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竜の階  作者: ムルコラカ
第四章 忍び寄る闇雲
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第百四十五話

 「メルエットさん?」


 マルヴァスさんの開けた扉にぶつかりそうになってよろよろと後退る彼女を見て、僕の目は丸くなった。どうして彼女が此処に居るんだろう?

 咄嗟に彼女の周囲に目を走らせてみるが、ローリスさんの姿は無い。ひとりで来たのだろうか?


 「メリーじゃないか。ナオルに会いに来たのか?」


 「あ、いえ、その……!」


 マルヴァスさんが声をかけるが、メルエットさんの返事は判然としない。ノックしようとした扉が急に開いて驚いた所為なのか、しどろもどろになって視線を宙に彷徨わせている。彼女も既に旅装を解いており、紺色の生地に銀糸で刺繍が施されたドレスに身を包んでいた。マグ・トレドの館で見た服装よりほんの少しばかり華やかな恰好で、彼女には良く似合っている。

 ……動揺するメルエットさんを他所に、僕は心の中でそんな呑気な考えを抱いた。


 「おいおい、何赤くなってるんだよ?」


 「――っ!?」


 マルヴァスさんの指摘に、メルエットさんはキュッと唇を引き結んで背筋を伸ばした。如何にも図星を指されましたって反応だ。実際に、彼女は頬を赤らめている。

 それでも指摘されたことで却って肚が据わったのか、コホンッ! と可愛らしく咳払いをしてメルエットさんは改めて僕達を見た。


 「マルヴァス殿もいらっしゃったのでしたら好都合です。今後の事について相談をしておきたいと思っていましたから」


 「なるほどな。それで最初の相談相手にナオルを選んで、わざわざひとりでこうして部屋まで忍んで来た、ってかい?」


 ニヤニヤと笑いながら誂うマルヴァスさん。たちまちメルエットさんの眉が吊り上がる。


 「ああっと、取り敢えず中に入りませんか? 部屋の前で立ち話も何でしょう?」


 また諍いに発展する前に僕は口を挟んだ。

 メルエットさんは複雑な表情で僕を見ると、諦めたように軽く嘆息する。


 「……そうですね。今はマルヴァス殿の軽口に付き合っている場合でもありませんし」


 僕達はメルエットさんを部屋に招き入れ、最後にマルヴァスさんが廊下の様子を確認してからそっと扉を閉じた。この館は安全だが一応の用心というやつだろう。


 「実は、先程王宮より使者が参られました」


 マルヴァスさんがこちらへ向き直るのと同時に、メルエットさんがおもむろに口を開く。


 「謁見の日取りが決まったそうです。明後日の正午、玉座の間で国王陛下が私を引見なさるとの事」


 「ほう、思っていたより早いな。十日くらいは待たされると思っていたが」


 「それだけマグ・トレドの一件を重視して下さっているという事でしょう。ラセラン殿下のお口添えもあったでしょうし」


 「ラセラン殿下の口添え、ね。果たしてどのように伝わっているのやら」


 ふっ、と口元にニヒルな笑みを浮かべるマルヴァスさん。メルエットさんも何か思うところがあるのか、目線を下げて考え込んでいる様子。


 「待って、皆が揃ってからの方が良くないかな? 僕が呼んでくるよ」


 こうした話ならローリスさんやコバ、それにフォトラさんとフィオラさんも交えた方が良いだろう。僕は皆を呼びに行こうと足を踏み出しかけた。


 「いえ、良いのですナオル殿。ローリス殿は今、明後日の登城に備えてイザベルから礼儀作法を教わっているところですし、それに……微妙な懸案もありますから、直接の関わりが無いフォトラ殿らを話に加えるのは避けたいのです」


 「微妙な懸案……?」


 反芻しながら振り向いて、すぐに気付いた。


 「モントリオーネ卿の陰謀、か」


 メルエットさんは深く頷く。

 カリガ伯モントリオーネ。僕達の旅に介入し、盗賊やオークと結託して行く手を阻んできた男だ。僕はどちらかと言えば、彼の部下で直接僕達の前に立ちはだかってきたあの痩せぎすのヨルガンの方が、記憶に強く刻まれている。僕個人としても並々ならぬ因縁がある相手だ。出来ればもう二度と会いたくない。


 「マルヴァス殿、例の羊皮紙はまだ持っていますね?」


 「当然だ、ほれ」


 そう言ってマルヴァスさんは、懐を探って例の二枚の羊皮紙、モントリオーネ卿とオーク十二将レブとの間で交わされた親書及び契約書を取り出した。常に肌身離さず携帯しているあたりが彼らしい。飄然としてても抜け目が無い。

 

 「これはモントリオーネ卿の罪の証拠。彼とオーク達の繋がりを示す大事な手掛かりです。私は陛下の御前で、マグ・トレドの竜襲撃と合わせてこの件も訴えるつもりでいます」


 メルエットさんは緊張した面持ちで、マルヴァスさんの手から二枚の羊皮紙を受け取った。


 「彼らの所業は、到底赦すことなど出来ません。私を護る為に生命を散らした、供の者達の無念を晴らす為にも」


 「メルエットさん…………」


 彼女の瞳の奥に暗い炎が宿る。僕の脳裏にも、あの時の兵士さん達の顔が次々と浮かんで消えていった。

 一緒にマグ・トレドを発った旅の仲間達。彼らは、尽くモントリオーネ卿とオーク達の所為で死んだ。


 「そうだな、国王に直訴となれば下手なごまかしは効かないだろう。モントリオーネに制裁を下すにはこの上ない手だ。メリーの言う通り、あいつらのやった事は俺も赦せねえ。堂々と訴えでたら良いと思うぜ」


 「ありがとうございます、マルヴァス殿。ただ……」


 と、そこでメルエットさんの顔が曇る。


 「私達がカリガ領を脱してから今日まで、それなりの日数が経過しています。モントリオーネ卿が何らかの手を打っている可能性も視野に入れておかねば」


 「手を打つって、この王都の方で何か細工をしているかも、ってこと?」


 あり得るかも知れないな、と思いながら僕は尋ねた。


 「ええ。なんと言っても彼は伯爵位を得ている貴族ですし、宮中に多少なりとも影響力を持っているでしょう。私達について、有る事無い事を吹聴している恐れは充分にあります」


 「いや、それはどうだろうな」


 と、疑問を口にしたのはマルヴァスさんだ。


 「俺達が掴んだのは、モントリオーネにとっちゃ致命的な代物だ。メリーの拉致だけに留まらず、オーク共を国内に引き入れていたのは誰がどう見たって外患誘致に他ならない。動かぬ証拠がこっちの手にある今、下手な噂を流して余計な注目を集めさせるのは賢明なやり方とは言えねえだろう」


 「それもそうですね。ラセラン王子も、メルエットさんの事について問い合わせた時にモントリオーネ卿からは当たり障りのない返答を貰っているみたいでしたし」


 僕はマルヴァスさんに同意を示した。あの羊皮紙には、モントリオーネ卿の紋章まで刻まれているのだ。どんなに言い訳を連ねても、これを見せられれば口を噤まざるを得ないだろう。よって、僕達を悪者に仕立て上げようとする策は逆効果だ。

 ただし、じゃあどんな手を使ってくるのかという話になるが……


 「それよりも――」


 と、僕の胸中に渦巻く不安を代わりに言葉にするように、マルヴァスさんが言った。


 「メリーを王宮に入れないようにする方がまだ確実だろうな」


 「……この王都で、私の暗殺を狙ってくると?」


 メルエットさんが固唾をのむ気配が伝わった。


 「オーク共と手を組むような男だぜ。充分考えられるだろ?」


 と、マルヴァスさんはあっけらかんと言ってのける。


 「メリー、さっき謁見は明後日だと言っていたな。それまで身辺に注意しておけ。館に出入りしている商人に何処か変わったところは無いか、使用人達におかしな挙動をしている奴が居ないか、とかな」


 「そんな……! 我が家に仕えている者達まで疑うようなこと……!」


 「用心に越したことは無い、って言っているんだ。極端な話になるが、どんなに誠実に見える奴でも利害次第で裏切るってことはあり得るんだ。モントリオーネが前々からコンラッドを政敵と見做していたなら、この館に対してかねてから手を伸ばしていたとしても不思議じゃない。それでなくてもお前は今やちょっとした時の人だぞ。この王都に住む様々な貴族連中がお前の本末に興味津々と言っても過言じゃない。それだけでも不測の事態が起きる恐れは十二分にある。むしろ、もっと疑いを持った行動を心掛けるべきなんじゃないのか?」


 「…………」


 冷たく突き放すような物言いになってしまったからだろう、メルエットさんは苦い顔で黙り込んでしまった。

 少し言い過ぎたか、とバツが悪そうに頭をかくマルヴァスさんと、僕の視線が重なった。


 「……!」


 何か思いついたように、口の端をニヤリと歪める彼。

 凄く、嫌な予感がした。


 「よっし! んじゃいっちょ、怪しい奴が入り込んでいないか館中を見回ってきますかね!」


 「えっ? あっ、マルヴァスさんっ!?」


 言うが早いか、そそくさと部屋を出ようとする彼の背中に僕もメルエットさんも驚いた顔を向ける。


 「メリー、お前はしばらく此処に居ろ。ナオルの傍なら安全だ。おいナオル、お嬢さんの相手は頼んだぜ!」

 

 なんとも爽やかに笑いながらマルヴァスさんが親指を立てる。

 そしてそのまま、扉を開けて廊下に出ていってしまった。


 『……おや、マルヴァス様?』


 『おうコバ! 良いところに戻ってきた! これから館内を巡回するんだ、お前も一緒に来てくれ!』


 『えっ? えっ!? ええっ!!?』


 廊下の向こうで戻ってきたコバと鉢合わせしたのだろう、何やら二人の慌ただしいやり取りが聴こえてきた。

 そしてそのまま、二つの足音が遠ざかってゆく。マルヴァスさんは強引にコバを連れて行ってしまったようだ。


 「…………」


 「…………」


 そして後には、ポカーンとした顔の僕とメルエットさんが残されたのだった。

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