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竜の階  作者: ムルコラカ
第二章 王都への旅路
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第四十九話

 倒木の後ろから一斉に立ち上がった影。その全ての手に、矢のつがえられた弓が握られていた。

 瞬きをする間も無く、それらの矢がローリスさん目掛けて放たれる。


 「――ッ!? ローリス殿っ!!」


 メルエットさんが悲鳴にも似た叫びを上げると同時に、ローリスさんは素早く大盾を頭上に掲げて防御した。

 矢は尽く大盾に弾かれ、虚しく四方に飛び散る。


 「野郎共! かかれぇっ!!」


 倒木の上に仁王立ちになった眼帯の大男。そいつが発した野太い号令を合図に、更なる影が次々とその後ろから飛び出してくる。手斧や剣で武装し、粗末な鎧を着込んだ人達の群れ。それは紛れもなく…………


 「と、盗賊!?」


 まさか、本当に襲ってきた!?

 僕の言葉が終わるや否や、その盗賊達が一斉にローリスさんに躍りかかる。ローリスさんは瞬時の判断で大盾を投げ捨て、背負った《トレング》の柄に手を伸ばした。


 「セアァッ!!」


 裂帛の気合いと共に、ローリスさんが身体を大きく捻る。

 《トレング》が大きな弧を描き、先頭の盗賊達数人を纏めて薙ぎ払った。

 潰れた蛙が発するような短い悲鳴。弾き飛ばされた盗賊達の身体が机の上の鉛筆のように地面を転がる。


 「来いや、雑魚共ォ!!」


 大きく構えをとって相手を威嚇するローリスさん。規格外の剛勇を見せつけられ、いきなり仲間数人を失った盗賊達の間に動揺が走る。


 「怯むんじゃねェ! あの馬車にはお宝がたんまりあるぞォ! 皆殺しにすりゃあ、全部オレらのモンだ!! 一番働いた奴には褒美に好きなモンをやるぞォ!!」


 眼帯の大男が大鉈を肩に担ぎながら盗賊達を鼓舞する。恐らく、彼が首領だろう。

 上司の激励を受けて、盗賊達の表情に再び活気と殺気が戻る。


 「お嬢様をお守りしろ! ローリス殿に続けぇっ!!」


 兵士さんのひとりがそう叫ぶと共に、剣を抜き放って前へと躍り出る。

 「おおっ!」と声を上げて他の兵士さん達がそれに続いた。


 「……っ! ローリス殿を討たせてはなりませぬ! 皆で力を合わせ、賊共を撃退するのです!」


 我に返ったようにメルエットさんもレイピアを抜き、皆の後追いになるような形で声高に下知を下す。

 そして、そのまま自身も戦闘に参加しようとする。

 僕は吃驚して急いで彼女の前に回り込み、止めに掛かった。


 「ちょ、ちょっと待って下さいメルエットさん! あなたはここに居た方が……!」


 「何を言うのです、ナオル殿! 私だけが手を拱いて眺めているなど以ての外!」


 「いやいや! 万が一あなたに何かあったら元も子もないですって! ここは兵士さん達にお任せしましょうよ!」


 「私は誇り高き騎士、コンラッド・イーグルアイズの娘! 皆の背に隠れて震えているだけの臆病者ではありませぬ! さあ、そこをどきなさい!」


 「ちょっ……! ま、待って……!」

 

 メルエットさんは無理矢理僕を押しのけて前に出ようとする。

 困った……どうしよう……!?僕じゃ彼女を説得出来そうにない。


 「マルヴァスさん……!」


 僕はどうにかメルエットさんを押し留めつつ、助けを求めるようにマルヴァスさんを見た。

 しかし、彼の目線は僕達にでも、戦闘中のローリスさん達にでもなく、上に向かって注がれていた。


 「油断するな! 上にも居るぞ!!」


 言いざま、崖上に向けて矢を放つ。

 「うっ!」という短い呻き声と共に、人間の身体が下に落ちてくる。盗賊達の仲間だ。

 はっとして崖上を見上げると、他にも数人、盗賊達が弓を構えてこちらに狙いを定めていた。


 「メルエットさん、こっち!」


 「……っ!? ナオル殿!?」


 僕はメルエットさんの手を掴んで、力づくで馬車の後ろに引き込んだ。直後に、引き絞られた弦が次々と弾かれ、幌に矢が突き立つ音が連続する。


 「マルヴァスさんっ!」


 「分かってる! お前らはそこに居ろ!」


 心強い言葉をこちらに投げ掛けながら、マルヴァスさんが機敏に応射する。

 ひとり、ふたり、と彼の正確な射撃が敵を射抜き、断末魔の叫びや転落する音が断続的に響く。

 白兵戦を演じていた兵士さん達の何人かが、こちらの事態を察して駆け戻ってきた。彼らもまた弓を執り、マルヴァスさんを援護する。


 「……ナオル殿、手を離しなさい」


 低い声でメルエットさんが抗議する。


 「ダメです! 無茶はさせられませんよ!」


 僕は取り合わず、馬車の端からそっと顔を覗かせて様子を窺う。

 コバの姿が見えない。何処に居るのだろうか……。

 

 「離して下さい……! 痛い……!」


 「えっ?」


 ようやく僕はメルエットさんを振り返る。

 彼女は痛みに顔を顰めながら、懇願するようにこちらを見ていた。


 「あっ……! ご、ごめんなさい……!」


 思いの外、力が籠もり過ぎていたらしい。僕が慌てて手を離すと、掴まれていた手首を擦りながらメルエットさんが顔を背けた。


 「メルエットさん、あの……」


 「謝罪は結構です。……私も、冷静さを欠いていました」


 目を合わせないまま、メルエットさんは言う。寂しげな横顔だった。

 何か言わなきゃ。そう思ったが、向こうの白兵戦の様子の方に気を取られた。

 既に、大勢は決しているようだ。

 地面に倒れ伏しているのは、いずれも盗賊達である。ローリスさんを始め、こちら側は殆ど被害も無く全員が立っていた。

 盗賊側は、まだそれなりの人数が残っていたが、ローリスさん達の余りの強さを前に完全に戦意を喪失しているようだった。


 「凄い……!」


 思わず感嘆の声が漏れる。正しく兵士さん達の面目躍如だ。


 「ち、ちくしょう……!」


 首領の顔が恐怖に染まる。まさかここまで一方的な展開になるなんて思っていなかったのだろう。


 「へっ! 相手が悪かったな! 俺達を狙ったテメェの目利きの悪さを恨みやがれ!!」


 ローリスさんが中指を立てて勝ち誇る。育ちの悪さが残る振る舞いだったけど、実際彼が一番活躍したようだ。周りに積み重なっている、身体が不自然な形に折れ曲がった骸の数々がそれを物語る。

 惨い……。人の死なら、あのマグ・トレドの悪夢の日に嫌と言う程目の当たりにした。だけど、人と人との殺し合いの結果として出来た『それ』を見たのは初めてだ。

 現実を認識した僕は、耐えられずにその惨状から目を逸らした。

 偽善かも知れないが、そうせずにはいられなかったのだ。


 「残るはテメェらだけだ! 覚悟しやがれ!!」


 ローリスさんの声が、僕を引き戻す。

 ダメだ……。目を背けちゃダメだ。ちゃんと見届けないと……!


 「ボス! ずらかりやしょう!」


 生き残った仲間のひとりが、首領に逃げるよう促す。しかし、彼は首を振った。


 「ざけんじゃねェ! 失敗は許されねンだ! これが“あの人ら”にバレたら、オレ達は……!」


 首領は切羽詰まった表情で大鉈を構える。


 「こうなりゃヤケだ! ひとりでも多く道連れにしてやらァッ!!」


 鬼気迫る勢いで、首領がローリスさんへと突進する。躊躇いなく間合いに踏み込み、思い切り大鉈を振り下ろす。

 ローリスさんは、その一撃を難なく《トレング》の柄で受け止めた。金属同士が激しくぶつかり合う音が空気を震わせる。


 「――ッ!?」


 「踏み込みが甘ェ! ぬるいんだよ、テメェはよォォ!!」


 ローリスさんが手の中の《トレング》を大きく回転させる。


 「殺すな! ローリス!!」


 マルヴァスさんの大声が響く。その直後、《トレング》の柄頭が首領の胴を捉えた。


 「がっ、はっぁ――!?」

 

 首領の身体がくの字に折れ、その場に崩折れる。大鉈が手を離れ、地面に滑り落ちた。


 「ひ、ひえええっ!! ボスがやられた! 逃げろぉぉぉ〜〜〜!!」


 生き残った盗賊達が我先に逃げてゆく。お互いを気遣う気配など微塵も無く、それぞれが思い思いに倒木を越え、消えていった。


 「へっ! 一丁上がり! 他愛もねェな!!」


 《トレング》を担ぎ上げ、倒れた首領を悠々と見下すローリスさん。そこへマルヴァスさんが歩み寄る。


 「殺してないだろうな?」


 「うるせェよ。テメェの指図なんざ無くたって始めからコイツは生け捕りにするつもりだった。ほれ」


 と、ローリスさんは首領の身体を足で突いた。


 「う……!」


 首領の口から僅かに呻き声が上がる。どうやら気絶させただけのようだ。


 「上出来だ。こいつにはたっぷり情報を吐いてもらわないといけないからな」


 「偉そうにほざくな。全てはお嬢様次第に決まってら」


 「ところで、言葉遣いが元に戻っているぞ。もう騎士らしい振る舞いは止めたのか?」


 「なっ……! こ、このヤロ……!」


 憎まれ口を叩き合いながら、二人が物言わぬ首領を見下す。

 僕はメルエットさんを見た。

 彼女は、複雑な視線を二人の背中に向けていた。

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