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竜の階  作者: ムルコラカ
第五章 謁見
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第百八十三話

 「マグ・トレド伯、イーグルアイズ家の方々、ご登城〜〜〜!!」


 甲高い門衛の宣言と共に、王宮の巨大な城門が唸りを上げて開いてゆく。厚さ1メートルはあろうかという重厚な鉄の扉が真っ二つに割れ、その向こうに壮麗な宮殿が姿を現し……


 「って、あの奥に見えるのが宮殿ですか? ちっちゃ……」


 門の先にあったのは、やたらだだっ広い空間とその奥に構える無骨な石造の建築群だった。宮殿はその建物の隙間から尖塔に当たる部分がちょこっと見え隠れするだけで、全容はすっかり覆い隠されてしまっている。むしろ、その更に左奥で天を衝き上げんばかりに高く聳える《竜牙の塔》の方が遥かに自己の存在を声高に主張していた。


 「此処はまだ第一の外門だからな。これから第二の内門を潜り、国衙を通過してから第三の門へ向かう。その先が王様のおわす宮城って寸法さ。馬車で行けるのは第三門までだから、そこからは歩きになるぞ」


 マルヴァスさんが馬車の座椅子に背もたれながら事も無げに言った。


 「はえ〜〜……凄く広いんですねぇ」


 門を潜ればすぐ王城と思っていただけに、実際の規模を聴いた僕は目を丸くした。


 「ナオル殿、そろそろ中に戻りなさい。咎められますよ」


 「おっと」


 メルエットさんに窘められ、僕は急いで窓から突き出していた頭を馬車の中へ引っ込めた。ほぼ同時に御者さんが馬達に鞭を当てる音が響き、馬車の歩みが再開される。

 門を通過すると同時に、何処かからトランペットのような管楽器を吹く音が鳴り響く。道の両脇には城の警備兵と思しき人達が等間隔で整列しており、中を通る僕達を無表情で見送っている。


 「な、なんか……凄い、厳重なんですね……!」


 場の雰囲気に圧倒され、思わず身を引く僕。


 「これくらい普通だろ。王の住まいってだけじゃなくて、王都の心臓部そのものなんだぜ。ましてや臣下の謁見ともなればな」


 「王様って、普段はあまり誰かと会ったりしないんですか?」


 つまらなそうに両手を頭の後ろで組んで天井を見上げているマルヴァスさんに、ふと気になったことを訊いてみた。


 「少なくとも、伯爵以上の貴族位を持った連中でもそうほいほい会えるもんじゃねーな。国の施政方針を決める会議とやらを年に何度か開くから、大抵の場合はそこでお目見えする程度だ。国王にいつでも会えるヤツなんて、王子達か宰相連中くらいだと思うぜ」


 「宰相連中?」


 「宰相って知らねーか?」


 「いや、それは知ってます。王様の側近中の側近で、政務を補佐する人でしょう?」


 自分でも言ってて幼稚な理解だと思ったけど、大枠では外していない筈だ。というかそこは問題ではなく、僕が訊きたいのは――

 

 「宰相の他にも、そういう側近の人達って居るんですか?」


 「ああ、そりゃ勿論。王と政務の相談が出来るのが宰相ひとりってなると、宰相の権限が強くなり過ぎるからな。宰相の専権、専横を防ぐ為にも他の諮問機関は必要さ」


 「へぇ〜、そうなんですね。ちなみにどんな方達なんですか?」


 「ええっと、それはだな……」


 と、そこでマルヴァスさんは眉根を寄せて頭を掻いた。


 「“はんかん”だか“獅子座”だか、そういう名称だったと思うんだが……」


 「『三環師識さんかんししき』、ですよマルヴァス殿」


 悩む様子を見兼ねたのか、メルエットさんが補足してくれた。


 「おー、そうだった! そんな風な気取った名前だったな!」


 マルヴァスさんは胸のつかえが取れたように表情を晴らして、ぽん! と手を叩いた。


 「さんかんししき?」


 僕はというと、耳慣れない響きだったのでオウム返しにメルエットさんに尋ね返した。何処かで聴いたような覚えもあるけど、多分元の世界での知識に準じるものだろう。それは、この場では関係無い筈だ。


 「宰相の他に陛下を補佐するお役目を担う、三人の賢者達です。三賢人とも呼ばれています。いずれも公爵の位を得ており、陛下の御前で施政会議を主導したり公私に渡って陛下からの御下問に答えたりするのが主なお務めらしいです。今日の謁見にも同席なさいましょう」


 「あれ? それじゃあさっきの……」


 と言い掛けて慌てて口を噤んだ。が、マルヴァスさんは特に頓着なくしれっと言った。


 「いや、親父はその一員じゃねぇよ。レインフォール家は伯爵位だからな。ただ、兄貴が近衛兵の隊長を務めてる縁で連中からの覚え目出度いって話は聴いたことがある。それが理由で今回も呼ばれてるんだろう」


 「マグ・トレドの一件は国家の一大事。出来るだけ多くの重鎮達と情報を共有せねばなりません。此度の謁見こそ、その為の席です」


 メルエットさんの表情が引き締まる。改めて、自分がこの場に来た意味を噛み締めているようだ。


 「《棕櫚の翼》の襲撃から随分日が経っちまってるとは言え、マグ・トレドを治める伯爵様が代理として寄越した愛娘のご来訪なんだ。先方もさぞや興味津々なんだろうよ」


 マルヴァスさんが皮肉交じりの笑いを浮かべる。確かに、道中で色々あったとは言え、あの事件からもう結構な日数が経過している。情報の鮮度としてはとっくに腐りきっているし、今更メルエットさんを接見したところで真新しい発見があるとも思えない。王都側も、当然ながら別の通信手段でマグ・トレドの一件はとっくに把握済みだろうし。

 しかし、この旅で得た新たな情報もある。とりわけ、カリガ領での一件は王国内の膿を出す良い切っ掛けになるかも知れない。当初の目的からはずれてるだろうけど、この謁見に意味が無いことは無いんだ。


 「メルエットさん、例のモントリオーネ卿の密書は?」


 「此処にあります、ナオル殿。心配は無用です」


 そう言って、メルエットさんは自分の懐を軽く叩いた。場合によっては、竜の襲来以上に王国を震撼させるかも知れない代物だ。だが、懐を抑えるメルエットさんの表情に、迷いも畏れも無い。一切の躊躇いは、とっくに棄て去った。


 「気をつけろよメリー。宮中ってのは毒蛇の巣窟だ。顔に笑顔を貼り付けながら、腹の中では刃を研いでいるような連中ばかりだ。モントリオーネに気脈を通じる貴族も居るってことは肝に銘じておくべきだぜ」


 「言わずもがなです、マルヴァス殿。決して油断はしませんが、不安はありません。貴方達が共に居るのですから」


 「へいへい、厚い信頼を頂き光栄至極ですよ、っと」


 「お嬢様にはどんな手出しだってさせや……させません。イーグルアイズ閣下から賜ったこの《トレング》に誓って!」


 朗らかに笑うメルエットさんに、マルヴァスさんはやれやれと肩を竦める。ローリスさんは、生真面目な顔で《トレング》を握りしめて一礼する。

 僕はというと、こちらに向けられたメルエットさんの眼差しから逃げるように顎を引くだけだった。

 兵士だらけの殺伐とした雰囲気の中を、馬車は進んでいく。

 途中で、先程マルヴァスさんが言っていた国衙の風景を窓から覗くことが出来た。役人と思しき人達が忙しなく動き回り、活気に満ちている。王都における政庁というだけあって、その熱気は馬車の中に居る僕まで蒸されてしまうかのようだ。此処の人々が王都に住む全ての国民の生活を支えているんだなと思うと、深い感動と感慨が胸の奥から湧き上がってくる。


 「役人達に活気があるのは良いことです。国の力を端的に示す一例ですから」


 メルエットさんも、目を細めて微笑ましそうに国衙の様子を見守っている。支配層側の人間として、彼女にも色々と感慨深いものがあるのかも知れない。あるいは、この光景を通して国の上層部を見て、安堵を覚えているのだろうか。


 「しかし、この忙しさも度重なる国難によるものが大きいでしょう。此度の謁見で、諸々の問題を解決する糸口が見いだせれば良いのですが」


 楽しげな表情が一点、強く引き締まった顔でメルエットさんが厳然と言った。

 この二日で、彼女は集められるだけの情報を集めていた。レバレン峡谷で出逢ったあのラセラン王子が言った通り、《棕櫚の翼》のマグ・トレド襲撃事件は伝聞という形で既に王都の人民達の間にも広まり、まことしやかに噂されていたようだ。今でこそ沈静化しているが、次はこの王都が襲われるかも知れないと人々は恐れ、一時は暴動すら起きかねない程に民心は乱れていたという。政府がこの一件に対しどんな手を打ったかは、イザベルさん達でも知り得ていない。南方の諸侯から、マグ・トレドに援助の物資が届けられたらしいという情報が僅かに流れてくる程度だった。

 朗報と言えるのは、北の帝国が目立った動きを見せていないということだ。少なくとも、イーグルアイズ卿を始めとして皆が最も恐れていた事態には至っていない。

 今の内に、打てる手は全て打っておかなくてはならない。メルエットさんの並々ならぬ決意は、同乗している僕達全員も良く飲み込んでいた。

 だからなのか、その後は会話も途切れ、それぞれの想いを胸に秘めたまま時間の流れに身を任せてゆく。

 更に馬車は進み、第三の門へと至った。いよいよこの先が王様の居る宮城だ。

 指定の場所に馬車を停め、従者を労ってから入り口を目指した僕らは、そこで意外な顔と再会した。


 「メルエット殿、お迎えに参上した!」


 「殿下!?」


 メルエットさんは元より、僕達も目を丸くする。

 そこに立っていたのは、紛れもなく先日僕達を王都まで連れてきてくれた、あのラセラン第二王子その人だったのだ。

 

 「謁見の間までが導こう。お手を拝借させて頂きたい」


 驚く僕達に頓着せず、ラセラン王子は堂々とした足取りで僕達の前まで来ると、おもむろにメルエットさんに向けて手を差し出した。お世辞にも優雅とは言えないが、自信に満ち溢れた所作だった。


 「……何故、殿下が直々に?」


 戸惑いから完全には抜け出せてはいないものの、メルエットさんは彼から漂う圧に負けずにそう尋ねた。

 

 「先日別れた後、時が経つにつれてやはり貴君のことが気掛かりになってきてな。虫の知らせ、とでも言うのだろうか? 万が一にも不測の事態が起きぬよう、部下に命じて館を見張らせていたのだが、案の定昨日は何やら慌ただしかった御様子。何か変事があったものと思い、すぐにも駆け付けたいところだったのだが、生憎とそれは叶わなかった」


 「当然でございます。殿下ともあろう御方が、軽々しく臣下の館を訪ねるなど言語道断。公務であるならともかく、事の真偽も不明な段階では到底お認め出来ませぬぞ」


 無念そうに首を振るラセラン王子の後ろで、ゲラルド侯爵が渋い顔をしている。きっと王子を諌めるのにかなりの心力を要したのだろう。表情には濃厚に疲れの色が浮かんでいた。


 「で、あるかして、せめてこの宮城では貴君の傍に居て差し上げたいと思ってな。何せ貴君は此度の謁見の主役なのだ。何処に凶刃が潜んでいるか分かったものではない。これまでの道中では我が配下の騎士団に命じて陰から護衛させてもらっていたが、此処からは弧が直々に貴君を護らせて頂こう」


 「道中に殿下の騎士団が? ……気付きませんでした」


 「……マルヴァスさん?」

 

 僕はマルヴァスさんを振り返った。


 「……俺も気付かなかった。迂闊だったな」


 マルヴァスさんも眉を顰めている。まあ、途中で一度馬車から降りたのは、お父さんやお兄さんとの悶着があった時だから無理もない。


 「此処に来る道中でも、レインフォール伯爵との揉め事があったそうな。近衛兵隊長のアグリス共々、先程叱っておいたので向後の憂いは心配せずともよろしい」


 「……ありがとう、ございます」


 体貌から自信を漲らせているラセラン王子に、メルエットさんは複雑そうな表情でお礼を述べる。


 「さあ、メルエット嬢。陛下がお待ちだ。共に参ろうではないか」


 ラセラン王子に退く気は無いらしい。上気した顔で、メルエットさんに熱い視線を向け続けている。ゲラルド侯爵も、メルエットさんのエスコートについては止める気は無いらしい。あるいは、既に諌める気力が尽きただけか。

 とうとう、メルエットさんは王子の圧に根負けしたかのように、彼の掌の上に自分の手を重ねた。


 「……ご篤志に感謝します、殿下。何卒、宜しくお願い致します」


 メルエットさんの返事に、ラセラン王子が破顔する。


 「うむ! 弧に任せておくが良い!」


 そして、ラセラン王子に手を引かれるまま、メルエットさんは宮城の中へ誘われて行く。


 「……ケッ」


 ローリスさんは、誰にも聴こえないよう小さく悪態を付いてその後に従った。

 僕達も遅れちゃダメだと思い、続けて足を踏み出そうとした僕とマルヴァスさんだが、その前にゲラルド侯爵が立ちはだかった。


 「申し訳ないが、貴公らは此処までとさせて頂く。陛下へのお目通りが叶うのは、メルエット殿とお付きの騎士のみであるゆえな」


 「え、そんな……!」


 肝心な所で足止めをされて、僕は愕然とする。メルエットさんも足を止めてこちらを振り返ろうとしたが、何か言う前にラセラン王子の力に負けてそのまま奥へと引っ張られていってしまう。


 「メ……!」


 彼女を呼び止めようと口を開いたところで、マルヴァスさんが一歩前に出て僕を手で制した。


 「承知しました、閣下。では我らは何処へ向かえば宜しいでしょうか?」


 「別室で待機して頂くよう、宰相閣下から仰せつかっておる。この者に案内させよう」


 ゲラルド侯爵のセリフが終わると共に、誰かがピョコンと跳ねるように奥の影から飛び出てきた。


 「あ〜らららら! 折角ド田舎からえんやこらと急いで来て、いざ王の身許へと思った時に閉め出され! これも世の儚さ、身分の壁! 悲しいね〜実に悲しい! 役人でもなく騎士でもない、泥にくるぶし埋めて生きる人は上から見下ろせばみ〜んな同じ! 路傍の石にも劣る塵土の一粒! 目に入らない気にもされない! でも安心! このハッセだけはちゃ〜ぁんと見ているからねっ!」

 

 それは、やたらとテンションが高く、奇抜な服装を惜しげもなく見せつける、ひとりの道化師だった。

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