねてやる。

 でなければ、こんな“力”が備わっている意味なんか無いじゃないか――!


 「本気で、魔法を放とうとしているのですか?」


 指を組みかけた僕に、水を浴びせるようにヨルガンが言った。


 「短気を起こすと後悔しますよ。よく考えてご覧なさい」


 クックック、とセリフに嫌な笑いが混じる。


 「あなたの使った魔法の威力、まさかもう忘れたとは言いますまい? もしもこの位置からレブに向けて放てば、あのネズミも間違いなく巻き込まれますよ。それどころか、メルエット嬢も余波を浴びて、下手をすれば丸焼けになってしまうかも知れませんねぇ」


 「…………」


 「それに、あなた自身も無事では済みません。あなたの下半身は今、岩のようにその場に『固定』されている状態です。この意味、お分かりですか?」


 「……!」


 僕の手が止まった。


 「あなた、さっき魔法を撃った時、反動に耐えられず後ろに吹き飛ばされたでしょう? あの時は脚が自由だったから衝撃を上手く受け流せたものの、今度はどうなりますかね?」


 「…………」


 こめかみに、一筋の冷や汗が垂れる。

 もし、今の状態で魔法を使ったら…………。


 「腰の辺りから真っ二つに折り畳まれたくなければ、自重するのが賢明でしょうねぇ? 私としても折角の弟子を、こんなつまらない場面で喪いたくありませんよ?」


 「くっ……!」


 嘲笑混じりのヨルガンの言葉を聴きながら、僕は唇を噛み締めるしか無かった。

 万事休すか、と思ったその時――


 「うわっ!? な、なんだ貴様!!?」


 ヨルガンの声が、急に焦ったものに変わった。










 目の前で、ローリスとレブが激しい打ち合いを繰り広げている。

 メルエットは壁に背を預けながら、歯を食いしばって二人の戦闘を見守る事しか出来ない。

 ローリスに加勢したくても、この縛られた身体では碌な援護も出来ない。いや、たとえ万全の状態だったとしても、自分がしゃしゃり出ては却って邪魔にしかならない。

 今なら分かる。悔しいけれど、戦いに関して自分は足手まといだ。前に出るべきではない。

 それでも、このままただ黙って眺めているのは論外だ。メルエットは頭を振って弱気を追い出す。考えろ、何か打開の手はある筈!

 後ろ髪を引かれる思いでローリスから目を外し、周囲の状況をよく観察する。すると、人垣ならぬオーク垣の向こうで、『彼』の姿を見つけた。


 「(ナオル殿……!)」


 不安ではちきれそうな表情を浮かべて、遠くからローリスの戦いを見守っているのは、間違いなくナオルだった。

 そして、その少し後ろには、あのヨルガンが何やら手をひらひらさせながら立っている。


 「……ちょっとゴブリン! ……コバ!」


 足先でメルエットを護るように両手を広げて立っているコバに、メルエットは小声で話しかける。


 「はっ……!? な、なんでございますですか、メルエット様?」


 コバは、彼の主人とどっこいどっこいな顔色で振り返った。


 「しっ……! 静かに! ……見て、周りのオーク達は観戦に夢中で、誰もこっちを見ていないわ」


 メルエットの言葉を受けて、コバが首を回す。確かに、オーク達は誰も彼もがレブとローリスの戦いに見入っていて、手を叩いたり野次を飛ばしたりと忙しい。メルエット達に注意を払っている者など皆無だ。


 「私から見て東北東の方向。そこにナオル殿が居るわ」


 「――!!?」


 思わず声を上げそうになり、コバは慌てて手で口を塞ぐ。


 「あなた、オーク共の間を掻い潜ってそこまで行ける?」


 「それは…………」


 コバはもう一度、人だかりならぬオークだかりに目を凝らす。密集しているが、隙間が無い事も無い。ゴブリンの体躯なら、気付かれずに通り抜けられるかも知れない。


 「可能……かも知れませんです」


 「なら行って。ナオル殿の近くにヨルガンが居る。彼が何かしているかも知れない。ナオル殿を助けなさい」


 「……! しょ、承知仕りましたです……!」


 ナオルを助けろと言われて、コバの面構えが変わる。

 主人の為なら水火も辞せず。それが、彼の矜持だった。

 決然とその場を離れ、慎重に、しかし躊躇いなくオークの波を潜り抜けていくコバ。

 メルエットは気取られないようにあえてそちらを見ず、その代わりに心の中で上手くいくよう祈った。

 メルエットとしても、何か確信があって出した指示では無い。ただ頭の中には、独房の中で見たナオルの顔が色濃く残っている。彼のセリフが、こだまのように自分の中で繰り返し響いているのだ。




 『メルエットさん、コバ。ここは僕に任せて』


 『どうか、僕を信じて』


 


 「(……ええ、あなたを信じるわ。だからお願い、なんとかして――!)」


 無茶で無責任な丸投げである事は重々承知している。それでも、メルエットはナオルに全てを賭け、託したのだった。








 

 ヨルガンが慌てた声を不審に思って振り返った僕は驚いた。


 「コバ!?」


 「こいつめっ! ナオル様に何をしているですかっ!」


 なんとコバが、ヨルガンに組み付きその頭を拳でぺしぺしと叩いているではないか。


 「貴様! この、ゴブリンが! 《原初の民》のくせに、《黒の民》に邪魔立てするのか!?」

 

 ヨルガンはコバを引き離そうと暴れるが、コバは必死にしがみついて激しく抵抗する。


 「知りませんです! コバめの主人に、ナオル様に危害を加えられるなら、コバめも容赦は致しませんですっ!」


 「誇りを失ったか!? 人間が怖くて、心底から奴隷に成り下がったか!?」


 コバの襲来でヨルガンの魔法が途切れる。自由になった脚を踏ん張り、僕はすかさず再び印契を結んだ。

 このチャンスを逃してはならない!


 「ナイスだよ、コバ! ありがとう!!」


 溌剌と礼を言い、心に火を思い浮かべ、出来上がった印契に魔力を注ぎ込む。

 そして――――





 カッ! と、先程の焼き直しのように印契が光を放ち、





 僕の魔法が、放たれた――!

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