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竜の階  作者: ムルコラカ
第二章 王都への旅路
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第三十八話

 「じゃあ、王都まで行くんだねあんた達」


 出立前夜。僕とコバは、シラさんに別れを告げに来ていた。サーシャの葬儀が終わった後も、母親の彼女は貸し与えられた館の一室で起居していた。勿論これもイーグルアイズ卿の厚意だ。

 シラさんへの訪問には、多大な勇気を要した。本来なら、まともに合わせる顔などあろう筈も無いのだ。それでも、会わずに旅立つ事なんて出来ないし、許されない。

 僕は、ともすれば下を向きそうになる自分を心の中で叱咤して、シラさんと目を合わせ続けた。


 「はい。メルエットさんのお供という名目でご一緒させて頂く事になりました」


 「大役じゃないか! 良かったねぇ、しっかり励むんだよ!」


 そう言って朗らかに笑うシラさん。その優しい笑顔に、僕の胸は更に締め付けられる。自分の顔が引きつり、歪むのが分かった。


 「シラさん、あの……!」


 「コバ、しっかりナオル君をたすけてあげるんだよ! 身の回りの世話とか、色々とね!」


 「心得てございますです、シラ様。コバめの命はナオル様の為に燃やすもの。シラ様、グラス様、そして何よりサーシャ様のご名誉に掛けて、コバめは身を尽くしますです」


 「…………っ!」


 サーシャの名前が出て、僕は身を固くする。何をしているんだ、コバの方がしっかりと受け答えをしているじゃないか。


 「うん! 良い心意気だよ! あんたはしっかり者だから、きっと大丈夫さ。でも身体にだけは気を付けな。壊したら仕事どころじゃないんだからね?」


 「ナオル様のお許しを得た上で、自愛に努めますです」


 「ナオル君、あんたもコバにあんまり無茶はさせないでやっておくれ。この子は頑張り屋だけど、やり過ぎるところがあるからねぇ」


 「は、はい! 注意しておきます!」


 反射的な僕の返事を歯切れが良いと思ったのだろうか、シラさんは満足そうに頷く。柔和で包容力に満ちた表情は、さっきから全く崩れない。無理して笑ってくれている風でも無い。僕の胸中など、全部見通した上でこうして微笑みかけてくれる気さえしてきた。


 「………………」


 「ああ、あたしの心配なら要らないよ。丁度館が人手不足気味だったって言うんで、手伝いとして雇ってもらえる事になったからね。領主様の御好意に甘えさせてもらいながら、ゆっくり今後の身の振り方を考えるさ」


 「そ、そうなんですか! それは、良かった……」


 「どうしたんだいナオル君? なんだか顔色が悪いじゃないか」


 「………………」


 もどかしい思いだけが膨らんでゆく。言わなきゃ……。この人に言うべき事があるんだ……。逃げるな……逃げるな、ナオル……!


 「…………サーシャの事だけどね――」


 「……っ!?」


 シラさんが口火を切ろうとした時、それが僕の背中を押す最後の一助となった。





 「ごめんなさいっっ!!!」





 僕はその場に膝を付き、心の底からその言葉を押し出した。僕の叫びが部屋中にこだまする。


 「サーシャさんを死なせてしまって……! 娘さんを守ってあげられなくて……! ごめんなさい……っ!!」


 月並な謝罪の文句。どれだけ声に力を込めようと、土下座で誠意を示そうと、思いついた言葉はこれしか無かった。どんなに修辞を連ねても、真実はこれだけなのだから。

 視界がぼやける。ひとつ、ふたつと、床に雫が落ちてゆく。あれだけ泣いても、とっくに涸れたと思っていても、サーシャに想いを馳せると後から後から涙が湧いて出てくる。

 しかしそれでも、この人の抱える悲しみは、僕なんかの比ではないのだ。何もかもを喪ってしまった、この人の――――。


 「……顔を上げな」


 「ごめんなさい……! ごめん、なさ……!」


 「良いから、ほら!」


 肩を掴まれ、強い力で引き上げられる。シラさんは、呆れ半分な笑顔で僕を見ていた。


 「やれやれ、しょうがない子だねぇ。そんなに泣き虫だと、本当に女の子みたいに見えちまうよ?」


 「シラ、さん……。僕は…………」


 「ほら、じっとして。拭いたげるから」


 シラさんが、手拭いで僕の顔を拭ってゆく。とても優しい手付きで、泣いてる幼子をあやすような感じで……。それが心地良くて、思わずされるがままになっていた。


 「……よし! 男前になったよ!」


 「シラさん…………」


 「……サーシャの事は、あんたの所為じゃない」


 シラさんは微笑みを浮かべながら、それでもきっぱりと告げた。


 「何度も言っただろう? あんたはお客で、あの子は宿の人間だ。お客の安全を守るのは、あの子の仕事だったんだからねぇ」


 「でも……!」


 「分かってる。あんたの気持ちは嬉しいし、ありがたいよ。娘の事をこんなにも想ってくれてる人が居てくれて、親として冥利に尽きるよ。あの子は、幸せ者だね……」


 シラさんは一度目を落とし、「ふうっ」と息を吐く。


 「……悲しいに決まってるよ、そりゃあね。可愛いひとり娘だったんだ。あの人が……旦那があたしに残してくれた、掛け替えのないただひとつの宝だったんだ」


 「…………!」


 「でもね、人はいずれは死ぬもんさ。早いか遅いかの違いだけがあって、誰でも等しく終わりの時ってのはやってくる。最期に笑って死ねるなら、その人にとっちゃ良い人生だったって言えるんじゃないかい?」


 「わらっ、て……?」


 「あんたも覚えてる筈だよ。サーシャが、最期になんて言っていたのか」


 「…………ありが、とう。『ありがとう』って、言われ……ました……!」


 「うん、そうだね…………」


 シラさんは、慈しむように僕の頭を撫でた。


 「あたしも、だよ。あたしも、あんたに同じ事を言いたい。サーシャを、安らかに眠らせてくれて……ありがとう」


 シラさんが僕を抱き寄せる。後頭部と背中に手を回し、肩に顎を乗せ、強い力で僕の身体を抱きしめる。

 それから、震える声で言った。


 「あの子は、幸せだった……! 幸せな気持ちで、逝ったんだ……!」


 「シラ様…………」


 コバが心配そうな声を上げる。僕には見えないシラさんの今の顔を、彼はどんな想いで見ているのだろう?


 「……コバを、頼んだよ。サーシャの弟で、あたしの息子だ。大事にしておくれ……!」


 「……はい! 約束、します……!」


 僕は涙を流しながら、サーシャの前で立てた誓いを、シラさんの前で繰り返した。

 三人のすすり泣く声が、しばらく部屋の中を満たし続けた…………。

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