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竜の階  作者: ムルコラカ
第二章 王都への旅路
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第三十九話

 出発の日。僕達は支度を整えて館の門前に集った。

 天蓋の付いた、見るからに貴族風の立派な馬車を囲むように、四台の幌馬車が停泊している。

 中央の馬車にメルエットさんが乗り、その周囲をローリスさんを含む数名の騎兵が護衛する。三台の幌馬車には僕やマルヴァスさん、それから他の兵士さんが乗る。コバも、特別に乗車を許可されていた。

 残り一台の馬車には、水や食料、衣類に寝具等、旅に必要な諸々の備品や消耗品が山と積んであった。所謂、輜重しちょうというやつだ。

 

 「コバ、元気でね。しっかりやるんだよ」


 シラさんが、そう言ってコバを抱き締める。コバは困惑した表情を浮かべたものの、素直にされるがままになっていた。


 「ナオル殿、これを」


 一度、二人のやり取りを微笑ましそうな目で眺めてから、ジェイデン司祭が数冊の本を僕に手渡してくる。


 「司祭さん、これは?」


 「教会に保管されてある蔵書を整理していたところ、些少ながら“渡り人”に関する記述のある本が見つかりましたので選んでおきました。あなたに進呈します」


 「よろしいんですか?」


 「あなたの事情は伺いました。竜を信ずる者として、私は“渡り人”を肯定するつもりはございません。ゆえに、これらの書物は教会に置いてあっても無用の長物。蔵の中で埃を被っていましたしね。しかしながら、あなたにとっては役立つ代物かも知れません。あなたに引き取って頂ければ、双方の得となる。如何ですか?」


 「司祭さん……」


 「是非とも受け取って頂きたい。私はあの夜、結局何も為せなかった。《始祖竜》様の御心は深遠で人の尺度では測り難いとは言え、あの竜が街にもたらした災厄は受け入れがたいものです。たとえ最初に仕掛けたのが、人の側であったとしても」


 「…………」


 「罪滅ぼしになるとは露程も思いませんが、せめてあなたのお役には立ちたいのです。あなたはグラス殿、シラさん、そしてサーシャに続く、私の良き友。友情の証として、これらの書物を収めて下さい」


 「……分かりました。御好意に感謝します、司祭さん」


 僕はそれらの本を受け取ると、パラパラと軽く中身をめくってみた。やはりというか、これも書かれてある文字は日本語だ。


 「……あの、この文字もやっぱり《アシハラ言葉》なんですよね?」


 「はい? 左様ですが?」


 それがどうした? と言わんばかりの怪訝な顔をするジェイデン司祭。


 「僕、おかしいと思ってたんです。この世界は僕の居た所とは違うのに、僕にはここの言葉が分かるし文字も読める。僕の居た世界では、この文字は日本語って言うんです」


 「ううむ、言われてみれば確かにその通りですね。“渡り人”とは即ち、異世界からの訪問者。世界が異なれば、言語も、風土も、歴史も、何もかもが違うのが道理。それなのに、ナオル殿は何不自由なくこうして我々との意思疎通が図れている。まさか二つの世界で同じ言語を有している訳でもあるまいに……」


 ジェイデン司祭は顎に手を当てて考え込むが、やがて諦めた顔で首を振った。


 「……申し訳ありませんが、確かな事は分かりません。今ナオル殿にお渡しした書物にも、それらの理由は記されておりません。ただ、《聖環教》の聖職者であれば、詳しい情報を持っているかも知れません」


 「《聖環教》が……?」


 「“渡り人”の存在を積極的に説いているのは《聖環教》で、それを信じておられるのは大体が貴族の方々です。王都には彼らの教徒が数多く居るでしょう。ナオル殿が求める答えもきっと見つかる筈」


 「なるほど、全ては王都で……って事ですね」


 「お元気で。あなたと出会えて良かった、ナオル殿。あなたの本懐が叶うよう、心から願っております」


 「ありがとうございます、ジェイデン司祭さん。何から何まで助けて頂き、満足にお返しも出来ず済みません。慌ただしいお別れになりましたが、僕もあなたと出会えて良かったと思っています。いつかまた、お会いしましょう」


 僕達はしっかりと握手を交わした。ジェイデン司祭の力強い手の感触が、僕の前途を温かく祝福してくれているように感じられた。


 「ナオル」


 マルヴァスさんが後ろから声を掛ける。見ると、イーグルアイズ卿とメルエットさんが連れたって出てくるところだった。


 「それじゃあ、行ってきます」

 

 僕はジェイデン司祭とシラさんにそれぞれ頭を下げ、コバと一緒に馬車へと向かう。


 「頑張んな!! 挫けるんじゃないよ!!」


 シラさんの激励を、しっかりと背中に受けて。







 「父上、それではこれより出立致します」


 「うむ。メルエットよ、道中くれぐれも気をつけるのだぞ」


 「ご心配には及びません。私自身、幼少より厳しく剣の手解きを受けている身。ゆめゆめ、父上の名を汚すような失態は犯しません。気負わず、誠実に、授かった任を果たしてみせましょう」


 そう言うメルエットさんの出で立ちは、いつものお嬢様然とした服装とは打って変わって一介の冒険者風に改められていた。

 長い赤髪をポニーテールのように括り上げ、革のジャケットとスボンを身に纏い、腰には一本の細身の剣を差し、白いマントを羽織った見事な旅装束。余計な装飾を一切破棄した機能的な恰好。しかも服に着られている感は無く、中々どうして様になっている。

 最初会った時と印象が変わっていた。悔しいけど、カッコいい。


 「……惚れたか?」


 マルヴァスさんがニヤニヤしながら小声でとんでもない事を訊いてきた。


 「なっ!? ち、違いますよ……!」


 慌てて否定する。顔が熱くなっているのは、急に話し掛けられてびっくりしたからだ。そりゃ、メルエットさんとは出来れば仲直りしたいと思ってはいるけどさ……。


 「俺も驚いてるよ。子供だったメリーが、あんなにも立派に見えるなんてな」


 「深窓の令嬢扱いするなって、メルエットさんが言っていたのも分かる気がします」


 「曲がりなりにも武人の娘って訳だ。だがまあ、実際の腕前は修羅場に出くわしてみないと分からんだろうがな」


 「……何も起こらない事を祈りますよ」


 旅の道程は、以前マルヴァスさんが立てた計画とほぼ同じだった。カリガ、オルフィリスト、ランガルという三つの街を経由して王都へと至る。ただし、その道中には不穏な噂が絶えない。

 北のソラスという国から流れ込んでくる流民。それらを核とした盗賊達の出没だ。

 わざわざそんな道を、と思うだろうが王都への最短距離はこのルートしか無いらしい。何とも世知辛い話だった。


 「心配すんなって。道中、俺が少しずつ稽古をつけてやる」


 「……はい、宜しくおねがいします、マルヴァスさん」


 僕は腰に差してある短剣ウィリィロンの鞘を掴む。メルエットさんを守る為、サーシャとの約束を守る為、何より僕自身がこの先生き残ってゆく為に、一日も早くこれを使いこなせるようにならなければいけない。マルヴァスさんが稽古の相手になってくれるなら、この上なくありがたい。


 「皆の者! くれぐれも我が娘を頼むぞ!! マグ・トレドの為、ひいてはダナン王国の為に、己が使命を果たせ!!」


 イーグルアイズ卿が発破をかけると、護衛の皆は一斉に剣を抜き、それを天高く掲げて鬨の声を上げた。

 その中をメルエットさんは静かに歩み、中央の馬車へ乗り込む。その直前、一瞬こちらを見たような気がしたが、目が合う前に彼女の姿は扉の向こうへ消えた。

 続いて、ローリスさんがあの大槌、《トレング》を肩に担ぎながら器用に傍の軍馬に騎乗する。


 「ほう。あいつ、乗馬にも長けてるみたいだな。貴族出身でもなく、正規軍に組み入れられた経験もこれまで無かっただろうに大したものだ」


 マルヴァスさんが感心したように言った。


 「それじゃ、俺達も荷台へ入るとするかね」


 マルヴァスさん、そして僕とコバは、右後ろの幌馬車へ数名の兵士さん達と一緒に乗り込んだ。程なく馬に鞭を当てる音がして、ガタンという衝撃と共に馬車が動き出した。

 僕は、荷台の後ろから館を振り返る。イーグルアイズ卿、シラさん、ジェイデン司祭、その他多くの見送りに来てくれた人達の姿が、緩やかに遠ざかってゆく。隣では、コバもしっかりと彼らを見詰めていた。


 (さようなら、皆。さようなら、サーシャ……)


 次第に小さくなってゆく彼らの姿を見ながら、僕は心の中で静かに別れを告げるのだった。

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