第二百三十七話
地中から湧き出るアンデッド達は、今もなおその数を増やし続けている。犬、猫、猿、兎、果ては鰐やら熊やら――。様々な種類の動物の頭が、人型の胴体にくっついて蠢く有様は大層不気味だ。しかもその身体が死者のものであれば尚の事。
首無し騎士の召喚に応じて現れたシー族のアンデッド達は、思い思いの武器を手に一斉にこちらに襲いかかってきた。よろよろと覚束ない足取り、しかし彼らの殺意は確実にこちらを捉えている。
「あ、あり得ない! アサカリ将軍率いるシー族の軍がカーレスの森で敗れ去ったのは何百年も前だぞ! 肉片どころか骨すら残っているかどうか怪しいというのに、そいつらのアンデッドだと……!?」
エンドン卿は頭を抱えて目の前の現実を否定している。しかし、彼が認めようが認めまいが迫りくる脅威は消え去らない。
「印契魔法、“土壁”!」
僕は印契を組み、足元の地面に押し当てた。途端に魔力が流れ出し、八方の土に干渉する。
僕の立っていた場所から半径五メートル付近に、円形の土の壁が地表を割って出現する。僕の他にメルエットさん、コバ、フィオラさんにフォトラさん、イルテナさん、ナンジュさん、スーリヤさん、エンドン卿が内側に囲われ、迫りくるアンデッドから護られる形になった。
「凄い……! じ、地面が急にこんなに盛り上がって、私達を囲んで……ひっ!?」
魔法による超常現象に感嘆するスーリヤさんだが、そこで彼女の傍に立った土壁がガンガンと叩きつけられ、身を竦ませる。アンデッド達が土壁を攻撃し、打ち破ろうとしているのだ。程なく四方の土壁全てから同様の音と衝撃が加わった。しかし分厚い土壁は頑丈で、アンデッド達がいくら殴りつけようと内側では土粒ひとつ溢れない。壊れる気配は微塵も無かった。
「わお、流石ナオルくん! これでアイツらも手出しできないね!」
ウキウキとした調子でフィオラさんが肩の力を抜く。が、そう安心するのはまだ早い。
「ですが、これではただ自分達の身を守っているに過ぎませんわ。外では大勢の味方が戦っているのですよ」
イルテナさんが土壁に手を付きながら勇ましいことを言う。彼女の言う通りだ。これは、あくまでメルエットさんやスーリヤさん、そしてイルテナさんと言った非戦闘員を敵の手から護る為の防壁に過ぎない。
「フォトラさん! 僕達は外に出て味方を援護しましょう! 他の皆さんは此処に居て下さい!」
「心得た!」
フォトラさんの力強い返事を聴いた僕は、内側の土壁に手足が引っ掛けられるくらいの小さな窪みを上に向けていくつも作った。これを伝っていけばすぐに登れる。
「器用なものですね。単純な威力のみでなく、魔法の細かい操作に関してもお手の物ですか。フヨウ師は良い指導をなさったようです」
イルテナさんが感心したように頷いた。
「私が先に行こう。上で安全を確認したら合図を送る」
そう言って、フォトラさんは躊躇いなく窪みに手足を掛けて素早く土壁を登っていく。流れるように頂上に達し、縁を掴んで上に飛び乗る。
「――っ!?」
「フォトラさん!?」
「兄貴!?」
その瞬間、フォトラさんの身体が大きく傾いだ。土壁の向こうから突き出された土気色の腕が、彼の側頭部をかすめたのだ。フォトラさんの傍にもうひとつ立つ影。それは、猿の頭を持ったシー族のアンデッドだった。壁の外側には手足を掛けるところなんて作っていなかった筈なのに、まさか跳躍だけで登ってきたのか!?
「キーッ!」
奇声を上げながら、猿獣人はバランスが崩れたフォトラさんを追撃しようと腕を振りかぶる。
「甘い!」
フォトラさんは、下に落ちると見せかけて体勢を捻り、片手で縁を掴むと崩れたバランスの勢いを逆に利用して強く土壁を蹴った。大きく舞い上がる彼の真下を、猿獣人の腕が虚しく通過する。攻撃が空振りしたことで、今度は猿獣人の体勢が泳ぐ形となった。
「失せろ!」
すかさずそこへ足を突き入れ、フォトラさんは猿獣人を土壁の上から蹴り落とす。情けない悲鳴を上げながら猿獣人は姿を消した。数秒遅れて、重い物が落ちる音が土壁の向こうから上がる。
「良し、もう大丈夫だ」
フォトラさんの安全確認を聴き、僕も窪みを伝いながら土壁をよじ登る。
「ナオル様、フォトラ様、どうかお気をつけて」
「此処は引き受けたわ。外は頼むわよ」
コバやメルエットさんの応援を聴きつつ、慎重に窪みに手足を掛けて上へと進む。下を見ないように懸命に自分に言い聞かせながら頂上付近まで近付くと、フォトラさんが手を伸ばして素早く僕を上に引き上げてくれた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。それよりナオル殿、戦況を見てくれ」
フォトラさんに促されて、僕は周囲の状況を確認する。真下では相変わらず幾人かのアンデッド達が思い思いに土壁を叩いている。とすると、さっきの猿獣人はやはり跳躍力で此処を登ってきたようだ。下に降りる前に、この天井も塞いだ方が良いかも知れない。中に空気と光が確保出来るよう、人が通れない程度の穴だけ空けて。
次に、戦っている味方へと目線を移す。
「……まずいですね」
一見して、旗色が悪いと分かった。ドル・ドナ騎士団と魔道士は互いにカバーしながら即席の陣形を組んで戦おうとしているが、シー族のトリッキーな動きに翻弄されて上手くまとまることが出来ていない。ケット・シーのミアやブルーナボーナ家の館で見たクー・シーがそうだったように、シー族の身のこなしは人間のそれを遥かに凌駕している。さっきまでの辿々しい動きが嘘だったかのように、シー族のアンデッド達は獣さながらの運動能力を発揮して戦いを優位に進めていた。
「数では明らかにこちらが勝っている。騎士達と魔道士達の連携も悪くない。それでも、これ程の苦戦を強いられるか」
フォトラさんが苦々しげに唇を噛む。彼の言う通り、ドル・ドナ騎士団と魔道士は最低でも二人一組で固まって戦うことは出来ていた。騎士が前に出て敵の攻撃を防ぎ、魔道士が後ろから魔法を撃って援護する。流石に第二王子直属の精鋭という評判通り、騎士達の戦い方は巧みだ。防戦一方ではあるものの、致命的な攻撃は貰っていない。背後に守る魔道士に敵の刃を近付けさせる失敗も犯していなかった。お陰で劣勢ではあるものの、完全に押し込まれるまでには至っていない。ただ、それもいつまで保つか。
「ラセラン王子は? ゲラルド侯爵はどうなりました?」
「彼処だ、騎士達の中心に居る。味方を纏め上げようとしているが、彼らも自分達を守るだけで精一杯のようだな」
フォトラさんの指差す先には、比較的多人数で固まった騎士達の集団があった。その中央には、確かに声高に指揮を執るラセラン王子とゲラルド侯爵の姿があった。流石に事此処に至ってはラセラン王子も全体を見渡さねばならず、自ら前に打って出るような無茶は控えている。
「見ろ、あの首無し騎士だ」
フォトラさんの指が彼方へ動いた。シー族を束ねる狼乗りの騎士は、ひとり戦場から離れて高みの見物を決め込んでいる。小脇に抱えたフクロウ頭の目が、楽しげに細められているような気までした。
「あのアンデッド達を操っているのはアイツだ。アイツさえ斃せば、恐らく連中は瓦解するだろう」
「同感です、フォトラさん。何とかあの乱戦を掻い潜り、騎士に近付きましょう」
「承知した。先導は私が務めよう、ナオル殿は後ろから援護を頼む」
「はい!」
段取りが決まったところでさあ下に降りようと思い、視線を下げたところでぎょっとした。先程までバラバラに土壁を叩いていたアンデッド達が、いつの間にか一箇所に固まっていたのだ。下のアンデッドを踏み台にして、何人かのアンデッドがその上によじ登る。
「跳ぶ気だ!」
僕は直感した。さっきの猿獣人もこうやって味方を踏み台にすることで上に上がってきたのだ。
「ナオル殿、天井を塞げるか!?」
「勿論!」
僕はすぐに土壁の魔力を操作して、さっき想定した通りドーム状へと作り替えてゆく。
「ちょっと、どうしたの!? 何で上塞ぐの!?」
「敵が入ってこないようにする為です!」
「先程の場面を見ていただろう、分かりきった質問をするな愚妹!」
「え!? 待ってよ! 敵が上まで登ってこられるんだったら私も……!」
「いらん! お前はそこで皆を守れ!」
フィオラさんの要請をばっさり切り捨て、フォトラさんは下を見据えて戦闘の構えを取る。
「来るぞ!」
その一言が終わると同時に、下で一斉に何かが飛び上がる音がした。直後に、光と空気確保用の小さな穴だけ残して土壁の天井を塞ぎ終わる。
振り返った僕の眼前に、黒い影がいくつも降り立った。
「シー族……!」
目だけが異様に光る、土気色の様々な獣人達。生気に乏しいくせに殺気だけはやたらと鋭いかつての敗兵達が、まるで自分達の敵討ちをするかのように僕とフォトラさんを取り囲んでいた。




