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竜の階  作者: ムルコラカ
第二章 王都への旅路
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第三十六話

 気持ちの整理をつけて心機一転した僕は、コバを連れて街の後片付けを手伝う事にした。


 「大丈夫か? 焼けた家屋とか道具だけじゃない、回収が間に合っていない人々の死体もごろごろ転がってるんだぞ?」


 「それでも構いません。大体いつまでもご厚意に甘えてばかりいられませんよ、僕も何かお役に立ちたいんです」


 マルヴァスさんは心配していたけど、メルエットさんにあんな啖呵を切った手前もあり、館でのほほんと過ごしているだけでは申し訳無さすぎるし、何より自分の気が済まない。


 「ナオル殿もマルヴァス殿も伯爵閣下のお客人であられますので、雑事に携わって頂くというのは……」


 「お願いします! 日暮れまでには戻りますから!」


 「頼むよ家宰殿、無茶しようって言ってるんじゃないんだ。穀潰しの身に甘んじるのも、それはそれで座りが悪くてね」


 館の管理一切を任されている髪も髭も白い老執事さんが難色を示したものの、マルヴァスさんの口添えもあって無事に説得に成功し、どうにか外出許可を得られた。

 イーグルアイズ卿やシラさん、何よりサーシャへのせめてもの恩返しと励み勇んで、僕達は灰燼と帰した街へと繰り出した。

 兵士さん達に混じり、道端に落ちている焼け焦げた廃材を片っ端から拾い上げ、暫定的に設えられたゴミ置き場へと集めてゆく。時折人体の一部が瓦礫の下から顔を覗かせ、反射的に顔を背ける事はあったが、コバやマルヴァスさんと三人で協力しながら順調に作業をこなしていった。


 「……あれ?」


 「どうした、ナオル?」


 「火蜥蜴サラマンダーの死体が見当たらなくて……。あんなに沢山沸いてたのに一匹も無いって変じゃないですか?」


 「ああ、それか。竜の炎が消えるとあいつらも消えるって言っただろ? 生きてようと死んでいようと、文字通り煙のように跡形も無く消えちまうんだよ」


 マルヴァスさんが恐ろしい事実を告げる。破壊と殺戮の限りを尽くし、後には自分の存在すら残さない。竜の意のままに産み出され、用済みになれば棄てられる歪な命。

 ふと、火蜥蜴の喉に《ウィリィロン》を突き立てた時の事を思い出した。恐ろしい怪物だったし、この手で殺してしまった相手だけど、あれは確かに生きていたのに……。


 「……なんだか、少し可哀想ですね」


 「あんまり共感しようとするなよ? 所詮何処まで行っても相容れない連中だ。情を持ってしまえば、刃が鈍って殺されるだけだ」


 「それは、そうなんですが……」


 「マグ・トレドは、竜によって無残に蹂躙された。この報せは王国中を震撼させるだろう。下手をすれば、各国間の新たな火種ともなる可能性だってある。これから世界は荒れに荒れるぞ。ナオル、お前もその覚悟はしておけよ」


 「……はい」


 竜の襲撃は長く尾を引く。そんな予感をマルヴァスさんは抱いているようだ。僕は、背筋が薄ら寒くなるのを禁じ得なかった。

 復興への希望と、未来への暗い想像を胸の内で複雑に掻き混ぜながら、僕達はひたすら手を動かす。

 仕事の過程ですれ違う兵士さん達が、コバを見る度に顔を顰めて舌打ちする。当然良い気分はしなかったが、またカッとなって突っかかればトラブルに発展するだけだし、その分作業が滞る事になる。これも辛抱とひたすら自制に務め、その代わりにコバに寄り添う。


 「コバ、そっちの大きいのは僕が持つよ」


 「いえ、ナオル様。どうかお気遣いなく。これくらいの量でしたら問題なく運べますです。慣れておりますゆえ」


 「そっか、流石だねコバ。凄く頼もしいよ」


 笑顔で褒めると、コバは照れたようにはにかむ。皆がコバを蔑むなら、その分僕が彼を褒めてあげれば良い。その方がずっと建設的だ。メルエットさんとの喧嘩を経て、僕も少しは学べたらしい。

 そう言えばそのメルエットさんだけど、結局あれから一度も会っていない。まぁ、僕としても顔を合わせ辛かったのでこちらから所在を探す事もしなかったんだけど。

 時間が経つにつれて、流石にあれは言い過ぎたと反省する気持ちも湧き上がってくる一方、コバへの仕打ちが許せない部分もしっかり残っていて、非常に気まずいのだ。お互い、少し冷却期間を設ける必要があるかも知れない。

 なんと言っても現状お世話になっている人の娘さんな訳だし、険悪になるのは良策とは言えないだろう。それに、打算を抜きにしても、折角知り合えたのに仲違いしたままなのは何か寂しい。

 そもそもが、彼女の事を碌に知りもしないのに決め付けが過ぎた。頭に血が上ると、兄さんの教えをついつい忘れてしまう。

 機会があったらもっと話し合ってみよう。コバの件も、何らかの落とし所を見つけられるかも知れないし。

 作業に集中する傍ら、頭の片隅でそんな事を考えるのだった。







 「おお! ナオル殿にマルヴァス殿! お帰りになられるのを今か今かとお待ちしておりましたぞ!」


 日が暮れて館に戻ると、執事さんが館の門の所で待っており、こちらを見るなり駆けつけてきた。


 「ささ、館へお早く! 伯爵閣下が謁見の間でお待ちでございます!」


 「コンラッドが帰ってきてるのか?」


 マルヴァスさんが、渡された手拭いで汗を拭き取りながら言った。


 「左様でございます。至急、マルヴァス殿らとお会いしたいと仰せでございまして」


 「あ……でも僕達、今こんな恰好ですけど……」


 僕は自分の姿を指差した。汗に塗れ、煤やら埃やらを被った酷い有様だ。領主との会見の席に臨むのに相応しい恰好とは、お世辞にも言えない。


 「ご心配には及びません。そのままで良いとの伯爵閣下のお達しでございます。どうぞそのまま謁見の間へ」


 そう言うと執事さんは優雅な仕草で踵を返し、僕達を案内しようとする。


 「なんだろうな? とりあえず行ってみるか、ナオル」


 「そうですね」


 正直気は進まないけど、向こうが良いと言ってるのにこちらが謙遜しすぎるのも却って失礼かも知れない。となると懸念はひとつだけ。


 「コバも、同行させて良いですか?」


 「……それも構わぬと、仰せつかってございます」


 OKらしい。返事にワンテンポ間があったのは気にしないようにしよう。







 「マルヴァスにナオル殿! よく来てくれた、礼を申す」


 謁見の間で待っていたイーグルアイズ卿は、僕達を見るなり相好を崩した。


 「公の場に招かれて恐縮……と言いたい所だがコンラッド、堅苦しい挨拶は抜きで良いか?」


 「勿論だ。今回は非公式の形を取っておるゆえ、体裁を気にする必要は無い」


 イーグルアイズ卿はマルヴァスさんの手を取って足労を謝した。続いて僕も挨拶しようと思った時、奥に控えている人影に気付いて息を呑んだ。


 「…………」


 メルエットさんだ。前以上に冷えた目付きでじっとこちらを、正確には僕を睨んでいる。針のむしろに座らされたような気分になり、思わず目を逸らした。


 「ナオル殿、あの夜以来ついぞ再び会う機会が無かったが、今ようやくこうして相対する事が出来て嬉しく思う」


 「……あの時はどうもありがとうございました。今も、こうしてご厚意に預かり身に余る光栄です」


 メルエットさんを気にしながら、慎重に言葉を選ぶ。彼女との喧嘩を、イーグルアイズ卿はもう耳にしているのだろうか?


 「ご友人の事は、残念だった。我らが不甲斐ないばかりに、罪無き民を大勢犠牲にしてしまった」


 悔やむように顔を伏せるイーグルアイズ卿。ややあって顔を上げた彼は、表情を改めて僕達に言った。


 「こうして貴殿らを呼んだのは他でもない。過日の竜によるマグ・トレドの襲撃は、我らだけの問題に非ず、ダナン王国全土を揺るがす大事件である。よって、王都へ正式に使者を送り、事の次第を詳らかにご報告申し上げる必要がある」


 「風聞だけなら既に八方に飛んでいるだろうがな。得体の知れない尾ひれが付いて、いたずらに混乱を拡大させる前に手を打っておく必要はあるだろう」


 「うむ、最も恐れるべきは、北の帝国が再びいらぬ邪心を起こし、兵を挙げて我が国を狙う可能性だ。そうなれば抜き差しならぬ事態となる。それを防ぐ為にも、陛下に奏上し国としての方針をお定め頂くのだ」


 「なるほど、読めたぞ。つまりはその使者御一行様に俺達も加われって話だろう?」


 「ええっ!?」

 

 僕は目を見張ってマルヴァスさんとイーグルアイズ卿を見比べた。


 「理解が早くて助かる。可能ならば余が直接王都へ出向くのだが、ここまでの被害が出た以上、街を離れる訳にはいかん。良からぬ企みを持つ連中に付け込まれる隙となる。よって余の名代として、メルエットを正使として遣る事にした」


 「えええっ!?」


 更に瞠目。イーグルアイズ卿の言葉を受けて、メルエットさんが静々と前に進み出た。

 

 「道中、何卒宜しくおねがいします」


 優雅な動作でお辞儀してみせる。……マルヴァスさんにだけ向かって。


 「おいおい、随分思い切ったなコンラッド。良いのかよ、嫁入り前の愛娘を手元から離して」


 「深窓の令嬢扱いは不本意でございます、マルヴァス殿」


 呆れた様子のマルヴァスさんに応えたのは、メルエットさん自身だった。


 「正使のお役目は、私自ら志願しました。マグ・トレド伯の娘なればこそ、使者の格としては申し分無い筈。このような情勢下、安逸と館で日々を過ごすより遥かに有意義な身の処し方だと思いますが?」


 ……もしかして、僕に言われた事を気にしている? マルヴァスさんも同じ事を思ったようで、横目で僕を見た。


 「別に、ナオル殿との口論が原因ではございません」


 バレてた。て言うかメルエットさん、そのセリフは肯定しているようなものでは……?


 「私は私なりの考えがあって此度の意志を固めたのです。そして、お父上がその請願をお認め下さったというだけの事」


 「まぁ、そういう訳だ。そなたらも王都を目指して旅をしているのであろう? ならばここは利害の一致と言う事でひとつ宜しく頼む。特に“渡り人”であるナオル殿は、王都に行けば得る物も多かろう。彼処には“渡り人”に関する記録の他に、王宮お抱えの正式な魔道士もおる。魔法についても色々と学べるであろう。“渡り人”としての力を開花させる事も叶うやも知れん」


 「魔道士……。魔法……」


 「《聖環教》が説く“渡り人”伝説の真偽を確かめる為にも、ナオル殿は王都で己を磨くべきだと思う。……お友達の仇を討つ為にもな」


 「……っ!」


 サーシャを殺したあの竜、《棕櫚しゅろの翼》……。仇を討ちたいか、と言われれば当然討ちたい。

 だけど、イーグルアイズ卿の言葉にも何処か釈然としないものを感じる。あの夜、マルヴァスさんが口にした『大望』という言葉。強大な力を有した個人が往々にして辿る運命……。

 ……いいや、やめよう。少なくとも、今は考えなくて良い事だ。

 僕はイーグルアイズ卿の目を見ながらしっかりと答えた。


 「イーグルアイズ卿やマルヴァスさんには、ここまでずっとお世話になりっぱなしです。その御恩を少しでもお返し出来ると言うなら、喜んでお引き受けしたいと思います」


 「そうか! よく言ってくれた! 心から感謝するぞ、ナオル殿!」


 イーグルアイズ卿が破顔して見せる。少なくとも、その笑顔に邪気は感じなかった。


 「やれやれ。まァ、領主の決定を今更覆すのもな。分かったよコンラッド。考えようによっちゃ、王都までの足を確保出来るんだ。俺達からすれば至れり尽くせり、得しか無い申し出だ」


 「ありがとう、マルヴァス。領主としても友人としてもこの上なく嬉しく思う」


 「良いさ、俺とお前との仲だ。それより、使者団の人数は何人を考えてる? メリーを行かせる以上、指で数えられる程度じゃ済まないだろ?」


 「おおよそ三十人前後で考えておる。今、兵士の中から選抜を行っておるところだ」


 おう、そうそう。とイーグルアイズ卿が付け加える。


 「此の度、新しく召し抱えた者も同行させる。つい先程、略式ながら騎士の洗礼を受けさせたばかりだ。そなたらにも改めて紹介しておこう」


 そして、僕達が入ってきた扉へ向けて声を掛けた。


 「もう入ってきても良いぞ! こちらへ来て顔を見せるが良い!」


 その言葉に応えるように、扉が静かに開かれる。中から現れた顔を見て、僕は自分の目を疑った。

 髪を切り、髭も剃り、鎧も真新しくなっている。しかし、いくつもの古傷が刻まれたその顔は忘れる筈も無い。隣を見ると、コバも仰天した表情を浮かべていた。

 『彼』は見違えるような、それでいて節々にぎこちなさを残した所作でおもむろにこちらへ歩いて来て、僕達の眼前で跪き、軽く頭を下げた。そして、強張った声で厳かに名乗りを上げる。


 「騎士ローリス、只今参上仕りましてございます」

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