第二百三十八話
メルエットさん達を中に隠した土塊のドーム、その上に降り立ったいくつものアンデッド獣人達。
僕とフォトラさんは背中を合わせて、呼び覚まされたシー族の亡霊達に相対する。
「ナオル殿、そちらの敵は任せても良いか?」
「大丈夫です。こちらは気にせず目の前に集中してください、フォトラさん」
「……本当に頼もしくなられた。では、いざ!」
掛け声と共に、僕の背中からフォトラさんの気配が遠のく。続いて上がるアンデッド達の叫びとフォトラさんの発する気合、武器同士のぶつかる音と肉を打つ音を聴きながら、僕は慎重に目の前の状況を見定める。
ここから見える敵は五人。右から狐、狸、イタチ、馬、羊の頭を持つシー族の獣人だ。人型の手に持つ得物は、いずれも錆びてボロボロになった剣や斧という一見使い物にならなさそうなガラクタだが、ギラギラと輝く彼らの眼差しと同様に何か得体のしれない禍々しさをまとっている。
『ナオル、あいつらの武器に注意して。ひどくボロボロだけど、どれも嫌な感じがする。うまく言えないけど、あれで攻撃されたらまずいわ』
サーシャも本能的に何か感じ取っているのか、硬い声で僕に警戒を促してくる。
「分かっている。傷つけられる前に、全員仕留めるよ」
時間は掛けられない、一気に決めよう。僕は両足を開き、両手で印契を組む。まばらに立つ複数の敵に狙いを定め、適切な魔力を出力するべく意識を集中した。
――そなたの魔法がデタラメな威力しか出せないのは、単に魔力を絞る方法を知らないからじゃ。
フヨウさんの教えを、今一度脳内で呼び起こす。
この二ヶ月間、サーシャとの交信を除けば僕が特に力を入れて修行してきたことがそれだ。
――ナオル、そなたの魔法は確かに凄まじい。威力だけを見れば、この《竜牙の塔》に在籍するどの魔道士にも引けをとらんじゃろう。しかし惜しいかな、そなたは行使する魔力の量を調整する方法を知らん。これまで独自で試行錯誤したとのことじゃが、コツを掴まなければそもそも体感することも出来んシロモノなんじゃ。
そう言ってフヨウさんが示したのは、呼吸を絞る方法だった。
それなら既に試したことがある、と伝えた。その際にまったく効果が見られなかった、とも。しかしフヨウさんは、それは僕のやり方に甘さがあったと指摘した。
――そなたに憑いた精霊との交信方法を思い出してみよ。呼吸とは、単に肉体に生命を維持する活動というだけではなく、精神に働きかけ様々な作用をもたらす効果がある。魔力を絞るコツは、呼吸の仕方に隠されておるのじゃ。《竜脈》とは、始祖竜の血管。魔力とは始祖竜の血潮に等しく、また息遣いにも近しい。適切な呼吸法を身につけることで、魔力を調整する力もおのずの身につく。
サーシャのことを持ち出されては納得せざるを得ない。僕はフヨウさんの教え通り、呼吸から魔力を制御する方法を会得しようとした。……その修業内容は、決して軽いものではなかったが。
足がつかない程に深く、巨大な水槽に沈められながら自分の吐き出す気泡の量を計る。何時間も塔の外周を駆けさせられながら、一定の肺活量を保つ。気性の荒い翼馬に乗せられ、ロデオさながらの荒行をさせられつつ指定された魔法を使ってみせる。果ては……いや、これ以上はよそう。
とにかく修行の初歩として、僕は徹底的に魔力を調整する技能を鍛えられた。その成果は、既に実証済みだ。公爵家の館で魔法を使った時も、思い通りの塩梅に抑えることが出来たのだから。
僕は深く、一定の間隔で区切るように空気を吸い込む。断続的に送り込まれる空気が肺を満たし、印契に込める魔力の流れを明確なイメージとして僕の脳内に浮かび上がらせる。
出力、照準、良し。これで準備完了だ。
時間にして、三秒と経っていないだろう。その間に僕は全ての計算を終え、魔法を発動させる用意を整えた。
目の前に立つアンデッド達が、こちらへ足を踏み出そうとした。
「土よりいでよ、“金槍”!」
高らかな文言と共に、僕は足元の土へ印契を押し当てた。
途端に土中から鋭く尖った何本もの黒い杭が一斉に飛び出し、今にも飛びかかろうとしていたアンデッド達の身体を正確に貫く。アンデッド達は何が起こったのかも分からないというように、自分達を突き刺した冷たく硬い杭を呆然と見下ろした。
「とっくの前に死んだのなら、そのまま安らかに眠ってくれよ!」
戦いに高ぶる声を乗せながら、もう少しだけ印契に魔力を流す。アンデッド達を捉えた黒い杭がその太さと長さを増し、より大きくなって彼らの朽ちた肉体を抉る。
アンデッド達は声もなく脱力し、乾き切ったボロボロの体組織は無惨に崩壊した。まるでガラス細工のように砕け散り、無数の肉片となってその場に崩れ落ちるアンデッド達の末路を、見たくないと思ったが僕はしっかりと見届けた。
「凄いな、ナオル殿。一瞬で片付けてしまった」
息ひとつ切らせていないフォトラさんが隣に立ち、感嘆したように土塊のドーム上に生えた無数の黒い杭を見つめる。
「これはどんな魔法なのだ?」
「土中に含まれる鉱物を、魔力で操って尖らせただけですよ。この先は火山地帯って言ってましたし、この辺りの土にも随分と豊富な磁鉄鉱が含まれているみたいです」
淡々と説明しながら後ろを振り返る。フォトラさんが相対していたアンデッド達も、既に全員絶命して(もともと死んでるが)風化した肉片となっていた。
相変わらず、肉弾戦ならほぼ右に出る者はいない強さだ。
「火は土を生み、土は金を生む。ふむ、以前そのような思想をどこぞで耳にしたことがあるが、なるほどまさにだな。理に適っている」
「感心している場合じゃありませんよ。早くこの状況をなんとかしないと」
黒い杭に手で触れながら五行思想みたいなことを言うフォトラさんに、僕は注意を促した。
眼下では、今も無数のアンデッド達を相手に味方が劣勢を強いられている。これを覆せるかどうかは、僕達にかかっているのだ。
「そうだったな。差し当たりこちらにやってきていたアンデッドどもは片付いた。今なら一気に奴に接近出来る」
遠くで佇む首無し騎士を睨みながら、フォトラさんは軽快な動作で土塊のドームから身を躍らせる。結構な高さがあったにも関わらず、彼の身体はまるで猫のように空中でしなると下の地面に難なく着地した。
「さあナオル殿、行こう!」
「サーシャ、悪いけどお願い」
『任せて! いつでも飛び降りて良いよ!』
サーシャの声が頭に響くと同時に、足元で風が渦を巻き始める。
「よっ!」
掛け声と共に、僕はフォトラさんを追ってドームの天辺から飛び降りた。
足元の風が一層強まり、落下速度を軽減する。精霊であるサーシャの力を借りたお陰で、僕も無事に下の地面に降り立った。
「ありがとう、サーシャ」
『これくらいはお安い御用! 気にせずどんどん頼ってね!』
頼もしいサーシャの言葉に頷きを返すと、僕とフォトラさんは目で合図して素早く移動を開始した。
乱戦を尻目に、修羅場を大きく迂回する形で一度その場を離れる。首無し騎士はまだこちらに気付いていない。奴の注意は、すっかりラセラン王子達に向いているようだ。
僕とフォトラさんは姿勢を低く保ちつつ、慎重に首無し騎士の死角へ回り込もうと歩を進める。騎士が駆る黒狼に匂いを嗅ぎ付けられないよう、常に風下を意識しながら。
「……!」
不意に、前を進むフォトラさんが急に立ち止まってこちらに手を突き出した。何故止まるのか? という目を僕が向けると、彼は無言で前方を指さした。
その先を目で追って、僕も理由を悟る。
首無し騎士の周りには、奴を護衛するように幾人かのアンデッド達がたむろしていた。騎士が立っている高台の陰に潜むように立っており、恐らくは誰かが自分に向かってきた時の伏兵として配置したものなのだろう。
フォトラさんが僕を振り返る。どうする? とその目は言っている。
僕は迷わず、前方に拳を突き出した。
「ここまま突っ込みましょう。僕が騎士を受け持つので、フォトラさんはアンデッド達をお願いします」
小声で、明確に指示を告げる。フォトラさんは僕の意志を確かめるようにしばらくじっとこっちの目を見ていたが、やがて頷いた。
その時、騎士のまたがる黒狼が鼻をヒクヒクと動かし、何かに気付いたように首をもたげる。
僕とフォトラさんは再度目で合図を交わし、二人同時に姿勢を伸ばした。
無言で、フォトラさんが地面を蹴る。突風のように飛び出していった彼の姿を、騎士や黒狼は元より傍に居たアンデッド達も見た。
そして、全員の注意がフォトラさんに向いた瞬間を捉えて、僕もまた標的に向かって印契を組んだ。




