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竜の階  作者: ムルコラカ
第二章 王都への旅路
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第六十四話

 大開きになったワームの口から、ホースで撒かれる水のように勢い良く飛び出た謎の液体。

 直感でヤバいと分かる。


 「――っ!?」


 「ひっ――!?」


 メルエットさんもコバも、ワームの予備動作の時点で同様に感じたのか、僕が声を上げるよりも先にその場からパッと飛び退る。

 それが幸いだった。

 

 「うわあっ!!?」


 一瞬前まで二人が居た地面を、ワームが吐いた液体が直撃した。

 ジュウウ!という何かを油で揚げているような音と共に湯気が上がる。着地の勢いで飛び散った液体が掛かりそうになり、僕も慌てて身を引いた。


 「こ、これは……!?」

 

 メルエットさんが恐怖に慄く。ワームの液体が降り注いだ箇所が窪み、小さなクレーターのようになっていた。


 「土を、溶かした……!? まさか、ワームの吐いたアレで……!?」


 「溶解液だ!」


 思い当たった僕は弾かれるように叫ぶ。

 モントリオーネ卿が宴の席で言っていた。ワームは口から溶解液を吐き、それで何人もが犠牲になったと。


 「た、確かに言っていたわね……! って、冗談じゃないわ! あんなの浴びたら、一溜まりもないわよ!?」


 「《炸火球》はまだございますです! 全て投げつければ……!」


 「ダメだ! 決定打にはなり得ない! その前に僕達がやられるよ!!」


 僕は、無謀にも再び前に出ようとしたコバの手を掴んで止めた。


 「勝ち目は無い! 逃げるんだ!!」


 「は、はい!」


 そうして、僕達は身を翻して脱兎のごとく逃げ出す。

 ワームが苛立たしげに咆哮を上げ、その後を追ってくる。我を忘れる程に怒りが激しいのか、ガンガンとあちこちを打ち付けるような音が連続して響く。首だけを回して背後を見てみると、ワームはその長い尾と胴体をこれでもかとしならせ、やたらめったらに自分の周囲を攻撃しまくっていた。

 『お前ら絶対許さん! 地の果てまで追い詰めてやる!』という、アイツの心の声が聴こえた気がして冷や汗が垂れる。


 「しつこいわね! アンタはコレでも食べてなさいよっ!!」


 メルエットさんが、振り返りざま手にしていた最後の《炸火球》を放り投げる。

 運良く、それはワームの目の前で爆発し、少しの間アイツの動きを止めてくれた。お陰で距離が少し稼げた。


 「出口……! 出口はどっちだ!?」


 スファンキルの灯りと鉱石の光があるとは言え、やはり暗い。この広いドーム状の空間の、何処に逃げ道があるのかまではちょっと分からない。


 「あちらでございます! 奥に続く穴が空いてございますです!!」


 コバが左斜め前方を指差す。流石、夜目が利くと自負していただけある。


 「良し! コバ、先導を頼む!」


 「お任せ下さいませ! ナオル様、メルエット様、どうか遅れずに!!」


 「うっさい! 言われなくても分かってるわよ!!」


 コバに先頭を走らせ、僕達は必死に逃げる。

 左肩が灼けるように熱い。額からは滝のように汗が流れている。だけど、足は動く。頭も働かせられる。

 どうにかして、二人をこの窮地から脱出させなくてはならない。ここで倒れる訳にはいかないんだ。


 「(それまで持ってくれよ……! 気を失ったりするんじゃないぞ……!)」


 祈るような気持ちで、自分の身体にお願いする。


 「……あった! あれか!」


 コバの言葉通り、前方に奥へと続く道がある。此処まで近付けば僕にも見えた。

 一目散にそこへ駆け込む。見ると、やはり鉱夫の手で舗装されており、正式な坑道である事が分かる。とすれば、外へと通じている可能性が高い。

 この道を辿っていけば、逃げ切れるかも知れない。

 最奥が袋小路となっていない事を祈りつつ、僕達は全力でその道を駆け続けた。

 後ろからは、依然として狂えるワームが暴走のままに追ってきている。

 やがて、僕達はまたも開けた場所に出た。


 「これは……!?」


 思わず足を止める。

 そこは深い崖となっていた。対岸からこちらまで、一本の吊橋が架けられている。崖の下に蓄えられた闇が、まるで異界の入り口であるかのように錯覚する。


 「何立ち止まってるの!? 早く渡らなきゃ!」


 「わ、分かってるよ! でもこれ、落ちたりしないかな……?」

 

 吊橋は明らかに古い。スファンキルで照らされた部分を見るだけでも、足場の木は所々虫が食ってるし、綱は細くなっている。鉱夫が居た頃はメンテナンスもされていたのだろうが、今や彼らが消えて久しい。自然、この吊橋も朽ちるに任せざるを得なかった。

 果たして、僕達が乗っても大丈夫なのだろうか……?

 そんな風に躊躇していると、後ろから一層強い破壊音と地響きがやってくる。

 ワームが、すくそこまで追い付いてきたのだ。


 「躊躇っている場合じゃないのよ!! 此処を渡れば、あのワームも追って来られないわ!!」


 「その通りです、ナオル様!!」


 二人に叱咤され、僕もようやく肚をくくる。

 

 「(何をやっているんだ……! 二人を守ると決めたのに、僕が足手まといになってどうする!)」


 心の中で自分を叱り飛ばし、僕はコバとメルエットさんに続いて吊橋へと足を踏み出した。

 一歩先へ進む度にギシギシと揺れ、バランスが崩れる。それでもなんとか、僕達は渡ってゆく。

 悪い予想に反し、吊橋は頑丈だった。木を踏む抜く事も、綱が切れる事も無い。


 「(もう少し……!)」

 

 対岸まで目と鼻の先という所まで来た。既にメルエットさんとコバは渡り終えている。

 後数歩というところで、後ろから強い衝撃を感じた。スファンキルに照らされた二人の目が、驚きで見開かれる。

 

 「――っ!?」


 ハッ!として振り返る。

 ワームが、その巨体を吊橋に乗っけてきていた。ズルズルと木の板を這いずりながら、僕に狙いを定めている。


 「ナオル殿……ナオル!! 早くこっちに来て!!」


 メルエットさんが僕を強く促すが、振動で真っ直ぐ立つ事すら難しい。僕は綱に掴まって倒れないようにするだけで精一杯だった。その綱が、ブチブチ!と嫌な音を立てた。


 「ヤバい……!」


 吊橋が限界に差し掛かっている。流石にワームの体重は許容範囲を超えていたらしい。

 最悪の事態を想像して顔から血の気が引く。

 ここまで来て、終わってしまうのか……?

 絶望に呑まれる僕を嘲笑うかのように、ワームが手前で迫るのを止める。

 そして、鎌首をもたげて身を仰け反らせた。口の端から垂れる溶解液。

 だが皮肉にもその一瞬が、僕達の運命を別けた。


 「……! ナオル、今よ!!」


 メルエットさんに言われるのと同時に、僕は最後の力を振り絞って彼女の方へ跳んだ。

 ワームが動きを止めた事で僅かながらも振動が弱まり、足に力を込める事が出来たのだ。

 火事場の馬鹿力と言うべきか、僕の身体は思いの外跳躍し、数歩分の距離を一気に縮めて対岸へと辿り着く。

 飛んできた僕を、メルエットさんとコバがしっかりと受け止める。

 その直後――






 ワームの吐いた溶解液が、吊橋を直撃した。





 

 足場の木の板が、音を立てて溶け落ちる。支えの綱が、あっさりと切断される。

 既に限界へと差し掛かっていた吊橋は、ワームの一撃でとうとうその寿命を迎えた。

 怒りに我を忘れていたワームは、吊橋と運命を共にする寸前、自分が何をしたのか気付いたかも知れない。

 対岸の僕達を憎々しげに睨み、悔しげな鳴き声を上げて――





 ワームの巨体は、崩落する吊橋と一緒に闇へと飲み込まれていった。

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