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竜の階  作者: ムルコラカ
第二章 王都への旅路
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第六十一話

 洞窟の中は想像以上に真っ暗だった。

 廃棄された坑道内で灯など整備されている筈もなく、光源が入り口から差し込む陽光だけであり、奥へ行くにつれてそれも届かなくなってくる。先程、コバやメルエットさんがスファンキルを見つけていなかったらとても先へは進めなかった事だろう。

 

 「スファンキルの灯りって、結構凄いんだね。こんなに暗いのに、少なくとも足元ははっきり見えるよ」


 「光の少ない場所になる程、彼らは強く発光するようになると言われているからね。俗説では交尾の為って語られているらしいわ」


 「なんか、益々蛍みたいだな……」


 「“ホタル”? あなたの世界に居る虫かしら?」


 「うん。スファンキルと同じく、主に川や湿地に生息している光る昆虫だよ。観賞用として昔から親しまれていてね、『蛍雪の功』って言って蛍の光や雪明りで勉学に励む、って意味の慣用句もあるくらいさ」


 「驚いた。“渡り人”達も考える事は同じなのね」


 「そりゃそうさ。何度も言うけど、僕達だって同じ人間なんだからさ」


 僕はメルエットさんから預かったスファンキル入りの袋を高く掲げ持ち、先の様子を照らしつつ先頭を行く。

 打ち捨てられたカンテラや柄の折れたシャベル、横倒しになったモッコや先端の掛けたツルハシ等が所々に散乱している。鉱夫達が逃げた当時のまま、ずっと残されているのだろう。


 「……あのシャベルやツルハシ、皆あれでワームに立ち向かったのかな?」


 「そうかも知れないわね。結果は、芳しくなかったみたいだけど」


 「自分達の職場を必死に守ろうとしたんだろうね……」


 「誠実な鉱夫達だったのでしょう。それでなくても、稼ぎを得る手段を失わない為に引くに引けなかったという事情もあったんでしょうし」


 「死体は……見当たらないみたいだ。もしかして、ワームに食べられちゃったのかな……?」


 「どうでしょう? 生命ひとつを拾って、無事に逃げたと信じたいわね」


 悪い想像を振り払いながら、一歩一歩慎重に歩を進めてゆく。

 この穴蔵の中に、ワームが居る。

 改めて考えてみると、つくづく無謀な敢行だと思う。自分の足音や息遣いがワームに聴こえるかも知れないという恐怖心に囚われ、つい息を潜めたり抜き足差し足忍び足になってしまう。

 もし遭遇してしまった場合は逃げるしか無い。何せモントリオーネ卿が派遣した討伐隊を幾度も退けた存在なのだ。勝てると考えるのは最早妄想の域だ。

 それでも、山林の中を当て所もなく彷徨うよりかはずっと希望が持てる。メルエットさんの言う通り、他の出口さえ見つけられれば……。


 「うわっ!?」


 焦りと恐れを押し殺しながら歩いていると、急に足元の地面が消えた。

 いや、消えたと錯覚したのだ。

 僕が足を踏み出した先は、一段低い段差となっていて、踏み外したと思った足裏はあっさりと下の地面に迎えられ、僕は無様に転倒する羽目に陥らずに済んだ。


 「ナオル様、大丈夫でありますですか!?」


 コバが僕の安否を気遣ってくる。


 「ああ、大丈夫……。なんだか急に地面が深くなったからさ。ちょっと驚いただけだよ」


 「びっくりさせないでよ。何事かと思ったじゃない」


 メルエットさんがぼやきながら僕の前へと進み出て、周囲を見回す。


 「どうやら、横穴が広がっているようね」


 メルエットさんの言葉通り、僕達が進んできた道を横断する形で一回り大きな空洞が開いており、十字路の様相を成していた。僕が足を取られたのは、その横穴の地面だ。


 「ま、坑道なんだから道が枝分かれしてるのも当たり前なんでしょうけど、それにしても随分雑な仕事ねぇ。掘っただけで、整備なんてまるでしている様子が無いわ」


 横道の壁をペチペチと叩きながら、メルエットさんが呆れた声を出す。

 確かに、横穴の方は土壁をならしている風でもなく支えの柱も建ってはおらず、実にいい加減な造りだった。


 「地面の高さも合わせてないしね……。これじゃあ、鉱石を運び出す時に不便しそうだ。鉱夫達が掘ったというよりも、むしろ……」


 そこまで言い掛けて、自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。

 続く言葉を、心臓の早鐘を抑えて喘ぎつつ口にする。


 「……ワームが通った後、みたいな?」


 メルエットさんも、コバもギクリとした様子だった。


 「……あり得るわね。というより、それが自然な考えかも」


 「どれくらい前に出来た穴なんだろう……。まさか、今もまだ近くに居たりするんじゃ……?」


 「分からないけど、この場所からは早く離れるべきでしょうね」


 「……同感」


 ワームの通り道に行き当たってしまうなんて、幸運の後に不運ありか。

 歓待を受けたり、オークに襲撃されたり、崖下に落とされたり、スファンキルや水辺を発見出来たり。

 『禍福は糾える縄の如し』とは良く言ったものだった。


 「先を急ごう。……コバ?」


 どうしたんだろう、コバの反応が無い。

 気になって見てみると、コバは両手を地面に付け、更に耳まで当てていた。


 「コバ、どうしたの?」


 「……ナオル様、コバめは聴いておりますのです。横穴の向こうからやってくる、臓腑に響くような音を……!」


 「えっ……!?」


 言われて僕も意識を研ぎ澄ます。

 すると、足の裏に微かに伝わってくる振動がある事に気付いた。それも、段々と大きくなってきているみたいだ。


 「な、何!? この揺れは……!?」


 メルエットさんも気付いたように、微細だった振動は既に軽めの地震と言っても良いくらいの規模になっている。


 「ワームだ!!」


 「ワームでございますです!!」


 僕とコバは同時に叫んだ。

 

 「逃げろ!!」

 

 僕はメルエットさんの手を取り、奥へと向かって駆け出す。メルエットさんは戸惑いつつも僕に従ってくれた。

 走りながら、一度だけ後ろを振り返る。コバもしっかりと付いてきていた。


 




 オオオオオオォォォォ――!!!





 地響きに、甲高い遠吠えのような声が追加される。

 ワームの鳴き声なのは言うまでもない。

 僕達の存在に、向こうも気付いているらしい。声も、地響きも、しっかりと僕達の後を追ってくる。

 僕達は地中の悪魔から逃れるべく、死物狂いで足を動かすのだった。

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