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竜の階  作者: ムルコラカ
第四章 忍び寄る闇雲
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第百六十話

 「チッ!」


 鉄仮面の人物が短く舌打ちして、掴んでいた僕の腕から手を離した。

 直後に、僕達の間を真っ二つに両断するように、フィオラさんの鋭い踵落としが炸裂した。渾身の力を込めた足技が激しく床を叩き、凄まじい衝撃音を奏でる。


 「淫獣めが、小癪な真似を!」


 思いの外に軽やかな足取りで、鉄仮面の人物は素早く僕とフィオラさんから間合いを取る。その動きに合わせて首元のケープがふわりと舞い、法衣の袖と裾が捲れて手首と足首の部分が顕わになる。分厚い衣の下から垣間見えたのは、真っ黒い包帯を間断なく巻きつけたような恰好の、意外なほどに線の細い肢体だった。


 「足場も無かろうに、どうやってあれ程の高さまで跳んだ?」


 僅かにずれたフェザーハットを被り直し、法衣の乱れを直しながら杖を構えて戦闘態勢を取る鉄仮面の人物。いきなりのフィオラさんの奇襲に苛立ちは滲ませても、それ程動揺はしていないようだ。


 「ふふん、友達に協力してもらったのよ!」


 「え?」


 フィオラさんの言葉に、僕は急いでコバを探す。すると……


 「あっ、コバ!?」


 片膝を立てた状態で床に跪き、何かを捧げ持つように両手を連ねて掌を上に向け、ガタガタと身体を震わせているコバの姿が目に入った。


 「う、上手くいったようで、な、何よりでございますです……フィオラ様……っ!」


 コバを足場にして跳んだのか! と、ようやく気付いた。時代劇か何かで忍者やら侍やらが二人で協力して高い垣根を越える時にやるように、広げられたコバの両手を踏み台にしてフィオラさんはあれ程の跳躍をしてのけたのだ。


 「む、無茶をしますね……!」

 

 半ば呆れつつ、僕は感嘆する。フィオラさんも凄いけど、コバも半端じゃない。あの小さな身体でフィオラさんの体重を支えきるなんて。


 「下がっててナオルくん! アイツは私が相手をするわ!」


 僕を庇うように素早く前に立ち塞がり、フォトラさんのようにファイティングポーズをとるフィオラさん。


 「で、でも! 大丈夫なんですか!?」


 「安心して! マンドリンは部屋に置いてきちゃったけど、代わりに靴に鉄板仕込んであるから! こんなこともあろうかと、昨夜の内にメルエットちゃんに頼んで用意してもらったの!」


 不敵な笑みを口元に浮かべた横顔をこちらに向け、コンコン! とこれ見よがしに今履いている毛皮の靴先で床を小突いて固い音を出すフィオラさん。なるほど、確かに彼女なりにいつ戦闘になっても良いよう準備を整えていたようだ。両脚を開いて腰を落としたその姿勢は、フォトラさんには及ばずとも数々の修羅場を潜って戦いに慣れた者の風格を漂わせており、頼もしげに見える。……鼻から流れる一筋の赤いものに目を瞑れば。


 「いえ、そうじゃなくて、鼻血……」


 「誰かさんに思いっきり頭突きブチかまされたからねっ!!」


 こちらに向けられた表情が夜叉のそれになる。視線だけで全身をズタズタにされそうなくらいの、計り知れない怒気が伝わってきた。


 「いや、あの、本当にごめんなさい……」


 こっちにも言い分はあるけど、そうも怒髪天を衝く勢いのオーラを見せつけられれば素直に謝らざるを得ない。それに、鼻血を垂らしたフィオラさんに、ふとミアが重なってきた。色々と裏で暗躍していた敵とは言え、女性の顔面に傷を付けたという事実に思いを馳せれば暗澹とした気持ちになるのは否めない。ましてやフィオラさんは仲間なのだから尚更だ。


 「良いわ、取り敢えず許してあげる!」


 しおらしい僕の態度で溜飲が下がったのか、フィオラさんはさっと表情を改めて元の不敵な笑顔に戻ると、正面に顔を戻して鉄仮面の人物に向き直る。


 「ちょっとあんた! よくも色々と好き勝手にやってくれたじゃない! 乙女の赤裸々な秘密を暴いてくれちゃった分、しっかり落とし前はつけさせてもらうわよ!!」


 「フン、ナオルに己の恥部を見られたことは把握しているのか。淫売にしては中々理解が早いではないか」


 「淫獣だの淫売だの、人を尻軽扱いしないで頂戴! こう見えて、本格的なキスだってまだなんだからっ!!」


 「え……? あ、そうなんですか?」


 普段の様子から見て結構遊……いや、“そういう方面”にも割と自由に踏み込んでるのかな? とか半分くらい本気で思ってたんだけど。さっき覗いた“記憶”も大概だったし。


 「……何か?」


 「い、いえっ! 何でも!」


 また横顔で凄まれた。


 「……ゴホンッ! そーいうワケでっ! あんた、降参するなら今の内よ! 地面に膝ついて私とコバくんとナオルくん、それからそこの彼……使用人のドニーさんに謝りなさい! そうすれば一発ぶん殴るだけで許してあげるわ!」


 フィオラさんがコバ、僕、そして“記憶”に触れたにも関わらず未だ気を失ったままの使用人さんを順に名指しする。彼も含めるあたりがなんというか、フィオラさんらしい。


 「ククク、面白い冗談だ。……嫌だと言ったら?」


 しかし、流石にそれで『はい分かりました』と言うほど、鉄仮面の人物は甘くない。逆にフィオラさんを煽るように、わざと調子を外した機械音声を出した。


 「だったら……」


 フィオラさんが更に身を屈める。そして――


 「おしおきの百叩き確定ッ!!」


 強く床を蹴り、鉄仮面の人物との距離を詰めた!

 タンッ、タンッ、タンッ、という小気味良い音を響かせ、フィオラさんが一気に肉薄する。


 「――!」


 鉄仮面の人物は杖を低く構え、迎撃の姿勢を見せる。間合いは明らかに向こうが有利だ。このまま飛び込んでも、フィオラさんの蹴りが届く前にあの杖で強かに打ち据えられてしまう可能性が高い。そんなことは、フィオラさん自身が一番良く分かっている筈。

 それでも彼女は一切の躊躇を見せない。杖など見えていないかのように、無造作に鉄仮面の人物の間合いに踏み込んだ。


 「――ッ!」


 すかさず振り上げられる杖。

 それを予期していたかのように、フィオラさんは踏み込んだ足を軸にしてもう片方の足で回し蹴りを放つ。

 樫の杖と鉄入りの皮靴が激突する。小高い金属音が鳴り、火花のような光が散る。交差は一瞬だった。初合を打ち合いで済ませた両者がお互い同時にパッと飛び退く。

 束の間の睨み合い。


 「はッ――!」


 「フッ――!」


 かと思えば、またも示し合わせたかのように同時に前に踏み出し、再び武器を交える。二合、三合、四合……と、そのまま連撃に繋げ、猛烈な打ち合いへと発展してゆく。


 「フィオラさん……!」


 僕は固唾を呑んで戦闘の様子を見守っていた。リーチでは完全に負けているが、フィオラさんの放つ蹴りには乱れが無く、安定している。むしろ鉄仮面の人物の方が、フィオラさんに比べて動きがやや鈍く、どちらかと言えば受ける側に回っているような気がした。やはりあの分厚い法衣を纏っているせいで全体の重量が増し、行動に制限が掛かっているのかも知れない。フィオラさんも長袖ロングスカートという、いつもの運動には不向きなあの服装をしているけど、そこは経験の差なのか彼女の方には動きが阻害されているような様子は見られない。

 徐々に浮き彫りになる両者の優劣。戦いの流れは、次第にフィオラさんに傾き始めた。鉄仮面の人物は完全に押され気味になり、杖で攻撃するというより紙一重でフィオラさんの足技をいなしている、という状態に陥っていた。


 「む……!」


 「そこっ!!」


 蹴りの衝撃を僅かに受け流し損ねて、鉄仮面の人物の体勢が揺らぐ。その瞬間を捉え、すかさずフィオラさんは身体を捻って本命の一撃を放った。ジャブの後に放つストレートだ。


 「グッ……!」


 鉄仮面の人物は樫の杖を両手で抱きかかえるように構え、一直線に伸びてきたフィオラさんの蹴撃をかろうじて柄で防ぐ。しかし、それにより攻撃の勢いをまともに受ける形となってしまい、圧倒されてヨロヨロと数歩後ろに下がってゆく。

 僕にでも分かる、致命的な相手の隙。フィオラさんにとっては絶好の好機だ。


 「終わりよッ!!」


 劣勢の極みに立たされた相手に慈悲を見せる等の愚を犯すことなく、フィオラさんがトドメの一撃を放たんと膝を曲げて深く腰を落とし、片足を斜め後ろに伸ばす。


 「――思い上がるなよ、ワイルドエルフの女」


 帰趨が決まる渾身の技が放たれようとした瞬間、鉄仮面の切れ込みの奥で、妖しい光が瞬いたような気がした。

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