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竜の階  作者: ムルコラカ
第一章 竜の揺り籠
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第十六話

 ――カーン! カーン! カーン!! カーン……!


 断続的に響く鐘の音。不気味な金切り音を野太くしたようなそれが、屋内の空気を震わせる。


「……っ!?」


 マルヴァスさんの注意がそれた一瞬を、ローリスは見逃さなかった。


 彼は弾かれるように駆け出し、裏庭に通じる勝手口のドアに飛びついた。

 

「あっ……!?」


 僕が間抜けな声を発した次の瞬間には、既にローリスの姿はドアの先に消えていた。遠ざかる足音と、垣根をよじ登って向こう側へと着地する音だけを残して。


「…………」


 マルヴァスさんが無言でつがえた矢を筒に戻し、弓を仕舞う。その顔色は蒼白になっていた。ローリスを逃した事が原因じゃないのは僕でも分かる。


「あの鐘、何なんですか……?」


「緊急事態、主に敵襲の報せだ。この五年間で一度も鳴らなかった」


「えっ……!? じゃ、じゃあまさか……!?」


「確認してくる。ナオル、お前はシラとサーシャを頼む!」


 言うが速いか、マルヴァスさんは表口への方へ走り去ってゆく。


「ちょっ……!? 待っ……!」


「心配するな! あの様子じゃローリスも戻ってこない!」


 呼び止めようとするも虚しく、こちらを安心させんが為の一言だけを置き土産に、マルヴァスさんも屋外へと身を投じていった。


 追うべきか、と迷わないでも無かったけど、やはり今はサーシャとシラさんの方が大事だ。僕は痛む喉をさすりつつ、よろよろと二人へ近づいた。


「サーシャ……! シラさん……! ご無事、ですか……!?」


 呼びかけながら揺すろうと伸ばした手を、何をされたか分からないのに迂闊に身体に動かすのは危険だ、と途中で気付いて止める。


 もどかしい思いを堪えつつ、ひたすら傍で呼びかけるに留まる。


「サーシャ……! シラさん……っ!」


「う、う~ん……」


 何度目かの呼びかけの後、サーシャが、次いでシラさんの意識が戻った。


 二人共、頭に手をやりながら上体を起こす。


「いたた……! ……あれ? ナオル……?」


「大丈夫? ローリスに待ち伏せされて襲われたんだ。マルヴァスさんが追い払ってくれたからもう安心だよ」


「ああ……! 思い出した……! 賄いを作ろうと思って奥に入ったら、母さんが倒れてて……。あたし、びっくりして……。急いで助け起こそうとしたら、あいつが出てきて……!」


 サーシャはこめかみの辺りを手で抑え、顔をしかめつつ記憶を辿った。指の間から見えるところが痛々しく腫れている。


「まったく、とんだ目に遭ったねぇ……。正面玄関のドアが開いたから、お役人が戻ってきたのかと思ったら……いきなりガツン! とやってくれたもんだから……」


 そう言うシラさんは後頭部と顎をさすっている。どうやら顎を殴られて昏倒した際に後頭部もぶつけたらしい。


 ローリスめ……! 殺してはいない、だって? 頭を狙っておきながらよくも……!


 ふつふつと心に沸き立ってくる怒りを押し殺していると、微睡みから醒めたかのようにシラさんの目が見開かれた。


「あの鐘……! 鳴ってるのかい……!?」


「あ、そうです。今、マルヴァスさんが様子を見に――」


「鐘が鳴ってるって、まさか敵!? また戦争が始まるの!?」


 サーシャの顔から血の気が引いてゆく。わなわなと震え立ち上がろうとするが、まだ足に力が入らないようで上手くいかず、再び座り込む。


「サーシャ、無理しないで! そのまま楽にしてるんだ! 今、何か冷やすものを……!」


「ナオル……! コバが、コバが心配なの……! あの子を、迎えに行かないと……! 早く……!」


 身体を支えようと伸ばした手を掴んでサーシャが懸命に訴える。涙に潤んだ瞳は、きっと怪我のせいじゃない。


「サーシャ、コバの事はあたしも聴いたよ。市場の騒ぎでここにもお役人が来たからね。あの子は何処に居るんだい?」


「ジェイデン司祭の教会です。彼のご厚意に甘えてしばらくコバを匿ってもらう事にしました」


 サーシャが答える前に僕が手短に説明した。辛そうなサーシャに無理して喋ってほしくない。


「そうかい……。あの人が一緒なら何も心配は要らないよ、サーシャ。あたし達はあたし達で、やるべき事をしないと」


「ダメ……っ! ダメよ、そんなの……! コバだって、今頃きっと震えてる……! 怖がってる……!」


「しっかりしな! まずはお客さんの安全だよ!」


 シラさんが宿の女主人の顔に戻り、僕に鋭い目を向けた。


「あんた! 部屋に戻って荷造りしな! 食料とか水とか、必要な物だけ持って、いつでも逃げ出せる準備だけしておくんだよ!」


 的確な指示だ、と分かっていながら僕は躊躇した。


「でも、シラさん達は……?」


「あたしらは大丈夫だ! あんたは自分の事だけ考えな!」


 気丈なシラさんと対象的に、サーシャは僕の腕を掴んだままぶるぶる震えている。「コバ……! コバ……!」と小声で呟き続ける。


「…………」


 僕は、手に持った短剣を見た。そしてそれをベルトにしっかり差し直し、サーシャの手を解いておもむろに立ち上がる。


 不安と疑問と、ある種の期待が籠もった目で見上げてくるサーシャ。


 恐らく、彼女の期待通りの答えだろう。







「僕が、見てくる」






 

 シラさんが目を見開いた。


「教会までの道は覚えてる。すぐ戻ってくるから」


「あんた、何言い出すんだい! ダメだよ! あんたにそんな事させられない! 第一……!」


「僕なら大丈夫です、シラさん。サーシャの事をお願いします」


 シラさんの制止を遮り、僕は立ち上がる。そのまま身を翻し、玄関へと走る。


「あんた……っ!」


「ナオル……っ!」


 二人の声が追いかけて来るが、振り返ったりはしない。


 取っ手を掴んでドアを開ける直前、サーシャの掠れた叫びが耳に届く。





「コバを、お願い……っ!」




 

 僕は、その願いをしっかりと背中で受け止め、外へと飛び出していった。

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