第二百二話
およそ二ヶ月ぶりの更新です。遅くなり、誠に申し訳ございません。
現在ノベルアッププラスにて後追い投稿に注力しておりますので、こちらの更新は今後ともしばらくは緩やかになるかと思いますがご了承ください。
あの鉄仮面の人物こそが、第二王子派の筆頭――。
そう聴かされても、特に強い衝撃は受けなかった。あの人の言動からその辺りは薄々察しが付いていたことだ。モントリオーネ卿との繋がりを仄めかしていた時点で、誰だって気付くだろう。
ただ、分からないこともある。
「それなら何故、あの鉄仮面は“僕を”狙ったんですか? メルエットさんならまだしも、どうしてわざわざ僕を?」
「まさにそこじゃ、“渡り人”殿」
フヨウさんは我が意を得たりとばかりに大きく頷く。
「先に結論を述べるとじゃな、あの一件は王位継承争いとは何ら関わりが無い。あれは完全に、あやつの独断なのじゃ」
「……言い切るということは、フヨウさんには何か確信があるんですね?」
念を押すようにじっと彼女の目を見る。瞳の中はさざなみ程の揺れも生じていない。落ち着いた物腰のまま、彼女は答えた。
「ある。儂とあやつは、かつて幾度となく敵同士として相見えた仲じゃ。長い付き合いの中で、お互いの性格や遣り口はよう知っておる。あやつには、政治的な野心の他にずっと心に追い求めていた存在があったのじゃ」
「それが、僕……だと?」
フヨウさんは重々しく頷いた。
「先日の一件で確信が持てた。あやつが渇望していたものは何か、あるいは誰かという部分だけがこれまでずっと分からなかったんじゃ。それがお主のことじゃと、今なら理解出来る。あやつに彼処まで虚を衝かれたのは久しぶりじゃったからのぅ」
「……あの鉄仮面は、一体何者なんですか?」
「…………」
フヨウさんはじっと僕を見て、それから自分のゴブレットに視線を落として軽く左右に揺らした。中から覗く青藍色の錬魔薬が、ゴブレットの動きに合わせて大小の波を起こす。
「戦乱の大地を共に駆け抜けた好敵手、とでも言おうかのう。素顔は儂も見たことが無い。あやつは昔、北のフォモール帝国に仕える魔道士じゃった。戦争が終わり、紆余曲折あってこの国に流れてきたのじゃ」
「それが今では、第二王子を推す人々の中心人物だと?」
「うむ。あらゆる手練手管を駆使しての、いつの間にやらこの国でも大層な影響力を身に着けおった。敵国出身者という枷など、まるで初めからあって無きが如しのように」
眉をひそめ、グイッと一気にゴブレットの中身を飲み干すフヨウさん。
「儂にはどうすることも出来んかった。あやつを排除する理由も、証拠も見つからなんだ。愛弟子でもあるブリアン殿下と共に研究に勤しみつつ、何かボロでも出せばと日々神経を尖らせておったのじゃが、その甲斐無くこうして後手に回ってしもうたわい」
「なあ、ミアの婆さん」
と、さっきまで気まずそうにしていたマルヴァスさんがそこで口を挟んだ。
「ナオルから聴いた話じゃ、その鉄仮面とやらはナオルが“渡り人”だと……いや、そもそもナオルという一個人を最初から知っていたみたいだが。その理由は何だ?」
正しく、そこが重要なところだ。僕も固唾を呑んでフヨウさんの言葉を待つ。
「――分からん」
が、フヨウさんの答えは無慈悲なものだった。期待をあっさり裏切られ、がっくりと肩を落とす。
「先も言った通り、あやつの素顔は儂も知らん。何度も戦いで渡り合うた好敵手としてお互いの手口は把握していても、心の深奥はついぞ覗けなんだ。あやつが何故ナオル殿に執着するのか、その理由も目的もあやつのみ知る……じゃ」
「それじゃあ、ミアとの繋がりはどうなんです? あなたのお孫さんは、何故あの鉄仮面の味方に?」
「単純じゃ、餌に釣られおったのよ」
失望をありありと溜息に混ぜて、フヨウさんは肩を落とした。
「ミアは、我々シー族の立場に常日頃から不満を零しておった。“《原初の民》である自分達こそが始祖竜様に認められた正統な民なのに、人間の足の下であがくのはおかしい”、とな。バレクタスのような僻地に押し込められ、王国の都合でいいように使われる身分を耐え難く感じておったのは、あやつに限った話ではないがのぅ」
「モントリオーネ卿に仕える、ヨルガンみたいに?」
「うむ。アウル・シー、あやつは梟の力をその身に宿したシー族。我々は、お主ら人間が言うところの所謂“獣人”じゃ。それ故に大抵の者達からは忌み嫌われる。人間とよく似た生態を有していながら獣の特性をも宿す。人間の価値観では、それは異形の存在なのよ。なまじ自分達と似ているからこそ、尚更違いが許せないのじゃ。それはエルフに対しても、ドワーフやオークに対しても同じこと。ただ、彼らは同じ《後続の種》として《原初の民》と戦ったという歴史があるだけに、そうした差別意識はそれほど表立って現れてはいないがのう」
「自分達と違うから……。異形だから、酷く扱われる……」
良く分かる話だった。僕は既にその実例を見ている。
――コバ。シー族と同じ《原初の民》であるゴブリン族の彼。旅の途中で、彼に対する様々な蔑視の眼差しを見てきた。《記憶の塔》で、過去に行われた迫害の一端を覗いた。恐らく、あれでもまだ扱いはマシな方だったんだろう。コバにはサーシャやシラさんが居たし、グラスさんも居た。自分を愛し、護ってくれる人々が居てくれた。
だけど、そんな人々に出会えず、不遇と不幸に塗れたままで生涯を過ごしたゴブリンだって、きっと多い。ジェイデン司祭も言っていた。ゴブリンは、王国の法では保護されない存在。良くて奴隷、最悪討伐だと。あの言葉を鑑みれば、他のゴブリン達がどう扱われているか容易に想像がつくというものだ。
そしてそれは、ミアやヨルガンのようなシー族にも当てはまる。
「儂は幸いにも陛下の知遇を得てのう、シー族でありながらこうして王宮魔道士の椅子を与えられ、ブリアン殿下とも師弟の交わりを結ぶに至った。陛下も、殿下も、有能であれば種族を問わず用いようという進歩的なお考えをお持ちでおられる。儂はその一助となって、この国における《原初の民》に対する認識や処遇を少しずつでも内側から変えていければ良いと考えておった。ところがミアには、儂の考えは悠長で机上の空論に等しいものとしてしか捉えられんかったようじゃ。そこを、あやつに付け込まれおった」
「“自分の味方になればシー族の立場を即座に引き上げてやる”……とでも言われたのか?」
「うむ……」
マルヴァスさんの指摘に、フヨウさんは苦々しく頷いた。
「つまり、あの鉄仮面はそれが出来るくらいには……少なくとも、ミアやヨルガンにそうと信じさせる程の地位を得ているんですね?」
ラセラン王子を推挽し、モントリオーネ卿ともパイプを持った人物。ミアやヨルガンを抱き込めるだけの餌を提示出来る立場。
具体的に言えばそれは、ダナン王国でも相当権力の中枢に近い位置に居るということを表している。
「一体誰だ? 《三環師識》のひとりか? それとも――」
鉄仮面について核心に迫ろうと身を乗り出すマルヴァスさん。
そこへ、緊張を弛緩させるような間延びした声が届いた。
「や〜、お待たせ! 帯締めるのに時間掛かっちゃってさ〜。やっぱ普段から自分で着替えないと駄目だね〜。どうにも慣れないや」
顔を見なくてもブリアン王子だと分かる。僕は内心のげんなりさを表に出さないよう気を付けながら彼の方へ振り返った。
「え……!?」
そして絶句する。ブリアン王子が一緒に運んできた物に目を奪われて。
「何やら話が盛り上がってるところで悪いんだけどさ、そろそろ一旦中断して“向こう”の様子を覗いてみないかい? 時間は有限なんだし、あまりボヤボヤしてると終わっちゃうかもよ〜」
王子は、その小さな背丈には不釣り合いなくらいに大きい『それ』を、ガラガラと音を立てながら台車で曳いていた。
全身の温度が吸い取られるように下がったように感じる。
「殿下!? それは、その《鏡》は……!?」
マルヴァスさんも唖然としていた。当然だ。
だって、彼が曳いてきた物、それは……。
僕を《記憶の塔》に誘った、あの竜の大鏡だったのだから――。




