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竜の階  作者: ムルコラカ
第二章 王都への旅路
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第五十九話

 朝を迎え、逗留の後始末を終えた僕らは、崖沿いを伝ってカリガ方面を目指して進もうと方針を定めた。


 「ナオル殿、傷の具合はどう?」


 「ん……。まだ痛むけど、歩く分には問題なさそうだよ」


 「良かった、ならひとりで歩けるわね? 肩を貸しながら進まなくちゃいけないのかと思ってたところよ」


 「あはは、そこまでメルエットさんに甘える訳にはいかないからね。少しは頼り甲斐あるところを見せなきゃ」


 「自力での歩行という、本来なら出来て当然の行いを頼り甲斐ある姿と言えるかどうかはともかく、前向きなのは良い事だわ。風の魔法が使えると分かったんだから、これからは伝説通りの活躍が出来るよう精進しなさい」


 「それは……まだなんとも言えないかなぁ。考えてみれば、仮に魔法で風を操れたとして、それで落下中の人を無事崖底に着地させるなんて芸当が出来るのかな? って気がするし」


 「普通は無理ね。けど、普通じゃない事を成し遂げるのが魔法というものではなくて?」


 「身も蓋もない言い草だな〜……。どっちにしろ、今はまだ確信が持てないよ。本当に魔法が使えるのか、もっと試してみない事には」


 「道理ね。でも練習するにしても、今はやめときなさい。折角回復した体力を消耗して、結局私の肩を貸す羽目になったらつまらないわ」


 「……ごもっとも」


 相変わらずの手厳しい物言いに、僕は苦笑いを浮かべる。

 メルエットさんのツンツン調子も、普段通りに戻ったようで何より何より。


 「ではナオル様、メルエット様。露払いはコバめが務めさせて頂きますです」


 「コバ……。ろくに寝れてないのに大丈夫?」


 僕はコバの体調を心配していた。目に見える分には全然元気そうだけど、結構無理をしていたりしないだろうか?


 「お心遣い、かたじけなく思いますです、ナオル様。どうかご案じなされますな。コバめはグラス様のお供として戦地への往来も経験してきた手前、強行軍には慣れておりますゆえ、一徹如き苦にはなりませんです」


 「それなら良いけど、もし疲れたら遠慮なく言ってくれよ?」


 「畏まりましてございますです」


 コバは素直に頭を下げた。


 「精々しっかり励みなさい。怠ったら承知しないわよ」


 メルエットさんが腰に手を当てながらコバを見下す。言動や態度こそ居丈高なままだけど、声音や表情からは少しばかり険が取れている気がする。

 僕の願望かも知れないけど。


 「ご期待に添えるよう、微力を尽くしますです」


 コバも何かを感じ取っているのか、心なし嬉しそうにメルエットさんに返事を返した。

 そして、僕達は元来た道に引き返すべく移動を開始した。

 崖沿いに続くゴツゴツした岩場を、コバを先頭にしてひたすら歩く。どうやらこの場所は森の切れ目に当たる付近のようで、少し離れた先には崖とサンドイッチをするかのように森林地帯が広がっており、彼方の先は見通せない。

 不安になった僕は、つい声を上げた。


 「ねぇ、無事にカリガまで辿り着けるかな?」


 「何を言ってるの、カリガには戻らないわよ」


 にべもなくメルエットさんが言う。


 「もしマルヴァス殿の読み通り、昨日の襲撃にモントリオーネ卿が絡んでいるのなら、のこのことカリガへ戻るのは自殺行為よ」


 「そうか……そうだったね。ごめん、うっかりしてたよ」


 僕はあえて逆らわなかった。

 マルヴァスさんの尋問に対するあの盗賊の首領の反応を見る限り、モントリオーネ卿が全ての黒幕であると断定するには些か材料不足の感が否めないが、かと言って一点の曇りも無いとは到底言い切れない。

 待ち構えていた盗賊、降って湧いたように襲ってきたオーク、戦闘中に突如乱入してきたワーム。昨日起きた一連の出来事は、ネルニアーク鉱山の道なら安全に通れるだろうという彼の言葉に尽く反する。

 勿論、モントリオーネ卿がただ迂闊だっただけという可能性も無くはないが、ひとつの街の領主ともあろう人がそんな間抜けなミスを犯すだろうか?

 むしろ彼に悪意があったと考える方が、話の筋書きとしては自然だ。

 モントリオーネ卿は、限りなく黒寄りのグレーゾーンに居ると言える。そこに足を踏み入れないというメルエットさんの判断は正しいだろう。

 ただ…………


 「それじゃあ、何処を目指しているの?」


 「ネルニアーク山の山麓、そこで皆と合流しましょう。マルヴァス殿らが無事なら、彼らもそこまで撤退しているでしょうから」


 「この道、ちゃんとそこまで繋がっているのかな……?」


 「……何が言いたいの?」


 「このネルニアーク山の地形って結構険しいだろ?こうして崖沿いに進んですんなり下山、とはいかない気がするんだ。もう食料も水も尽き掛けてるし、万が一道に迷った場合も考えておかないと……」


 そうなのだ。山の麓に辿り着くまでの所要時間がどれ程になるか、軽く見積もるのは甘い考えのような気がしてならない。最悪、何日にも渡ってサバイバルを強要されるかも知れない。

 このまま補給もせずに山中を彷徨っていたらいずれ行き倒れになる。森に入って木の実なりキノコなりを狩れば飢えは凌げるだろう。選定役にはコバが居るし、食料に関しては割とどうにかなる気がする。

 だけど、水に関してはそうもいかない。

 何処かで水分を確保しないと脱水症状で死ぬ。かと言って仮に水源を発見出来ても、鉱山にある水源なんて何が混じっているか分かったものじゃないし……。


 「それに、盗賊やオークとまた出くわすかも知れないし、あのワームだって何処から飛び出てくるか分かったものじゃな」


 そうなったら万事休すである。たとえ僕が魔法を使えるようになっているのだとしても、まともに太刀打ち出来る自信は無い。この山は危険の宝庫だ。昨夜何事も起きなかったのが、単に相当運が良かっただけなんじゃないか、という気すらしてきた。

 自分で言っててどんどん恐怖が膨らんでくる。僕達を取り巻く状況は、極めて厳しい。その現実が、僕の心に重く伸し掛かってきた。


 「……ナオル殿の懸念は理解出来るわ。だけど、悪い方にばかり考えても詮無い事よ。取り敢えずこのまま進んで、もし道が途絶していたらその時考えましょう」


 「そうだよね。ごめん、不安を煽るような事ばかり言って」


 「一々謝らないの。それよりも足を動かしなさい」


 ぴしゃりと、メルエットさんは僕の言葉を一刀両断にする。

 不思議と、ただそれだけでさっきまで心を押し潰さんばかりに膨れ上がっていた恐怖が、急速に萎んでいくのを感じた。

 

 「(メルエットさんは、強いな)」


 彼女の横顔を見ながら密かにそう思う。

 今の彼女からは、この逆境をなんとしても乗り越えてやる、という気概が感じられる。肚を据えて、気持ちを切り替えたんだ。

 自分を責めて泣いていた昨日の彼女の姿は、もう見えない。

 サーシャとは違う意味で、強い女性だった。


 「……何よ?」


 不審げに睨まれる。少し、横顔を見つめ過ぎていたみたいだ。


 「いや、何でも無い」


 取り繕うようにそう言って、僕は視線を前に戻した。

 すると、歩きながらも森の方に視線を固定しているコバの姿が目に入る。


 「コバ、どうかしたの?」


 不思議に思って尋ねてみると、コバは足を止め、顔を森に向けたままで答えた。


 「……いえ、先程から、森の中を横切る光が見えるような気がしまして……」


 「光?」


 僕達も足を止め、森の方を見る。

 すると、微かに青白い光がその中を移動する様子が見えた。


 「……!? あれは、まさか……!」


 急にメルエットさんがその光を追って森の方へと走り出す。


 「メルエットさん!? いきなりどうしたの!?」


 僕とコバも慌てて後を追う。幸いにも森の手前で彼女が立ち止まったので見失う事は無かった。

 青白い光はひらひらと舞うように木々の間を泳ぎ、奥へと引っ込んでいく。

 その様子を目で追いながら、メルエットさんは顎に手を当てて何やらぶつぶつと呟いている。


 「《スファンキル》……。まさかこんな山の中で見るなんて……。でも、あれが此処に居るという事は……」


 「え? 《スファンキル》? それって確か、マグ・トレドでランプ代わりに使うって言ってた光る虫……?」


 僕の言葉を聴いているのかいないのか、メルエットさんはそれには応えず、光が去って行く方向を目指して再び足を動かし、森へと分け入って行く。


 「あっ! メルエットさん、待ってよ!」

 

 僕とコバは彼女を見失うまいと、怪我している身体に鞭打って必死にその背中を追うのだった。

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