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竜の階  作者: ムルコラカ
第二章 王都への旅路
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第六十六話

ナオル君が気絶しちゃったので、今回はメルエット視点です。

 起伏の激しいネルニアーク鉱山の山道を、物々しく武装したオークの一団が行進してゆく。整然と隊列を組み、自分達がこの山の支配者だと言わんばかりに我が物顔で闊歩する。

 その集団の中心に在る、この場には不釣り合いな人間三人とゴブリン一匹。

 メルエットとコバは、四方をオークに固められた状態で粛々と連行されてゆく。むくつけき人ならぬ戦士達から立ち上る体臭に顔を顰めつつも、メルエットは懸命に我慢を貫いた。

 

 「(ここは辛抱しないと……。手足の拘束こそされていないとは言え、余りにも多勢に無勢。レイピアだって取り上げられてしまったし、抵抗するのも逃げるのも、今は不可能。それに……)」


 メルエットは前方を見ながら心配そうに目を細める。彼女の視線の先では、ひとりの少年がオークの肩に担がれながら運ばれている。

 言うまでもなくナオルである。完全に気を失い、竿に引っかけられた布切れのように力なく枝垂れている。表情は見えないが、怪我の様子がしきりに思い出されて、メルエットの不安を掻き立てた。


 「……ナオル殿をどうするつもりなの?」


 メルエットは、ナオルの隣に居る男を睨みながら問うた。

 その男――ヨルガンは、首だけを回しながら素っ気なく答える。


 「貴女の気にする事ではございません。それよりも、もっと御自分の心配をなさったら如何ですか?」


 侮蔑すら含ませたその言葉に、メルエットの血が沸く。


 「彼は怪我人よ! 治療しないと生命に関わるわ!」


 「これはこれは、マグ・トレド伯イーグルアイズ卿のご息女ともあろう方が、たったひとりの少年に随分とご執心のようですな」


 ヨルガンはさもおかしそうに喉の奥でクッ、クッ、と含み笑いをする。

 その一見すると不真面目そのものな態度に、更に加熱するメルエット。


 「何がおかしいのよ!? あなた、捕虜の処遇の仕方を知らないとか言うんじゃないでしょうね!? はっきりした方針が定まるまで、もしくは交渉の結果が出るまで、粗略な扱いは許されない筈よ!」


 「ええ、ええ、勿論存じておりますとも。なれど、それは人間やエルフ、もしくはドワーフにおける軍法の話。オークには通じません」


 神経を逆撫でるような粘っこい口調でそう言うと、ヨルガンは傍らのオークを手で示す。


 「私と彼らは対等の同盟を結んでいる身。彼らの意思決定に口出しする権利は持ち合わせておらんのですよ、クックックック……!」


 勝ち誇るように耳障りな忍び笑いを漏らす。

 メルエットはギリッ! と奥歯を噛み締め、その後頭部を睨みつける。


 「……カリガ伯も落ちたものね。オーク如きと手を組み、同胞を陥れるなんて」


 「おや、随分と知ったような事を仰いますね。我が主の一体何をご存知なんです?」


 「下手な誤魔化しは止めなさい! モントリオーネ卿は何処に居るの!?」


 「お館で政務に励んでおられましょう。あの方は曲がりなりにもこの地の領主であられます。斯様な雑事にかかずらう暇はございませぬ」


 「雑事……ですって!?」


 メルエットの眉が吊り上がる。


 「巫山戯ないで頂戴ッ!! 我々を襲い、我が部下達を殺したこの下種共がっ……!」


 「おっと御令嬢、逆上の余り感情に走った物言いをなさるのはお勧めしませんぞ。私と違って、オークの戦士達は侮辱に敏感ですから」


 ヨルガンの言葉を肯定するように、メルエットの周囲を取り囲んでいるオーク達が一斉に足を踏み鳴らし、コバがびくりと飛び跳ねる。

 武器こそ向けてこなかったものの、無言の彼らから放たれる圧倒的な威圧感に気負けして、メルエットも口をつぐんだ。


 「……賢明な御判断です。御自分の今の立場をきちんと弁えていなさる。流石、イーグルアイズ卿の娘御なだけはありますな」


 クッ、クッ、とヨルガンはもう一度喉の奥で笑う。


 「すんでの所で冷静さを保たれた御褒美に、ひとつ教えて差し上げましょう。貴女方の処遇についてですが……安心なさい。この少年にしても、貴女とそこのゴブリンにしても、差し当たり悪いようにするつもりはございません」


 「え……?」


 「ただし、逃げようとしたり、反抗の意志が見られれば、その限りではありませんがね」


 「……あなた、さっき私達の処遇はオークの手に委ねられていると言ってなかったかしら?」


 「おや、そのように聴こえましたか? 実は貴女方についてはこの私に一任されているのですよ。《黒の民》とは言え、私はれっきとした人の身。それなりの礼は尽くしましょう。ですので、どうかそう恐れずに」


 「《黒の民》……!?」


 メルエットが瞠目する。実際に出会うのは初めてではあるが、《黒の民》については良く聴かされてきた。

 いにしえの、罪の一族。

 ごくり、と生唾を飲み込む。まさか彼らが絡んでいようとは。

 メルエットは、それ以上抗議の声を上げるのは止めた。《黒の民》という名への警戒心がそうさせたのだ。

 怒りを押し殺し、ただ黙々と足を動かす事に専念した。そうすると、不思議と肚が据わってくるような気がしてきた。


 「(どうせ逃げられないのよ……。だったら、このまま敵陣に乗り込むのも已む無しじゃない。隙を見てナオル殿を助け出し、一緒に逃げる。落ち着いて目配りを怠らなければ、必ずその機会を見出だせる筈……! 頑張るのよ、メルエット……!)」


 死中に活、と言うべきか。絶体絶命の窮地に追い込まれた事で、却ってメルエットの中に潜む資質に刺激が加えられたようである。先日から続く極限状態が、少しずつではあるが彼女の成長を促そうとしていた。

 最も、彼女自身は未だ自覚すらしていないが。

 やがて、険しい山道の奥に、ひっそりと隠れるように建てられた砦が見えてきた。

 恐らくは相当古いものであろう。近付くにつれ、傷んだ城壁や崩れかけた尖塔がくっきりと目に映る。その上で、仲間のオーク達が忙しなく動き回っている。遥か以前に戦略的価値を失い、放棄された砦をこのオーク達は拠点として使っているのだろう。中からは炊煙と思しき煙も立ち込めていた。

 間もなく跳ね橋が降ろされ、メルエット達が城門を潜った。


 「うっ……!?」


 瞬間、オークの体臭を遥かに凌駕する刺激臭がして、メルエットは思わず鼻を抑える。


 「な、何よ!? この臭いは……!」


 「メルエット様……! こ、これは……!」


 コバが炊煙の上がる方向を見て震えている。

 コバに釣られるように、メルエットもそちらを見た。

 そして、すぐに後悔する。


 「――ッ!!?」


 声にならない叫びが喉から漏れる。

 荒れた城塞の一角で巨大な火が轟々と燃え上がり、人間の死体が次々と焼かれている。炊煙だと思っていたものの正体は、これだった。

 そして、まだ火に放り込まれていない数々の人の死体。それらは紛れもなく…………


 「護衛の、皆…………!」


 しゃくり上げる声を抑えながら、喘ぐようにかろうじてそれだけを口にする。

 メルエットの目から止めどなく涙が溢れ、頬を濡らした。


 「言ったでしょう? 私も人間。最低限の礼は尽くす、と」

 

 ヨルガンが、メルエットに顔を寄せて無表情に言った。


 「雑兵とは言え、屍のまま打ち捨てて、野獣に食い散らかされるのは忍びないですからね。ちゃんと火葬して差し上げましたよ。火で清められた魂は安らかに《竜界》へと至り、やがて再び世に生まれ出るでしょう」

 

 そして、クッ、クッ、と喉を鳴らす。


 「それが、《竜始教りゅうしきょう》の教えですからね」


 メルエットは、仲間達の仇を、目の前のヨルガンをそれまで以上にきつく睨んだ。

 爪が食い込む程に強く拳を握りしめ、ブルブルと震わせる。

 爆発しそうになる感情を必死に押し留め、心の中で繰り返した。


 「(許さない……! この男も、オーク達も……! 絶対に、絶対に、皆の仇は討つ――!)」


 誓いのように、あるいは呪詛のように、メルエットはひたすら胸に刻み込むのだった。











 少し離れた位置。朽ち掛けたその砦を一望できる高台の上に、二つの影があった。

 あわや飛び出さんと腰を浮かせかけた一方を、もう片方が制した。


 「落ち着け、今乗り込んでも速攻で取り囲まれて犬死が落ちだ」


 「これが落ち着いていられるか……ッ! お嬢様が居るんだぞ!? すぐに駆け付けて、助け出さねェと……!」


 「分かっている、だからこそ冷静に行動しろと俺は言っているんだ。考えてみろ、不用意に飛び出して行って、もしメリーを盾にされたらどうする?」


 「そ、それは……!」


 当然の指摘をされて、大槌を肩に掛けたその大男は口籠る。

 弓を背負った男がなだめるように続けた。


 「夜を待とう。連中は今すぐメリーをどうこうする気は無さそうだ。それくらいの猶予はあるさ」


 「……それまでに、オーク共がお嬢様に不埒な真似を働いたら?」


 「生命までは取られないだろうよ。メリーだって、覚悟を決めた上でこの旅に出たんだ。慰み者にされるくらい、耐えてもらわなくちゃな」


 「……冷てェんだな、お嬢様から兄貴のように思われてる癖に」


 「こんな世の中なんだ。誰だって、何時までも綺麗で無垢なままでは居られない。お前だって、嫌という程身に沁みているだろう?」


 「……………………」


 「それでも皆、歯を食いしばって、懸命に前を向いて生きているんだ。メリーだって、例外じゃない」


 「……あのナオルってガキも一緒だったぞ。オークに担がれて、気を失ってるみてェだったが。アイツは元々テメェの連れだろ? 心配じゃねェのか?」


 大槌の男の言葉に、弓の男の目が微かに動いたが、すぐに変わらぬ口調で言った。


 「ナオルにしても同じ事。第一、あいつはあの《棕櫚の翼》の襲撃から逃れた男だ。この程度でくたばる程ヤワじゃない。それでも生命を喪うようなら、所詮それまでの奴だったって事さ」


 「……テメェのそういうところ、やっぱり気に入らねェ」


 「それはどうも。俺も、お前の粗野に過ぎる部分は好きになれそうもないよ」


 辛い言葉とは裏腹に、親しみを込めた笑みを口元に浮かべる弓の男。

 大槌の男はそれを見て、苦々しげに横を向いた。


 「……夜までだ。それ以上は待たねェからな」


 「あァ、十分だ。それじゃ、今の内に作戦を練っておくとするか」


 離れの高台から砦を偵察していたその二人。

 それは、辛くもオークやワームの追撃を逃れた、ナオル達を除けばただ二人の生存者。

 マルヴァスとローリスであった。

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