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竜の階  作者: ムルコラカ
第六章 ブルーナボーナ家の誘い
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第二百二十九話

 ブルーナボーナ公爵邸の接見室は、この上なく重苦しい空気に満ちていた。


 イルテナさん、ブリアン、ラセラン王子、僕、メルエットさん、スーリヤさん、ゲラルドさん――。


 この日この館に集っていた面々が一同に会し、深刻な表情を突き合わせている。事態の把握と収集をする為に用意された場だが、あまりの息苦しさに僕は早くも音を上げそうだった。


「では、そのクー・シーは敢え無く取り逃がしたと、そういうことですね?」


「申し開きもございませぬ、全くもってその通りでございます」


 イルテナさんの厳しい眼差しを受けて、ドル・ドナ騎士団長ゲラルド侯爵が静かに頭を垂れる。


「塀を乗り越えようとしている彼奴めを発見し、交戦致しましたが手傷を負わせただけに留まったのは無念でございます。曲者を目の当たりにしながらむざむざ取り逃がしたこの失態、責は如何様なりとも」


「怪我をしたのなら血痕を追えたのではなくて?」


 真摯に非を詫びるゲラルドさんに対し、イルテナさんは更に追及を重ねる。侯爵と公爵で立場に一段階違いはあるものの、二人はどちらも上級貴族だ。しかもゲラルドさんはラセラン王子お付きのいぶし銀なエリート老騎士。にも関わらず、娘どころか下手すれば孫でも通用しそうな年齢のイルテナさんに対し、こうも謙虚な姿勢を取っていることが少し不思議に思えた。


「無論、すぐさま部下を外に出して追跡させました。が、しかしそれもローナイト通りに差し掛かった辺りで……」


「撒かれたか、爺」


 後を引き取ったラセラン王子の言葉に、ゲラルドさんは力無く頷いた。ちなみにローナイト通りとは、公爵家等の上級貴族が居を構える区画から三町程下った職人街だ。王室御用達の職人達の多くがそこに住んでいるらしい。


「シー族は魔法に長けているというが、実際はハイエルフなどと違っていかがわしい邪術に傾倒しているというではないか。そのような輩が逃げに徹しようとするなら、それこそ小賢しい目眩ましの魔法だの何だのを駆使して追跡者を惑わすに違いない。爺らが見失ったとしても責められはせんよ」


 ラセラン王子は、そう言って項垂れるゲラルドさんを慰めようとした。それを対面に立つブリアンが軽い調子で混ぜ返す。


「おやおや聞き捨てならないね~。それじゃ何かい、ラセランは僕やナオルの師匠であり王宮魔道師でもあるフヨウ師を、邪悪で姑息な呪術師だとでも言うつもりかい?」


「い、いやっ、兄上決して左様なことは……っ!」


 兄の抗議をまともに捉えたのか、ラセラン王子は大慌てで前言を撤回する。立派な成人男性の体型をしているラセラン王子が、どうみても少年にしか見えないブリアン相手にタジタジとしている絵面も中々奇妙なものだ。


「邪術であれ呪術であれ、シー族が魔法の力に深く通暁しているのは事実です。フヨウ師を引き合いに出すまでも無く、王国が彼らにバレクタスという危険極まる土地を管理させていることからもお分かりになるでしょう?」


 イルテナさんの冷たい一瞥がラセラン王子に向けられた。


「此度我が館へ侵入したクー・シー、過日にイーグルアイズ邸へ忍び込んだケット・シー。昨今に渡り、シー族の不穏な動きが目立ちます。カリガ伯であったトレヴァー・モントリオーネを陰から支えたヨルガンという男も、シー族の一員である事実も調べがついていることです。これら一連の出来事を貴女はどう見ますか、メルエット嬢?」


「はっ、私の所感と致しましては……」


 突然話を振られたメルエットさんは、僅かに戸惑いの色を目に浮かべたものの即座に毅然とした対応をしてみせた。


「全てが、ひとつの意志で繋がっているのではと考えます。レバレン峡谷で我らの行く手を阻んだヴェイグなる者が連動していたのもその証左ではないかと」


 イルテナさんは我が意を得たりとばかりに大きく頷く。


「そうでしょうね。此度の騒動にオークが絡んでいたと判明した時点で自明というもの。むしろ、諸々を別の問題と考えるのは不自然に過ぎましょう。亜流の血を引くものとはいえ、あのヴェイグという者も確かにオーク十二将に名を連ねていたのです。それが加担していたとなると、件のクー・シーの目的も単なる物盗りということではないのでしょう」


「あいつは……結局、何がしたかったんですか?」


 狼男との戦いを思い返しながら、僕は疑問を口にした。ヴェイグ達シャープ・オークに援護をさせてまでこの館に侵入したんだ。イルテナさんの言う通り、相応の目当てがあった筈。


「それに関しましては、ひとつ手掛かりがございます」


 答えたのはゲラルドさんだ。


「我が騎士団と公爵閣下の手勢で館内を隈なく調べたところ、貯蔵庫の扉の鍵が開いておるのを発見しましてな。中を改めると、このような物が大量に積まれておったのです」


 そう言って彼が取り出したのは、野球ボールのような形をした黒い何かだ。その形状を見た時、記憶の片隅でバチッと何かが爆ぜるような音がした。それが何なのか正体を頑張って思い出そうとすると、メルエットさんが「あっ!」と声を上げた。


炸火球さっかきゅう……!」


「……そうだ! あの時、ネルニアーク鉱山の坑道でワームと戦った時の……!」


 メルエットさんのお陰でたちまち記憶がクリアになる。あの時コバが見つけ、メルエットさんと二人で投げつけてワームの動きを鈍らせた爆発物だ。


「そんなものがどうして……?」


「そりゃ貯蔵庫を吹っ飛ばす為じゃないの? 大量にあったってことはそーゆーことでしょ?」


 無頓着にブリアンが言い放った言葉に、ゲラルドさんも頷いた。


「恐らくは。あれだけの量を集めれば、部屋のひとつくらいは簡単に爆破出来るでしょう。見つけた炸火球はいずれも信管が活性化されており、いつでも起爆出来るようになっておりました」


「えっと……。つまり、どういうことですか?」


「炸火球には状態を切り替える為の弁が付いていて、それが制動状態になっている限り爆発しないの。逆に弁を起動状態にしておけば、少しの衝撃でも簡単に炸裂するわ。詳しい仕組みは流石に知らないけど、中に外部からの刺激によって作動する専用の点火装置が組み込まれているから、使う時にわざわざ火を用意する必要も無い」


 首を傾げる僕に、メルエットさんが補足を入れてくれた。ああ、なるほど。だからネルニアーク鉱山での時も、ワームに投げ付けただけで爆発したのか。普段はスイッチのようなもので管理されていて、それを弄らない限りは安全ということらしい。ようやくあの時感じた小さな疑問に納得がいった。


「じゃあ、その炸火球は大丈夫なんですね?」


「はい。既に全て“慎”の状態に変えておりますのでご心配は入りませんぞ。残りの物も、騎士団の者達に見張らせておりますゆえご安心を」


「はぁぁ~~~~……! 良かったぁ~、心臓が止まっちゃうかと思いました!」


 それまで不安気な顔で所在なく皆を見回していたスーリヤさんが、心の底から安堵の溜息を吐いた。


「そう言えばスーリヤ大法官、会場の方は大丈夫でしたか?」


「はいっ! それはもう、ちゃんと問題なく最後まで進めましたよラセラン殿下! 皆さん、それぞれに立派な白燈籠を用意してくれて、私も頑張って噛まずに祭文を詠んだ甲斐があるな~って……」


「会場の空気を抑え切った大法官殿の見事な手腕については一先ず脇に置いておきまして」


 イルテナさんが容赦なく話の軌道を修正した。


「団長殿、その貯蔵庫というのは二階にある我が寝室に程近い方のことですか?」


「左様にございます。食料ではなく、宝物等が収められてある部屋でございましたな。勿論、開ける際には家宰殿にお立会い頂き申した」


「他の場所に炸火球はありませんでしたか?」


「はい、見つかったのはその貯蔵庫だけです」


「そうですか……」


 扇子を口元に押し当てながら、イルテナさんは考え込んでいる様子だった。代わりにブリアンが、皆が感じている疑問を口にする。


「貯蔵庫を爆破するのが連中の狙いだってのは良いんだけど、何のためにそんなことをしようとしたかが気になるよね~。イルテナちゃん、心当たりある?」


「そうですね……。炸火球が仕掛けられてあったのは、歴代の当主が集めたという古の珍しい品々を収めた蔵です。となれば賊は、その中の物に用があったのは間違いありません」


「わざわざ忍び込んで爆破しようとしたくらいだし、それが何かは知らないけど破壊するのが目的だったってことかな?」


「そうとは限りません。目当ての品を持ち出し、それを晦ます為に残りの品を部屋ごと消し去ろうとしたのやも。――ナンジュ!」


 イルテナさんは懐から小さな鈴を取り出し、それを鳴らした。程なく隣の部屋に通じる扉が開いて、そこから小さな頭がひょこっと顔を出す。


 たちまちスーリヤさんの顔が強張るのが分かった。《聖還教》はゴブリンを嫌っているので当然といえば当然だが、やはり気分の良いものではない。


「お呼びでございますか、ご主人様」


「ええ。家宰の所へ行って、貯蔵庫から失くなっている品が無いか確認してきなさい。今頃は現場で目録片手に奮闘している頃でしょう」


「畏まりました」


 短く答えた後、ナンジュさんは深々とお辞儀をして部屋を辞しそうとした。


「あ、あの……!」


 僕はつい、お辞儀の姿勢のまま後ろ足で下がるナンジュさんを呼び止めてしまう。声を掛けてから「しまった」と思い、恐る恐るイルテナさんの顔を見る。ほんの一瞬、彼女と視線が交錯した。


「待ちなさい、ナンジュ。かの騎士殿の様子はどうです?」


「はっ、既にお目覚めになられております。毒の治癒も完了致しております故、しばし休息頂ければ自力での歩行も可能かと」


「良く分かりました。ご苦労です、下がってよろしい」


 イルテナさんの許可を貰って、今度こそナンジュさんは退室していった。


「あ、ありがとうございます……!」


 配慮と気遣いを見せてくれたイルテナさんに僕はお礼を言った。彼女は聴こえなかったように視線を明後日の方に向け、ただ扇子を扇いだ。


「良かった……!」


 メルエットさんが小さく安堵の声を漏らす。僕と目が合うと、彼女は恥ずかしそうにしながらも僅かな微笑みを返してくれた。


「オーク十二将の一角、ヴェイグを討ち取った男か。先刻会場で会ったが、なるほど見事な戦士よ。孤からも是非、後程礼を言わねばな!」


 ラセラン王子は深く感心したように腕組みしながら何度も頷いている。


「勿体無きお言葉でございます。我が騎士も、殿下のお心遣いに痛く感激致しましょう」


「かの“鉄火の騎士”といい、こちらの“渡り人”殿といい、メルエット嬢は実に縁に恵まれておられる。これも貴女の持つ徳の力というものでしょうな、ははは!」


「いえ、そんな……。私に徳など……」


 露骨に持ち上げられて、メルエットさんは困ったように言葉尻を窄ませる。ただ、その恥じらいの中に隠しきれない喜びの感情が見え隠れしているのを僕は見逃さなかった。


「…………」


 何だか、モヤモヤする。


「“渡り人”様も凄いです! 騎士様がオークを討てたのも、“渡り人”様が魔法で助けたからだって聴きました! わざわざ変装をして《往蘇節》に参加なさったのも、人知れず速やかに悪を討つ策だったのですね! やっぱり女神様の使徒は、私達をお救い下さる存在です!」


「え、はぁ……」


 急にスーリヤさんが、やけにきらきらとした目を僕に向けてきた。《聖還教》の聖女である彼女は、当然ながら“渡り人”を雲の女神パルナ・キアンが遣わした天使だと心の底から信じている。これまでにも何度か顔を合わせたことがあるが、その都度こんな調子で持ち上げてくるのだ。


「あ、あのっ! 私、“渡り人”様とじっくりお話ししてみたいなってかねがね思ってたんです! 今夜はこんなことが起きちゃいましたけど、これも女神様のお導きかも知れません! どうか、この機会に“渡り人”様とお近付きになれる栄誉をお与え下さいませんか!?」


「い、いや~それは……ちょっと、この場では……」


 スーリヤさんに熱っぽい眼差しを向けられてメルエットさんを気にするどころじゃなくなった僕は、助けを求めるようにブリアンを見た。しかし彼は、女装男と聖女がこんな風にわちゃついてるのが面白いのか、ただニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべるだけだった。ゲラルドさんは我関せずといった顔をしているし、イルテナさんに至っては苦虫を噛み潰したような不機嫌さを体貌から隠そうともしていない。


 いやそれだけでなく、彼女は実際に口に出して責めた。


「聖女様ともあろう方が、このような時に随分と楽しげですのね。当家の忠実な使用人達に、幾許かの死者が出ているという時に」


 その言葉に、スーリヤさんは雷に打たれたかのように身体を硬直させる。メルエットさんやラセラン王子もはっとなって、気不味そうに黙り込んだ。


「あらどうなさいましたの? やめる必要はございませんわ。私に構わず、好きなだけご歓談下さいまし」


 氷河のように冷え切った眼差しを僕達に……というよりスーリヤさんに集中させて、イルテナさんは氷柱のような言葉を投げ付けた。当然字面通りに受け取る筈も無く、スーリヤさんは今にも泣き出しそうな顔でじっと俯くだけだ。


「し、失礼致します! ナンジュめにございます!」


 険悪な部屋の空気を払うように扉の向こうから声が飛び込んできた。さっき出ていったばかりのナンジュさんだ。もう戻ってきたらしい。


「入りなさい」


 その言葉を待ち焦がれたかのように勢いよく扉が開かれ、ナンジュさんが転がり込んできた。


「随分と気忙しいですわね。もう照会は済んだのかしら?」


「は、はい……! それが……!」


 ナンジュさんはごくりを唾を飲み、言葉を溜めた。ゴブリン達は元から青黒い肌をしているが、彼の顔色はより白味が増していた。文字通り、蒼白になっているらしい。


 しかし彼から出てきた次の言葉を聴いた時、僕の顔からも一斉に血の気が引いた。


「《竜巫石りゅうふせき》が、紛失しておりました……!」

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