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竜の階  作者: ムルコラカ
第六章 ブルーナボーナ家の誘い
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第二百四十九話

 おさらいしておくと、エンの村というのはカーレスの森から約15km (この国の単位で換算すると300ドリスとなる)南西に下った先にある廃村だ。魔力の影響が濃い【竜穴】という土地柄ゆえか、凶暴化した野生動物に何度も襲撃を受けた末に滅んでしまったという、曰く付きの村である。


 僕達はシー族の哨戒に気取られるのを避ける為、迷わずそちらへ舵を切った。既にまったく使われなくなって久しいからか、エンの村に続く道は本来の進路に輪をかけて草木が生い茂っており、ちょっとでも気を抜くとすぐ迷ってしまいそうなくらいの悪路と言って差し支えない。


 メルエットさんやナンジュさんが何度も方角を調べ、フォトラさんと僕とコバが神経を研ぎ澄まして辺りを探り、僕達は一歩一歩慎重にエンの村へ歩を進めた。フィオラさんやスーリヤさんもしっかり気を引き締めてくれたのか、余計なおしゃべりは一切挟まずに黙々と足を動かしていた。


 どのくらいそうして歩き続けただろうか。終始気を張り詰めた回り道は、ただ歩くより二倍三倍の疲労を蓄積していった気がする。いつまでこの道程が続くのかという苛立ちが誰ともなく口から漏れようとした頃、ようやく彼方に村の家屋らしきものが見えた。


「……! 見てください、人家の痕跡がありますよ!」


 そのメルエットさんの言葉は、僕だけでなく他の皆にとっても救いの福音に聴こえただろう。


 気づけば、既に空は暗くなりつつある。


「良かった。どうにか陽が落ちきる前にエンの村へ辿り着けたようですね」


 ひとまずの一里塚に到達出来たからか、メルエットさんの声は強い疲労感を滲ませつつも少し弾んでいた。フィオラさん、スーリヤさんも眼前に現れた茅葺きの屋根を見て、強張った顔を綻ばせている。


「まだ安心するには早い。村へ入る前に、内部と周囲の安全を確認しなくてはな」


 このまま考えなしに進みたいという気持ちを押し止めるように、フォトラさんがもっともな提案をする。


 メルエットさんの了解を得て、僕とフォトラさんで村落へ先行した。


「うわ、見てくださいフォトラさん。あの家とか、すっかりツタで覆われてますよ」


「うむ、あっちもそうだな」


 近づくにつれて明らかになる村の景観は、ひと目で長年誰も住んでいないだろうということが分かる程に荒れ果てていた。家々の外側には例外なく多量のツタが絡みついており、朽ちた廃墟と自然が合体した独特のオブジェを形作っている。薄暮れの中で、それらはある種の寂寥感を伴って静かに佇んでいた。


 こんな場所に、何者かが潜んでいるなどということがあり得るのだろうか?


「ナオル殿、注意深く観察してくれ。家屋に這うツタに千切れた箇所が無いか、周辺の草に踏み折られた形跡は無いか」


「はい、フォトラさん。土の状態にも要注意、ですね」


 僕達が乏しくなった気力を振り絞り、村の状態を調べていった。


 外部をぐるりと一周した感じ、エンの村というのはとても規模が小さい。目に見える家屋は10軒あるかどうか。日本で例えるなら、ちょっと大きい公園程度といったところだろう。周辺には柵も無く、何処からでも自由に出入り出来る。


 こんな防衛力なんて無きに等しい村では、なるほど凶暴化した野生動物に滅ぼされるのも無理はない。【竜穴】から生じる魔力の瘴気だけが原因、というわけでもなさそうだった。


「サーシャ、どう? 周辺に、何か変な気配とか感じたりしない?」


『うーん、そういうのじゃないんだけどね……』


 そろそろサーシャの機嫌も治ってきたのか、彼女は僕の質問に無視することなく答えてくれた。しかし歯切れが悪い。何か気になることがあるのだろうか。


「思ったことをそのまま言って良いよ。サーシャの直感を、僕は信じてる」


『……じゃあ、言うけど』


 僕が促すと、奥歯にものが挟まったように重々しくしながらもサーシャは内心を明かしてくれた。


『なんかこの辺、妙に空気が澄んでいるって感じがするんだよね。魔力の瘴気が濃ゆいって割には、全然嫌な感じがしないって言うか。バレクタスに入ってからずっとあった圧迫感みたいなものが、此処では消えてるの』


「空気が澄んでいる……?」


 他ならぬ風の精霊が言うことだ、疑う余地も無い。僕はフォトラさんの所感も聴いてみようと彼を振り返った。


「…………」


 フォトラさんは、鋭い目付きで村の家々を見ているようだった。何か怪しい点でも見つけたのだろうか。


「どうしたんです、フォトラさん? あの家々に何かあるんですか?」


「妙だ、ナオル殿。全ての家が、ツタで覆われている」


「ええそうですね。でも、それが?」


 何が妙だというのだろう? 彼の目線を追って改めて家屋を見てみても、ただの植物に侵食された廃屋の数々にしか見えない。


「あまりにも覆われ方が綺麗すぎると思わないか? どの家も、ツタが全体を隠すようにびっしり這っている。そのくせ、家屋から逃れるように伸びているツタが一本も無い。しかもひとつではなく、全ての家がそうなっているのだ」


 言われて、僕も気付く。確かに、目にする家屋は尽くツタが絡みついているが、その有り様がどことなく不自然な感じがする。フォトラさんの言う通り、枝分かれしている跳ねっ返りのツタが何本かあっても良さそうなものなのに、そうした形跡が皆無なのである。


 まるで、人の手が加えられているかのような……。


「誰かが、意図的に家々をツタで守っている……?」


「かも知れんが、今のところ人が居る気配は感じない。そこが尚更奇妙なのだ」


 フォトラさんも今ひとつ正確な状況を掴みかねているようで、整った眉を歪めてしきりに首をひねっていた。


「サーシャ。重ねて訊くけど、近くで不自然な風の動きは無い?」


『無いわ、今のところはね。けど感じ取れるのは地表だけで、あのツタに覆われた家の中までは分からないわ』


 流石のサーシャもそこまでは無理か。しかし家の外で怪しい動きが無いのなら、村の中まで入ってしまっても構わないのではなかろうか。


「フォトラさん、家の中を調べましょう。ツタなら僕の火魔法で取り除けますから」


「ふむ、そうするのが一番だろうな。ナオル殿、お願いする」


「任せてください!」


 ローブの袖をまくり、意気揚々と村の内部へ足を踏み入れようとした時、それを押し止めるように背後から声が飛んできた。


「な、ナオルさまぁ~~!」


 慌てた様子で走ってきたのは、コバとナンジュさんだった。二人の姿にただならぬものを感じ、僕とフォトラさんにさっと緊張が走る。


「どうしたの、コバ!? そっちで何かあった!?」


「い、いえ! メルエット様もフィオラ様もスーリヤ様もご無事でございますです! そうではなく、ナンジュ様がお二人に是非とも進言したき儀があるとかで……」


 息を切らしつつも明晰な答えを返してくれるコバに、張り詰めた空気が緩んでいく。僕は肩透かしを食らった気分をおもてに出さないようにしながら、ナンジュさんへと向き直った。


「ナンジュさん、一体なにかな?」


「実は、遠目で村の家々を観察していて思ったのですが」


 そう前置きを入れると、ナンジュさんは一度息を整えてから続きを話した。


「あの巻き付いているツタの数々、あれは園芸で使う手法と似ております。我々もお預かりしている庭の景観を整える為に、ツタを特定の樹木や柱に絡み付けせて繁茂させることがございますゆえ」


「やっぱりそうか」


 なるほど、イルテナさんお抱えの庭師であるナンジュさんならではの着眼点といったところか。彼の言葉のおかげで、村の家々に人の手が加えられている可能性が高まった。


 しかし、ナンジュさんの話にはまだ続きがあったのだ。


「それだけではございません。あのツタの絡み様、我々が取っている手法と酷似しているのです。もしかすると、あれを施したのはゴブリンなのではないかと、そう思った次第でして」


「ゴブリンが、この村に……!?」


 それは全くの予想外だった。ナンジュさんは、その可能性に気付いたからこうしてわざわざ急いで知らせに来てくれたのか。


「元々、我々は人間の皆様からは疎んじられており、見つかれば生命を奪われるか奴隷にされるかの二択に収まってしまう場合がほとんどでございます。私や仲間達は、幸運にも公爵閣下の恩徳を賜り過分な待遇を授かっておりますが、これは極めて稀な例なのでございます」


 ナンジュさんの言葉を聴いて、傍に居たコバが目を伏せた。彼もまた、理解ある主に巡り会えたことで母親共々曲がりなりにも人間社会に溶け込んで生きることが出来た。


 言われてみれば、これまでコバやナンジュさん達以外のゴブリンなんて目にしたことがない。少なくともこのダナン王国では、人間とゴブリンの社会は決して交わらずにお互い隔絶しているのだろう。


「そのゴブリン達が、人知れずこの村に隠れ潜んでいる……?」


「その可能性はあると、このナンジュめは愚考致します」


 僕とフォトラさんは顔を見合わせ、ナンジュさんの意見を慎重に吟味する。


 もしこの廃村が、今はゴブリン達の住処になっているのだとしたら、僕達はどうするべきだろう?


 出来れば争わず穏便に済ませたいが、彼らが全てコバやナンジュさんのような人格者だとは限らな――


「きゃあああああ!!?」


 静謐な空気を突き破る悲鳴が、後方から飛んできた。


 この声は……スーリヤさんだ!

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