第百八十八話
「すげぇな、こりゃ……」
マルヴァスさんが、青白い光でフラッシュアップされた通路を見て感嘆の声を上げた。
「わざわざ明かりを持っていく必要は無いって、こういうことか。魔法ってのはつくづく便利なもんだな」
「今、手前っちが使ったのは光の魔法陣。“光源”を生み出す魔法術式だからね〜。このダンジョンの壁は特殊な古代の石材で出来ていて、特定の魔法の効果を増幅及び貯蓄する性質を備えてるんだよ」
「光の魔法が、それに当て嵌まるということですか?」
通路の奥に目を凝らしながら僕は道化師に尋ねた。
「そっ! 一度壁に魔力を流し込めば、大体半日くらいは効果が持続するのさ〜。だから途中で光が消えて真っ暗! ……ってな事態にはならないと思うから安心してねぇ〜い」
「充分だな、そこまで長く居座るつもりもねーし」
マルヴァスさんが得心したというように頷く。
「アヒャヒャ! 逆に光以外の魔法を当てると、たちまち吸収分解して無効化しちゃうんだけどぬぇっ! そんじゃ、いよいよ探検開始といきますかぁー!」
元気よく拳を突き上げ、道化師は軽い足取りで先へと進んでいく。僕とマルヴァスさんも遅れまじとその後に続いた。
天然の岩肌が剥き出しになっているのは、鉄格子の先から続く僅かな空間だけで、数メートルも進むとすぐに四方を平らにならした人工の通路へと早変わりする。その整備された長い道を、道化師の魔法で生まれた青白い光が満遍なく照らしていた。
「スファンキルが休んでいるみてーだな」
「そうですね」
マルヴァスさんが漏らした感想に僕も同意する。青白い光の玉がきちんと間隔を開けて静止している様は、確かに沢山のスファンキルが眠っているところを通っているかのような印象を受ける。なんとなく、ネルニアーク山の泉で見たスファンキルの群れを思い出す。
「なあおい、道化師さんよ」
前を行く道化師の背中に、マルヴァスさんが呼び掛ける。
「ほいさっ、何かな何かな〜?」
一種の期待に満ちた顔で道化師は振り返った。
「ちと訊きたいんだが、このダンジョンって古代に造られた遺産、とか言ってたよな? 誰が造ったんだ? 人間か? それともやっぱエルフとか、ドワーフ辺りなのか?」
「はいっ! その質問待ってました〜!」
我が意を得たりとばかりに道化師がはしゃぐ。
「そーだよねー。古代の建造物、それも魔法絡みってなると普通は皆、エルフとかドワーフを思い浮かべるよね〜。プフフッ」
意味深な含み笑いをしながらこちらを上目遣いで見てくる。その勿体ぶった態度に、僕はなんとなく答えを察した。
「でも違うんだな〜。このダンジョンはね、《原初の民》が遺した貴重な秘跡なんだよっ!」
「《原初の民》……やっぱり」
人間を含む《後続の種》に先駆けて現れた種族群。地上を最初に栄えさせたという古代の民。
ゴブリン族、ノーム族、そして……シー族。
ジェイデン司祭、そしてミアが言っていたことを簡単に纏めるとこうなる。
「あ〜……なるほど」
と、マルヴァスさんも微妙な顔で頷いていた。昨夜、ミアを尋問した際にその手の話は散々聴かされたのだろう。
「およ? 信じるの? そんなあっさり?」
僕達が素直に飲み込む様子を見せたのが意外だったのだろう、道化師は虚を衝かれたというように目を丸くした。
「まあ、僕達にも色々とありまして……」
詳細を明かす訳にはいかないので、曖昧な言い方に留めた。
道化師は「ふぅん?」と怪訝そうに眉を顰めたが、気にしないことにしたのかすぐ元の調子に戻って続きを言った。
「まっ、信じてくれるなら話が早いよ! このダンジョンはね、《原初の民》の三種族がそれぞれ手を取り合って建造した神秘の宝庫なのさっ! 元は土の精霊だったノーム族が穴を掘り、実直で堅実な働き者のゴブリン族が壁をならして、強力な古代魔法を修めていたシー族が様々な叡智を隠した! まさに《原初の民》の足跡そのものなんだよっ!」
くるくるくる、とその場で無駄に回転して興奮を顕わにする道化師。《竜牙の塔》に連なる魔道士の一員として、やはり血が騒ぐのだろうか?
「それじゃあ、此処で見つかる魔法の痕跡とやらは、全部シー族のものってことか?」
コンコン、と壁を軽く小突きながらマルヴァスさんが確認する。
「なーんだいっ? 不満なのかい? 理解があるように見えて、キミィも《聖還教》が流布している《原初の民》の虚像を信じ込んでるクチかい?」
興ざめしたように道化師がマルヴァスさんを睨む。
「そういうワケじゃねぇよ。シー族の魔法がどんなものかは知ってる。なぁ、ナオル?」
「……ええ、凄いものでしたよ。そりゃあもう」
目の当たりにしたからね、標的として。
「彼らの魔法について学べるのでしたら、有り難い話です」
「ふーん? それなら良いけど。じゃ、先を急ぐよ。もうすぐ最初の部屋に着くからね〜」
そこで立ち話も終わり、僕達は再び歩を進めた。
やがて、通路の突き当りに差し掛かった。巨大な岩が前方を塞いでいる。
「あれ? 此処で行き止まりですか?」
途中で分かれ道なんか無かったよな? と、僕は此処までの道中を思い返しながら尋ねた。
「もしかして、これがさっき言っていた“岩戸”ってやつか?」
「……!」
マルヴァスさんの言葉で、僕も合点がいった。岩戸って、そのまま岩の扉って意味だったのか。
「そ〜だよ〜。さてさて、それではひとつ手品をご披露仕りましょー! この行く手を遮る頑丈な岩、一見梃子でも動かない盤石の構えで聳えているように見えまーすがぁ……?」
と、道化師は鍵束をジャラジャラと鳴らしながら、一本の鍵を指で摘んで僕達に見えるように目の前に掲げてみせる。やたら芝居がかった仕草だ。
「此処で取り出したるは、こちら! この何の変哲も無い鍵を、僅かに空いたこちらの穴に差し込みまーす! すると……」
大岩を手でなぞり、腹部辺りの高さに空いた小さな窪みを探り当てる。そこに、道化師は慣れた手付きで取り出した鍵を差し込んだ。
すると、大岩に変化が現れた。表面に紫色の魔法陣が浮かび上がったのだ。
そして……
「えっ!? き、消えた……!?」
魔法陣が描かれた箇所が、すー……っと透き通るように消えていった。空気に溶け込むように、音もなく。
まるで、最初からそこには何も無かったかのように、大岩の中央に余裕で人が通り抜けられる程の穴がポッカリと穿たれていた。
「ぬっふっふ! これがシー族が施した魔法の仕掛けのひとつだよん! 特定の岩に対応する鍵を使えば、一定時間岩に通り穴が出来て潜り抜けられるって寸法さ! けど、驚くのはまだまだ早ーい! まずは部屋へお入んなさーい!」
「うわっ!? ちょ、ちょっと待って下さい! この中暗いままですよ!?」
岩の穴から覗ける向こう側の様子は、闇が支配する空間となっていた。通路を満たす青白い光は、この中には届いていないのだ。にも関わらず道化師は僕の背後に回り、ぐいぐいと背中を押してくる。
「わわわっ!?」
結局勢いに流されるまま、僕は岩に空いた穴を潜って暗闇で満たされた中へと足を踏み入れた。
「やれやれ……」
続いてマルヴァスさんが入ってくる気配。臆することなくすぐに付いてきてくれた彼に、僕は人知れず感謝した。
「しばし待たれよ! 今此処も照らすゆえにっ!」
道化師が、それまでとは全く違うキャラを作って力強く宣言する。お前誰だよ、というツッコミを僕は飲み込んだ。
暗闇の中で細く空気を裂く音が連続で響き、魔法陣の光が浮かび上がる。先程と同じ、光の魔法を顕現させる術式だ。
焼き直しのように魔法陣が完成し、そこから無数の光の線が伸びる。
しかし、その先は最初の時とは異なった。
「……っ!?」
光の線は消えることなく、魔法陣から紐状に伸びて壁を這う。何処までも伸びてゆくそれらは、壁の上を複雑な軌道を描いて進み続け、部屋全体を侵食してゆく。
その有様はさながら……
「……壁画!?」
僕の呟きを肯定するように、無数の光の線が四方全ての壁を駆け回り、一面に図画を描き出してゆく。何処までも長く、広く……。光の壁画が、四方から部屋の中を照らしたのだ。
「シー族が描いた物語の画でござ〜い! これにあるは、彼らの辿った長く苦しい歴史の一端! さあ、とくと御覧じろ!」
興奮と愉悦を絶妙な配分で混ぜ合わせた道化師の歓声が、部屋の中に木霊した。




